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 私達は廊下を歩きながら相談します。任務は即時発令。早ければ早いほどいいので、今すぐ出発です。

 目指すは都市下層部。

 私はそのままの格好ですが、アンヘリナさんは縦一メートル、横五十センチぐらいある大きな盾を背負っていました。盾になれと言われたので、文字通り盾を用意したのですね。

 この人、真面目過ぎなのです。


 アンヘリナさんは少し緊張気味に見えます。

「下界での戦闘任務に出た事はあるけれど、空中都市内の内偵なんて初めてで」

「それは私も初めてなのです」

 身内を疑うような物です。誰だってそんな事したくないですからね。

 とは言え、隠れてコソコソやっている人が相手では、致しかたないとも思いますが。


 聖堂を出て、地下トンネルを歩き、下へ下へ下へ……。

 狭くて暗い階段をひたすら下りたその先には、頑丈そうな扉がありました。扉の真ん中に円形のハンドルがあって、船の水密扉にも似ています。

 このハンドルを回せばいいんでしょうか?

 私が力を入れてハンドルを回そうとしてみました。けれど、ピクリとも動きません。


「ダメですね、ここは一度引き返して、別のルートから……」

「ちょっと代わってください」

 アンヘリナさんに言われて場所を交代。


「んぬぬぬぬっ」

 ガリガリガリ、と何かが削れるような音がした後、ハンドルが回りました。一度動き出すとそこからは軽やかで、キュィッキュィッと。

 ハンドルを回しきった後で、アンヘリナさんは扉を押します。

「ほら、開きましたよ」

「……」

 この先、こういう所は、全部この人にお任せしてしまった方がよさそうですね。


 扉の向こうでは、ゴウゴウと風が吹きぬけていきます。

 工事現場の仮設足場を思わせる頼りない通路。

 下を見下ろせば白い雲、その雲のずっと向こうに地面が広がっています。荒れ果てた大地に、何か生き物が動いているのが見えます

 ここから地上までは千メートルぐらいあるのでしょうか。

 さすがの私達でも、ここから落ちたらケガをするかもしれません。


 あ、言い忘れていましたが、ここは空中都市です。

 空中都市ラピュータ。

 『脅威』に滅ぼされた地上から逃れた人々の避難所。

 聖騎士と聖女を揺籃ようらんする人類最後の砦、とも呼ばれています。


 ちなみに地上は死にました。

 恐るべき『脅威』によって何もかもが根こそぎ破壊されたのです。

 それでも生き残っている人々はまだいて、どうにか都市を再建し、昔の生活を取り戻そうとがんばっています。

 私達は彼らの事を下界人と呼んでいます。


 さてと、いつまでもこんな所にわけには行きません。私達は通路に沿って歩き始めます。

 歩いていると、後ろからアンヘリナさんが話しかけてきます。

「あの、エクレーラちゃん。ちょっといいですか」

「はい?」

「実は私、上層部の派閥とかに詳しくなくて、ベルナルディッタ様のお話がよく解らなかったんですけど……エクレーラちゃんは、普通に会話できてましたよね」

「はい。あちらの事情には、多少通じているのです」

 何しろめっちゃ巻き込まれましたからね。

「それで、今回の任務に関する部分だけでも教えてくれませんか」

「いいですよ」


 とは言ったものの……これは、最初から最後まで説明する事になってしまいそうです。

「まず、このラピュータには五つの派閥があるのです」

「五つもあったんですか?」

「あったんですよ」

 下々の私達には見えづらい物でも、存在するのです。


 一つ目、計画派。

 数千年前に記された計画書に従い、青の杭の維持とヨウリクスイレンの繁殖によって『脅威』を封印しつつ、世界を再生しようとしています。

 ちなみに、ヨウリクスイレンは毒ガスを吐く環境破壊植物なので、下界の人間は最悪死にます。が、計画派の人達はそんな事どうでもいいと思っています。


 二つ目、天秤派。

 この派閥は、計画書の遂行には賛成しています。ただ下界に住んでいる人を助けられるならそうしたい。そのためヨウリクスイレンの繁殖にはあまり積極的ではありません。

 私やアンヘリナさんも、ここの一員です。


 三つ目、救済派。

 これは、計画派と真逆の立場です。下界の人間を苦しめるヨウリクスイレンは絶滅させるべきと主張しています。

 言っている事は正しいのですが、その通りにすると『脅威』が復活して下界の住人は全滅。私達も滅ぼされてしまうので、ダメです。


 四つ目、戦闘派

 救済派の発展バージョンです。計画書とは別の方法で『脅威』に立ち向かい下界の民も救う、という目的を掲げ、日夜研究を惜しみません。努力家さんです。

 戦闘派と言うのは、脅威と戦う覚悟を持つという意味であって、別に脳筋ばかりが集まっているわけではありません。

 さっき私に話しかけてきたタミオラさんもここに所属しています。

 私も数年前はここの一員でした。


 五つ目、魔法派。

 研究さえできれば何でもいい、というマッドサイエンティストさんの集まり。関わったら負けなのです。

 天秤派と戦闘派の両方に親交があるようです。


「……えっと、私達は天秤派に属するんですよね?」

「そうです。ホワイト様やベルナルディッタ様も……というか、アンヘリナさんが親しくしている相手は大体そのはずなのです」

 さっき運動場を走っていた子ども達はまだ派閥には属していないかもしれません。けれど、それも時間の問題です。

 私はあのぐらいの年には、無自覚ながらも戦闘派に属していました。


「それで、今回の敵……かどうかはわからないけど、その相手は戦闘派と魔法派なのですよね?」

「そうです」

「手を組んでしまったという事ですか?」

「魔法派は予算さえあれば誰にでもつくので、今回も一時的な協力関係だと思うのです」

 あれと手を組み続けるのはデメリットしかありませんからね。


「なるほど……つまり、戦闘派が計画を立てて、魔法派に何かを依頼をしたのですね」

「そういう事になりますね」

「戦闘派の目的は下界人を救う事で、今回の物も、そのために必要な何かなんですよね?」

「その通りだと思いたいのです」

 私は答えながらも、この会話の流れによくない物を感じます。


 アンヘリナさんは、誰もが最初に飛びつく答えにたどり着いてしまったようです。

「その研究、邪魔せずに完成させてあげた方がいいんじゃないでしょうか?」

 ほらきた。

「その考えは間違いなのです」

「そうですか?」

「何しろ、作っているのは魔法派ですからね。起動すると大体爆発します」

「え? 爆発? 爆弾を作ってるんですか?」

「いえ、ただの事故ですよ。そういう人達なんです」


 そう。

 戦闘派の目的なんてどうでもいいのです。人助けが成功するならそれに越した事はありません。

 でも百回に九十九回は失敗します。だって魔法派ですから。

 魔法派が爆発事故を起こすか否か。爆発するとしたら規模や被害はどれぐらいになるか。

 それを調査するのが私達の任務なのです。


 話が終わっても、通路はまだ続きます。

 アンヘリナさんが思い出したように言います。

「そう言えば、外円通りに新しいケーキ屋さんができたって話、知っていますか?」

「ほう、ケーキと?」

 私は基本、眠りを妨げられなければなんでもいいのですが、甘い物を食べてお茶が飲めるなら、それもまたよしです。

「低学年の子達が教えてくれました。とてもおいしいケーキを出すそうです」

「ほうほう」

「それで、来週まで開店記念の特別ケーキが食べられるらしいんです」

「ほうほうほう」

「あの。私、明後日ぐらいに休みが取れると思うのですけれど……もしよかったら、いっしょに行きませんか?」

「ぜひ行きましょう!」


 そんな事を話し合っているうちに、通路の終わりに到着しました。

 この辺りは特に風が強い気がします。

 さっき外に出てきたところよりも、さらに下の方にあるからでしょうか?


 硬そうな密閉扉を開いて、中に入ります。

 扉の先は狭くて暗い通路。慎重に歩いていると、前の方から明かりが見えてきました。

 あそこから先は人が活動しているみたいですね。目的地は近いのでしょう。


 時々、通路を歩いてくる聖騎士や聖女。彼らは警備兵の役割を負っているようです。それらの目をかい潜りながら、何か怪しい物がないか探ります。

 おや、床に太いケーブルが何本もありますね。ケーブルの片端は発電機のような物に繋がっていて、もう片方はどこかへと続いているようです。


 ケーブルを辿っていくと、広大な部屋にたどり着きました。

 薄暗い倉庫のような場所ですが、壁際では何かの機械が置かれているのか、青い光が明滅しています。

 この部屋は、夢で見たような気がします。


 部屋の中央には直径数十メートルはありそうな、巨大な水槽のような物があって、水の中には妙な塊が浮いています。

 なんですか、これは。

 生き物の胎児のようにも見えますが……。


 何かに感づいたらしいアンヘリナさんが震え始めます。

「あれは……まさか」

「知っているんですか、アンヘリナさん」

「ええ。違うかも、違うと思いたいけれど……、あれはたぶん、ベヒモスです」

「ベヒモス、そんな……」

 旧約聖書に記された怪物。神が生み出した最高の生物と位置づけられ、それを殺せるだけの力を持つのは唯一神のみ、とされています。

 そんな物がこんな所に?


「これは、マズイのです。爆発した時の被害が計り知れないし、爆発事故を起こさなかったらもっと危ないのです」

「すぐに報告、いえ……破壊活動に移りましょう。でも、こんなの何をどうしたら……」

「水槽の破壊でしょうか? でも、結構出来上がっちゃってるように見えるのです。中身ごと破壊……アンへリアさんならできます?」

「や、やってみます」

「威力足りますか? 無理そうなら応援を呼んできた方が……」


「誰を呼ぶつもりだい?」

 私達が話し合っていると、後ろから声がかかりました。

 振り返ると、そこにいたのは十数人の聖騎士と聖女。警備兵勢ぞろいなのです。全員がなんらかの武器を持ち、こちらに警戒と敵意の篭った視線を向けています。

 これはまずいですね。


 さらに、その人垣を割るようにして、誰かが前に出てきます。

「何をしようと言うのかね? 我らの希望に対して」

 三人。

 金属鎧に身を包んだ男、レンガルム・マクシーノ。妙な仮面を付けた白衣の男、フォルウル・ストラクト。そして黒いゴシックロリータ調のドレスに身を包んだ少女……って、あれ?

「タミオラさん? こんな所で何やってるんですか?」

「何って、私はレンガルム様の直属だけど? あんたこそ何してるの」

 そうでした。

 まさか本当にあなたが来ているとは。世間って狭いですね。


「このような陰謀、許すわけには行きません!」

 口火を切ったのはアンヘリナさんです。水槽を指差して叫びます。

「あんな物を育ててどうしようと言うのですか! 世界を滅ぼしてしまうつもりですか!」

「滅ぼす? 逆だ!」

 レンガルム様はきっぱりと言います。

「世界を救うためには、これぐらいしなくてはいけないのだ」

「いくらなんでも危険すぎます!」

「なら今君達がやっている事は、安全と言えるのかね? 下界人の前でもそう言えるかね?」

「それは……」

 そこを突かれると痛いですね。必要悪とは言え、環境破壊植物なのは事実ですから。

「何千年もあんな事を続けて、しかも『脅威』は全く縮小していないではないか? あと何年掛かれば終わるのだ? そもそも、君達は終わらせる気はあるのかね?」

 確かにレンガルム様の言う通りです。

 『脅威』の排除がまるで進んでいないのは事実。私達は、延命策で騙し騙し生き延びているだけです。


「このベヒモスを使ってすら、『脅威』を排除するに足るかどうかは不明だ。だが、やるしかない。幸いにもこれは量産も可能だからな。足りなければ、増やせばいい」

「暴走したら、どうする気ですか。逆に新たな『脅威』になってしまいますよ?」

 私が言うと、今度はフォルウル様が一歩前に出ます。

 人の外見やファッションセンスについてとやかく言うのは礼儀知らずかもしれませんが、今だけは言いたくてたまりません。

 その仮面、外せよ。


「そんな簡単な事を、この天才が見落としているとでも思いましたか?」

「え?」

 何を言っているんですかこの人は。

 爆発の火種を百回中九十九回は見落としているあなたが?

「ふふふふ。ベヒモスの復活など、魔法派にとっては千年以上前に通り過ぎた通過点。問題はコントロール。そう、コントロールなのです」

 言っている事は理解できますが、しかし、本当にこれをコントロールする事が可能なのでしょうか?


「ベヒモスに首輪を付けるのなんて無理ですよ。仮に首輪を付けられたとしても、そんな物を引っ張って操る力があるのなら、その力で『脅威』に立ち向かった方がいいんじゃないですか?」

 私がそう言うと、フォルウル様は人差し指を立てて、ちっちっちっ、とふって見せます。

「力の塊であるベヒモスを力づくで制御しようなど、あまりにも愚かですよ。もっと理性的な手段は思いつかないのですか?」

「解りません。話が進まないので、さっさと教えてください」

「つれないですねぇ……まあ、隠すほどの物でもないのでお見せしましょう。これです」


 フォルウル様が取り出したのは、手のひらに乗るほどの大きさの四角い箱でした。

「じゃじゃじゃーん、洗脳装置!」

「洗脳装置?」

 不安が募ります。

 そもそも洗脳と言う単語は理性の対極にあるような気がするのですが。


 フォルウル様は誇らしげに続けます。

「もちろん、これはリモコンですよ。本体はベヒモスの頭蓋骨の中に埋め込まれています。全ての神経を電流で制御して、あの巨体を完全に管理下に置く事に成功したのです、この私が!」

 そうですか。凄いですね。

 なんか怖いからデモンストレーションとかはしなくていいですよ。

「信じていませんね。ちょっと命令して見ますよ」

 やめろよ!


 フォルウル様が、ピピピ、とボタンを押すと、水槽の中の塊がグニグニと動き始めました。

 右手……かもしれない部位が、上がります。あれが頭であれが胴体だとすれば、右手でしょう。

「次は左手を上げさせてみます」

 フォルウル様はそう言いながらリモコンを操作。


 水槽の中の塊は右手を必死に上げています。

 幼児が「はい、はい、手をあげてるよ!」とアピールしているようで、ちょっと可愛いです。でも、全長三十メートルを超える巨大幼児の先生になるのはごめんです。


「あの、もういいんで。操れるのはよく解ったんで。大丈夫ですから」

 物凄い嫌な予感を覚えた私は慌ててそう言います。が、フォルウル様はどうしても左腕を上げさせたいようです。

「えっと、こうかな? 出力を上げて、あとはこっちを、こうして……それっ!」


 ボンッ!


 ベヒモスの頭の辺りで、何かが破裂しました。


 静まり返る一同。

 フォルウル様が仮面に包まれた頭を掻きながら言います。

「あれ、洗脳装置が壊れてしまったぞ……」

「何やってんだおまえ!」

 レンガルム様がキレました。


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