第七十六話 知らなくていい事実
「私の命?」
「そうだ」
アマリアは、声を震わせる。
予想もしていなかったのだろう。
まさか、自分も、魔神復活の為に、命を捧げさせられようとしていたのは。
帝国は、自分の命でさえも、道具扱いしていたのだ。
いや、自分の力や存在でさえも、と言った方が正しいのだろう。
アマリアの問いに、ヴィオレットは、静かに、うなずいた。
「あんたには、特別な力がある。あんたの命をささげれば、魔神は、復活するそうだ」
「そんな……」
ヴィオレットは、淡々と語る。
アマリアは、特別な存在だ。
ゆえに、命と魂は、魔神を復活させるために、十分な力を持っているのだろう。
それを聞いたアマリアは、愕然として、うつむいた。
「何も、知らなかった……。何も……」
アマリアは、何も知らなかった。
無知で、箱入り娘と罵られても仕方がない。
帝国を信じてしまったがために、ヴァルキュリアとなった少女達は、犠牲になったのだ。
自分が、ヴァルキュリアに覚醒させたせいで。
「私が、気付いていれば、彼女達は……」
アマリアは、激しく後悔した。
もし、帝国の思惑に気付いていれば、少女達は、犠牲になる事はなかった。
ヴィオレットが、カレン達を殺す事はなかっただろう。
そう思っているようだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
アマリアは、声を震わせて、謝罪した。
自分を責めているのだ。
何も知らなかった自分を。
知ろうとしなかった自分を。
そんなアマリアの様子をうかがっていたラストは、しゃがみ込み、アマリアを抱きしめた。
辛かったのだろう。
自分を責めているアマリアを見ているのは。
「確かにな。けど、知らないほうが幸せって事もある。できれば、俺は、最後まで、知ってほしくなかった」
「……今まで、黙っていたのは、私の事を気遣っていたのですね」
「……」
ラストは、心境を明かす。
知ってほしくなかったのだ。
帝国が、何を企んでいるのか。
アマリアは、必ず、自分を責めると悟ったから。
それゆえに、知らないほうが幸せだと言ったのだろう。
それでも、アマリアは、悟った。
ヴィオレット達が、黙っていたのは、自分を守るためだったのだと。
だが、ラストは、答えようとしなかった。
彼女を気遣っていたのか、自分でさえも、わからなかったから。
「カレン達を殺そうとしたのも、カレン達の為、だったんですね……」
「そんな都合のいい話じゃない。何も知らされずに、あいつらは、殺されたんだ。私にな」
確かに、カレン達を殺したのは、魔神を復活させないためだ。
だが、それは、カレン達の為ではない。
何も教えずに、狂った彼女達を殺したのだから。
だからこそ、ヴィオレットは、否定した。
美談で終わらせるつもりなど毛頭なかったのだろう。
「けど、お前らが、苦しむ必要はない。ここからは、俺一人で、やり遂げる」
「え?」
ラストは、宣言する。
ここから、自分一人でやるというのだ。
これには、アマリアも、驚きを隠せない。
ラストは、一人で、背負おうとしていると悟ったからであろう。
「だから、お前達は、屋敷で待ってろ。帝国が、滅ぶ時まで」
「お前……」
ラストは、ヴィオレットとアマリアを守るつもりだ。
一人で、戦い、一人で、帝国を滅ぼそうとしているのだろう。
ヴィオレットは、拳を握りしめた。
ここまで来て、なぜ、自分達を守ろとするのか、理解できなかったからだ。
だが、ラストは、理解してもらおうとは、思っていない。
自分のことなど知らなくていいと思っているのだろう。
ラストは、立ち上がり、アマリアに背を向けた。
「さらばだ」
ラストは、歩き始めた。
ヴィオレット達から、遠ざかろうとしているのだ。
だが、その時であった。
「待ってください!!」
アマリアは、急いで、立ち上がり、ラストの元へと駆け寄る。
そして、ラストの腕をつかんだのだ。
ラストを行かせたくないのだろう。
たった、一人では。
アマリアに腕をつかまれ、ラストは立ち止まった。
抵抗できないようだ。
「行かないで!!カイリ!!」
アマリアは、懇願する。
ラストを一人で行かせたくない。
危険な事はわかっている。
ラストを失いたくないのだろう。
ラストは、アマリアにとって大事な人なのだ。
たとえ、暗殺者であり、多くの者を殺していたとしても。
そんなアマリアに対して、、ラストは、ゆっくりと振り向いた。
しかも、冷酷な表情で。
「放せよ」
ラストは、冷たい瞳で、冷たい声で、アマリアを突き放す。
突き放されたアマリアは、思わず、手を離してしまった。
恐ろしく感じたのだろう。
まるで、目の前にいる彼は、自分が知っている「ラスト」でも、「カイリ」でもない気がして。
「じゃあな」
ラストは、アマリアから遠ざかる。
だが、その表情は、冷酷さが、消えており、辛そうな表情を浮かべていた。
辛いのだろう。
アマリアを冷たく突き放してしまって。
それほど、アマリアを大事に思っていたのだ。
だが、その時であった。
ヴィオレットが、突如、ヴァルキュリアに変身し、鎌を出現させたのは。
鎌は、ラストの首に突きつけられた。
ラストは、危険を察知し、立ち止まった。
一歩でも、動けば、鎌は、ラストの首を切り裂くであろう。
「何するつもりだよ。ヴィオレット」
「どうしても、行くというのなら、止める」
「本気か?」
「ああ」
ラストは、振り向かず、ヴィオレットに問いただす。
自分を殺すというのだろうか。
ヴィオレットは、ただ、止めるつもりだ。
一人で行こうとするラストに対して。
ヴィオレットも、行かせたくないのだろう。
ラストの事を仲間だと思っているようだ。
「なんで、そうなるんだよ……」
ラストは、嘆く。
なぜ、自分を止めようとするのか。
理解に苦しむからだ。
ただ、ラストは、ヴィオレットとアマリアを守りたかった。
これ以上、自分の復讐に巻き込みたくなかったのだ。
「これじゃあ、何も変わらないじゃないか……」
「私は、最後まで、やり遂げるつもりだ。コーデリアを殺して、帝国を滅ぼす」
ヴィオレットは、たとえ、ラストが、自分達を裏切っても、遠ざけようとしても、共に戦うつもりだ。
ここまで来て、ラスト一人に背負わせるつもりはないのだろう。
ヴィオレットも、罪を背負ったうえで、帝国を滅ぼすつもりだったのだ。
「どうしても、お前は、俺を止めるって言うのか?」
「そういったはずだが?」
ラストは、ヴィオレットに問いかける。
本当に、止めるつもりなのかと。
もちろん、ヴィオレットの意思は、変わらない。
殴ってでも、ラストを止めるつもりだ。
ヴィオレットの意思を知ったラストは、目を閉じ、拳を握りしめた。
悔やんでいるのだろう。
なぜ、こうなってしまったのかと。
「なら……」
ラストを決意を固めたようだ。
目を見開き、振り向く。
短剣をヴィオレットに突きつけて。
「全力で、力づくで、行かせてもらうだけだ」
「カイリ!!」
ラストは、ヴィオレットと戦うつもりだ。
ヴィオレットを動けなくして、王宮エリアに侵入するつもりだろう。
できれば、戦いたくなかった。
だが、ヴィオレットは、退くつもりはない。
お互い譲れない状況となったのだ。
ゆえに、ラストは戦う覚悟を決めた。
アマリアは、目を見開き、驚愕していた。
こんな展開になるとは、予想もしていなかったのだろう。
「なら、私も、容赦しない!!」
ヴィオレットも、鎌をラストから離す。
そして、暴れまわるかのように、振り回して、構えた。
何が何でも、ラストを止めるつもりだ。
たとえ、自分が、どうなっても、構わないのだろう。
「やめてください!!二人が、戦って、何の意味があるというのですか!!」
アマリアは、戦いを止めるように、懇願する。
ただ、彼女は、ラストを止めたかっただけなのだ。
説得して。
ゆえに、ヴィオレットとラストが、戦う事など、望んでいなかった。
もし、戦い、お互いが傷つけば、コーデリアにとって、都合のいい展開になってしまう。
戦いなど、何の意味などないというのに。
「すまない。譲れないものがあるんだ。だから、戦う」
「それは、私もだ。お前を止める事は、お前を助けることになるからな」
ラストは、アマリアに謝罪する。
お互い、譲れないがために、戦うしかないのだ。
守りたいからこそなのだろう。
もはや、アマリアでさえも、止められない状況となっていた。
「覚悟は、いいか?」
「ああ、もちろんだ」
ラストは、問いかける。
もう、迷いなどなかった。
「なら、行くぞ」
ヴィオレットとラストは、同時に地面を蹴り、互いの武器をぶつけ合う。
お互いを守るための悲しい戦いが、アマリアの前で、始まってしまった。




