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 頭蓋で爆発が発生した事に刺激されたのでしょうか。ベヒモスもどきは水槽の中でジタバタともがき始めます。

 手足を伸ばしたら、更に大きく見えるのです。この水槽の中に閉じ込めて置ける時間はそう長くないでしょう。


「こ、こんな事もあろうかと、予備の洗脳装置が向こうの倉庫に……」

「あの状態のベヒモスに、誰がどうやって取り付けるんだよ、おい!」

 レンガルム様はフォルウル様の襟首を締め上げています。ネズミの相談じゃあるまいし。


 ちなみにネズミの相談とは、いくら素晴らしいアイディアでも実行できなければ意味がない、という逸話なのです。

 フォルウル様が作った装置ならまた爆発する可能性が高いので、「素晴らしいアイディア」とは言えないような気もします。


 私達が何もできずにいるうちに、水槽のガラスが内側から殴られました。一撃で片足が突き出し、ガラスの全面に放射線状のヒビが走ります。培養液が流れ出して床がは水浸しです。


「バカな。厚さ五十センチの装甲ガラスが一撃で……」

「もうお終いだ」

 怯えている聖騎士と聖女達。

 洗脳装置以外にベヒモスを止める手段は用意されていないようです。ベヒモスはあと一分もしないうちに水槽の中から出てきてしまうでしょう。


「で、でもガラスが割られただけですし、シャッターを下ろして部屋を封鎖すればいいのでは?」

 私が言うと、アンヘリナさんが小声で教えてくれます。

「あの装甲ガラスが私の知っている物と同じなら、強度は同じサイズの鋼鉄を上回るはずです……」

「なんですって?」

 それを一撃で突き破るベヒモス。只者じゃありませんね。壁なんか障子紙の様に破かれてしまうでしょう。

 このままでは、ラピュータ全土が破壊されてしまいます。


「……こんな事もあろう、かと」

 首を締め上げられて動きが鈍くなったフォルウル様が、必死に何か言おうとしています。

「まだ言うか。この役立たずめが!」

 怒気に満ちた表情のレンガルム様。気持ちは解るけど話を聞こうともしないのはどうかと思います。

「レンガルム様、言うだけ言わせて見ては?」

 タミオラさんがレンガルム様をいさめています。ナイス。


 レンガルム様はため息をつくとフォルウル様を床に投げ出します。

「言ってみろ。何が用意してあるんだ?」

「こ、こんな事もあろうかと、実験施設は不便を承知で、あえてラピュータの最下層に設置したのです」

「は?」

 この人は何を言っているんでしょうか?


「ここは最下層の一番下、そこからさらに下に突き出している部分です。その意味が、解りますか?」

「まさか……」

「そうです。このブロックまるごと、パージしてしまえばいいのです。ベヒモスは空を飛ぶ能力がありませんから、落としてしまえばラピュータは安全ですよ」

 なんと。


 でも、ベヒモスって千メートルの高さを落下したぐらいで死にますかね?

 ただの聖女でしかない私達も死なない可能性が高いのです。ベヒモスも生き残ってしまうでしょう。

 つまり、ブロックごと投棄すると、地上に対して手負いのベヒモスを放つ結果になります。

 下界人は全滅してしまうのでは?


「でも、このままではどうせ同じですよ。ラピュータを破壊された後で地上を破壊されるか、地上には目をつぶりラピュータを守るか」

「くっ」

 レンガルム様は迷っているようです。

 戦闘派の目的と照らし合わせた時、こういう提案ってどうなんでしょうかね?


「レンガルム様、ここはお下がりを」

「パージの準備に入ります」

 去っていく聖騎士と聖女達。下の方の人達はパージで意見が固まってるみたいですね。

 レンガルム様が決断するのも時間の問題でしょう。


 一方、アンヘリナさんは厳しい顔で盾を構え、既に上半身が外へ出て来ているベヒモスを睨みつけています。

「あれをやる気ですか?」

 私が聞くと、アンヘリナさんは振り返らずに頷きます。

「守る余裕がありません。エクレーラちゃんは下がっていてください!」

「無茶ですよ。勝てるわけありません……」

「それでも前に出なければならない時が、聖女にはあります」

「勝算がないのに何をする気ですか?」

「騒ぎになれば救援が来るはずです。それまで時間を稼ぎます」


 なんとなく、こんな展開になる予感はあったんですけれど、仕方ありませんね。

 せっかくなので、言っておきます。

「時間稼ぎとは言いましたが、別に倒してしまっても構わないわけですよね」

「『身の危うきを省みずは手柄と言えず』、功名を焦るのは禁物です」

「そう思っているなら、きっと大丈夫ですよ。でも、上からの落下物にだけは気をつけてください!」

 私が言うと、アンヘリナさんは首を傾げます。

「落下物、ですか? もちろん気をつけますよ」

 よし。

 まだ嫌な予感がするけど、フラグ回避はできているはずです。


 部屋から外の通路に繋がる出入り口が、シャッターで閉鎖されていきます。室内に残るのは私とアンヘリナさん、そして水槽から完全に外に出てしまったベヒモスだけ。

 私は邪魔にならないように壁際に立ちます。


『ウォォォォォッ!』

 雄たけびを上げるベヒモス。ビリビリと空気が震えます。

 それと向き合うアンヘリナさんは、あまりにも小さく見えます。圧倒的な体格差。

 アンヘリナさんは右手に柄の短い槍を、そして左手に巨大な盾を構えながら慎重に近づいていきます。

 足を運ぶごとに、床に溜まった水が、パシャ、パシャ、パシャ

 ……。


『ガアアアアッ!』

 ベヒモスが動きました。意を突く素早さで右前足が振り下ろされます。

 が、アンヘリナさんは予知していたかのように横っ飛びで回避。転がるような着地と同時に身を屈めて、全力で走ります。

 ほんの一瞬で首の下にもぐりこみました。

 短槍が突き上げられ……


 ギイィイン!


 弾かれました。

 さすがベヒモス、皮膚が硬いようです。

 この攻撃が通れば一撃で決まっていた可能性もあったけれど、そう甘くはありません。

 ベヒモスはアゴを床に叩きつけますが、アンヘリナさんは素早く身を引いて無事でした。

 代わりに床が大きくへこみ、反動で水しぶきが上がります。


 アンヘリナさんはベヒモスの胴体右側に回りこみます。

「てやっ!」

 勢いよく突き刺された短槍。これも刺さりません。

 どうしたら?

 絶望的な空気が押し寄せてきます。


「まだです! アンヘリナさんの力はそんな物じゃないはずです!」

 私は全力で叫びます。

 力のない私は応援する事しかできないのです。

 それでも、アンヘリナさんは、一瞬だけ私に顔を向けて微笑みました。


「武具換装! 戦旗、装填!」

 アンヘリナさんが叫ぶと共に、巨大な盾が炎に包まれて姿を消しました。その代わりのように、右手に持っていた短槍が三倍ぐらいの長さに伸びます。

 防御を捨てて攻撃に賭けるのでしょう。


「やあっ!」

 掛け声と共に鋭い突きが放たれ、ベヒモスの胴体に穂先が突き刺さりました。

「やった!」

 いえ、まだ一刺ししただけですが。

 しかし皮膚を貫き血を流しました。ベヒモスと言えども無敵ではないのです。


『ギイイイイイイッ』

 ベヒモスは悲鳴を上げながら身をよじります。胴体が転がり、アンヘリナさんは突き刺さった槍ごと上に、投げ飛ばされました。

「くっ」

 空中をグルグル回転しながらも、アンヘリナさんは唱えます。

「武具換装! 氷斧ひょうふ、装填!」

 槍が小さくなって少し形も変わり、同時に氷の盾が現れます。

 そして着地。

 床の水が凍りついて固まり、勢いのまま転がっていくアンヘリナさんを、霜柱が砕けるような音を立てながら減速します。


 起き上がろうとするアンヘリナさん。

 それをあざ笑うかのように、ベヒモスの背中から、何本ものトゲのようなアンテナが。

 アンテナから光の球が無数に打ち上げられます。二割ほどは飛び過ぎて天井を破壊し、残りの八割は光の線になってアンヘリナさんへと飛んで行きます。

 まさかの射後曲折ビームです。

 最高の生物とは何だったのか!


「浮水行!」

 アンヘリナさんは水面を滑るような動きで、盾を構えたまま真横に移動。ビームの殆どは狙いを外し、何発かの命中弾も盾で弾きます。

 アンへリナさんは後ろへと回り込もうとします。

 もちろん、ベヒモスもそんな事を軽々しく許すわけがありません。


 ずーん、どーん、ばーん


 いちいち説明できるレベルを超えた、高速かつ広範囲の戦闘が繰り広げられています。

 高速移動でながらちまちまとダメージを与えていくアンヘリナさん。倒せるかどうかは解りませんが、今のところ、時間稼ぎと言う当初の目的は達成できているようです。

 アンヘリナさんのスタミナなら当分の間は大丈夫でしょう。


「おい、エクレーラ。エクレーラ」

 誰かに名前を呼ばれました。誰ですか? この声はタミオラさんのような気がします。でも姿がどこにも見えません。

「こっちだっての」

 突然、私の足元のハッチが開きました。そしてタミオラさんが顔を出します。こんな所に通路があったとは。排気ダクトか何かでしょうか?

 あと、髪の毛が濡れてグチャグチャになっています。

 床が水浸しですから、床下のダクトとか水没してるのかもしれません。


「何ですか? 避難する気はありませんよ」

「そうじゃない。レンガルム様は、このブロックを切り離しに行っちまった」

 タミオラさんは、取り繕っている暇がないのか、言葉遣いが普段と違っています。

 昔に戻ったようで、私はちょっと嬉しいですけど。


 しかし、ここを切り離されるのは困りますね。ベヒモスはともかく、私やアンヘリナさんまでダストシュートされてしまいます。

「私はレンガルム様を止めに行く。おまえはどうする?」

「え?」

「ここで戦闘に参加しないなら、こっちに来るってのもありだろ。説得は人数が多い方が有利だからな」

「……」


 私は少し迷います。

 タミオラさんは、こう言ってはいますが、実際一緒に行っても私にできる事は殆どないでしょう。

 単に避難する口実を与えてくれているだけです。

 だとしたら……。


「そちらはお任せします。私の任務はアンヘリナさんの補佐ですから」

 私がそう言うと、タミオラさんは、仕方ないな、と言いたげに首を振りました。

「そう言うと思った。だからこれを貸しとく。後で返せよ。じゃあな」

 タミオラさんは何かの包みを私に押し付けると、ダクトの中に潜って、どこかに行ってしまいました。

 上手くやってくれるといいのですが。


 しかしこの包みは何でしょう。話の流れからするに、今この場で使うべき物のような気がします。

 布を解くと、金属でできたL字型をした金具が出てきました。

 銃器のようにも見えます。

 でも火薬を使う系の物にはみえません。銃口に当たる部分には、クリスタルのような半透明のパーツが。

 これはまさか?

「レーザーガン?」

 ま、相手もビーム乱射してますからね。これぐらいは当然でしょう。


 さてと。

 武器を手に入れても焦って乱射してはいけません。状況をよく観察するのです。

 今、アンヘリナさんはベヒモスの後ろに回り込もうとしています。

 ベヒモスはそれを阻止するために、同じ速度で回っています。

 つまり私は、ベヒモスの回転を邪魔するのがよさそうですね。


 アンヘリナさんが私とベヒモスの間を横切ります。

 流れ弾のビームが数発来ましたが、それは避けて……今です。

 私が放ったレーザーはベヒモスの足に命中。

 ベヒモスは私に狙いを変えるべきか一瞬迷ったのか、よろめきます。


 その隙にアンヘリナさんはベヒモスの背後に回りこみます。

「武具換装、戦旗装填!」

 長い槍がベヒモスの後ろ足に突き刺さる、と思った寸前、足が上がって攻撃は外れました。

 あれ?

 見えないはずの真後ろからの攻撃を避けたのですよ?


「そんな! 尻尾にも目が!」

 アンヘリナさんが驚愕の報告をくれました。

 最高の生物にあるまじき造形です。

 そもそも、それはベヒモスではなくマンティコアの特徴では? いえ、ベヒモスが同じ形をしていても矛盾は生じませんけど、でも納得がいかないのです。


 次の決め手を欠く私達をあざ笑うかのように、ベヒモスの背中から打ち上げられる光弾が全て天井に命中しました。

 降り注ぐ瓦礫の雨。

「上です!」

 狙ったようにアンヘリナさんの近くに落下する一際、大きな鉄骨。

 アンヘリナさんは上も警戒していたので、危なげなく避けます。


 そこに大振りされる左前足、アンヘリナさんはジャンプで避けます。が、空中にいたせいで次の落下物がかすりました。

「武具換装! 衛士、装填!」

 装備が最初の短い槍と大盾に戻りました。

 大盾を上に構えて瓦礫を防ぎながら、アンヘリナさんは後ろに下がります。それをノソノソと追いかけるベヒモス。

 アンヘリナさんは壁際へと追い詰められていきます。


 私はベヒモスの横っ腹めがけてレーザーガンを乱射しますが、まるで効かないどころか無視されています。

 私はベヒモスの背後目指して走ります。狙うのは、ベヒモスの尻です。だいたいの生物はそこの守りが薄いのです。

 美しさなど今は不用。

「エクレーラの本気を見るのです!」

 レーザーを乱射。これだけ的が大きければ外しようがありません。

 さあ、どうしますか?

 どんな動きをされても、対応する自信がありますよ。


 しかし、私の全ての予想をあざ笑うかのように、ベヒモスの千トンはあろうと思われる巨体が飛びあがりました。

「えっ?」

 なんですかそれは。

 一瞬遅れてメキメキと悲鳴を上げる床。視界を覆う水しぶき、巨体が急移動した分だけ空気も動き暴風が吹き荒れます。

 そして着地、あっけなく粉砕される床、そして打ち上げられる私。

 降り注ぐ無数の瓦礫。


 数秒の後。そこには混沌とした破壊の跡が残されていました。

 たぶん、さっきいた階より何階分か下がっている気がします。

 そして、私達が立っている高さよりも数メートル分ほど床に潜っているベヒモス。泥沼で泳ぐようにもがきながら、床を破壊しつつ移動しようとしています。


 パージを止めに行ったタミオラさんは今どこで何をしているのでしょう?

 このままだと、何もしなくても勝手に地上に落ちるかもしれませんよ。

 そうなったら、ラピュータは地上に破壊兵器を投下した悪の帝国として、下界人の記憶に刻まれる事でしょう。


 遠くの方にアンヘリナさんの姿が見えます。気絶しているのか、床に倒れたまま動きません。

 そして、その真上で揺れている大きな鉄骨。今にも落下しそうな……。嫌な夢がフラッシュバックします。

 私は手に握ったままのレーザーガンを検めます。出力、出力を上げるには……これかな?

 私が適当なスイッチを押したのと同時に、鉄骨が自由落下を始めます。


「あ、当たれぇぇっ!」

 当たりました。私が放った最大威力のレーザーは鉄骨を真っ二つにし、左右に吹き飛ばしたのです。

 アンヘリナさんの両脇の床に突き刺さる鉄骨。やったのです。

「危なかった……」

 私は安堵のため息をつきます。

 そして役目を果たした、といわんばかりに煙を上げて機能停止するレーザーガン。

 ……。まだ何も終わってないんですけどね。


 メイン火力のアンヘリナさんは行動不能。私の攻撃手段は消失。

 詰み、でしょうか。

 ベヒモスがアンヘリナさんの方へと移動していく今、私に残された選択肢は三つです。


1、最後の力を振り絞って抵抗する

2、アンヘリナさんがやられている隙に逃げる

3、全てを諦めて死を受け入れる


 私だって誇りの一つや二つはあります。2番をやってそのあとおめおめと生きていけるほど落ちたつもりはないのです。そして3番はもう選ばないと決めました。

 ならば。


 私は手近にある瓦礫の中から、一番長くて尖った物を選びます。

「うりゃあああああ」

 それを全力で投擲、ベヒモスの胴体に当たります。ベヒモスの動きが停止、こちらに気付いたようです。

 もう一つ、瓦礫を投げつけます。


 三つ目の瓦礫を持ち上げる前に、ベヒモスが動き始めました。

 ギシギシと床を捻じ切りながら方向転換、人間の物に近い気もする造詣をした顔が私を睨みつけます。

「ひっ!」

 何これ怖い。ただただ巨大な上に、人間っぽいけど何かが決定的に違う感があってすごく怖い。

 よく考えると、私がベヒモスにターゲットされるのはこれが始めてかもしれません。


 けれど怯えているわけには行かないのです。

 アンヘリナさんは気絶しているだけのはず。私が数分も時間を稼げば目を覚ますでしょう。全てはそれからです。

 さあ、来なさい!


『ギイイイイイイッ』

 ベヒモスの背中から打ち上げられる無数の光球。それらがビームとなり、私めがけて降り注ぎます。

「うわ、うわ、うわ、うわ?」

 私にできるのは逃げ回る事だけ。整地したくなるほど歩きにくい室内を必死に走り回って逃げます。


 一分もしないうちに、疲労で足が言う事を聞かなくなり、派手に転んでしまいました。

 起き上がろうと手を突いたら、そこが陥没して腕が嵌ってしまいます。

 ……まずい。


 ビームの雨がやんで、ベヒモスがノソノソと近づいてきます。

 殴って確実にトドメを刺したいのか、あるいは私を捕食する気なのでしょう。

 ああ、ここまでのようですね。


 ゴン、ゴン、ゴン、ゴン


 目を閉じると、何かリズムを刻むような音が脳を揺らします。

 私の鼓動でしょうか? いいえ、何か天井の方から聞こえるような気がするのです。


 ゴン、ゴン、ゴン、バキッ


 何かが貫かれるような音がしたと思った次の瞬間、天井が決壊しました。天井の中央に大穴が開いて、今までに降り注いだ分を数倍は上回る瓦礫が崩れ落ちてきたのです。

 大量の瓦礫に続いて落下してきたのは、白銀の光を放つ巨大な三角形の鉄塊、そしてその上に立つ白いロングドレスを着た凛々しい女性は……

「ホワイト様?」

 なんでここにいるんでしょうか。


 鉄塊は私が見ている前で一抱えほどの大きさまで小さくなります。

 あれは多分、メイスのような棒の先端に金属の塊がついていて、その塊の大きさを自在に変更できる武器なのです。

 物理法則を無視している気がしますが、聖女ですからね。それぐらいは特に珍しくないのです。


 ホワイト様は室内の様子を見渡した後、私を睨みます。

「何をやっているのだ、エクレーラ。敵の前でそのような情けない格好をする女だとは思わなかったぞ」

「いや、あの……」

「アンヘリナもだ。敵の前で居眠りをするとは……、一から鍛えなおさなければなるまい」

 それは頭を打って気絶しているのではないでしょうか。

 まあ、負けたという事はどっちにしても鍛え直しでしょうけど。


 ホワイト様の登場に、ベヒモスもそちらに向き直ります。

 最優先で対応しなければ危険な相手だと、本能が認識しているのでしょう。

 ベヒモスの背中のアンテナから無数の光球が打ち上がります。

 それらがビームとなって自分に降り注ぐ光景を前に、ホワイト様はつまらなそうな顔をしているだけです。


 一瞬の静寂。


 ホワイト様の姿が霞むように消えました。高速移動です。私の動体視力でも見逃しました。

 ビームが床を抉り破片を散らす中、私は慌ててホワイト様の姿を探します。

 ……上?


 白いドレスを翻しながら、ホワイト様は、数十メートル上の天井の近くまで跳びあがっていました。

 ベヒモスもそれに気付いたのか、上にビームを乱射します。しかしホワイト様はその全てを回避。空を泳いでいるかのようです。

 そしてベヒモスの背中に着地。同時に、メイスの柄が五メートルぐらいに伸びます。

 何をする気なのでしょう?


 ホワイト様はベヒモスの背中の上でコマのようにグルグル回転します。

 根こそぎに刈り取られてていくアンテナ。

 ほんの一瞬で、あの恐ろしいビーム攻撃が無力化されてしまいます。


『グォォォォォォゥ!』

 悲鳴を上げながら跳ね上がり頭を振るベヒモス。

 しかしホワイト様はもうベヒモスの背中から降りています。

 メイスの柄は縮み、代わりに先端の金属塊が巨大化しています。

 ベヒモスが頭を振るのに合わせて、顎に横から叩き込みました。

 ゴンッ、と鈍い音が響きます。


『ゴゥエッ?』

 変な奇声を上げて、ベヒモスは頭を地面につけます。

 それでもホワイト様は動きを止めません。ベヒモスの目と同じ高さまで飛び上がると、メイスを振りかぶり、鼻の中ほどに叩きつけました。


 ベヒモスの顔面のあちこちの穴から青白い光が噴き出しました。

 鼻の穴からは大量の赤い液体も同時にです。

「ふん、この程度か」

 ホワイト様はそう呟くとベヒモスから少し離れた所に着地しました。

 倒したんですか? 本当に?

 でも確かに、ベヒモスの動きは止まったようなのです。


 私は床の隙間に挟まっていた手をどうにか引き抜いて、立ち上がります。

 向かうはアンヘリナさんの所。

 目立った外傷なし、呼吸あり。できれば目が覚めるまで動かさない方がいいでしょう。

 ベヒモスは、と見ると、さっきは鼻血を出したようにしか見えなかったのに、今は全身から出血しています。心なしか、体のシルエットが縮んだような気がします。


 ぼーっとしている私にホワイト様が近づいてきます。

「終わった。帰るぞ」

「あの、ホワイト様? ずいぶん狙いが的確でしたけど、ですか?」

「ベヒモスにはテンプレートとも言うべき倒し方がある」

「本当ですか? 教えてください!」

 私が聞くとホワイト様は頷きます。


「まず最初に破壊するべきは背中のアンテナ。怒らせてベヒモスの判断力を奪う。次に顎。ここを叩けば衝撃で脳が揺さぶられ、動きが鈍る。最後に突くべき弱点は鼻だ。ここには体内を循環する魔力をコントロールする器官がある。魔力の循環が遮られてしまえば、体が自重に耐えられない。骨は折れ、内臓は自壊し、死に至る」


 そんな所かな、とホワイト様は言います。

「ずいぶん簡単に言いますね」

 その戦術は私どころかアンヘリナさんでも厳しいでしょう。それでも最高の生物を下せるとなれば、一考には値しますが。

「幼体のみに通用する裏技のような倒しかだがな。成体は魔力なしでも体を支えられるほどに頑丈になるから、鼻を潰した後が面倒くさい」


 ホワイト様は当たり前のように言ってのけますが、ちょっと待ってください、おかしくないですか?

「なんで、そんなにベヒモスの倒し方に詳しいんですか?」

「全て千年前の資料に書いてあった」

 なんですって?


「何でそんな資料が? あったとしても、いつそんな物を読んだんですか?」

「いつも何も……今朝おまえが運んでくれた箱の中に入っていたぞ」

「あ、あれ伏線だったんですか?」

 っていうか、千年分の書類を、この数時間で全部読んだんですか?

 いえ、そもそも私達が出発どころか命令を受諾するより前にベヒモスの事を知っていないそれは成立しないと思うんですけど。


 私が疑問を突きつけると、ホワイト様は訝しげな顔になります。

「おまえ。ベルナルディッタから、聞かされていないのか?」

 何をですか?


 ◇


 聖堂の塔の部屋で、ベルナルディッタ様と再度の面会です。

 部屋に入るのは私とホワイト様。

 アンヘリナさんはここにはいません。あの後で意識は取り戻したけれど、念のため病院に直行です。


「確かに、あなたには教えていませんね」

 ベルナルディッタ様は平然と言ってのけます。

「どうしてのですか? 失敗するとは思わなかったのですか?」

「いえ……。まさかベヒモスと戦う事になるとは思っていませんでしたからね」

 もちろん、様々なケースを想定し、万が一の時でも生き残れる二人を選んだつもりだった、とベルナルディッタ様はつけ加えます。


「最悪の展開でも、ホワイトを送れば片付きますからね。むしろ、最初からホワイトを送り込んで問題を大きくしたくなかったのです」

「私達が死んだ場合は?」

「……その程度の聖女だったという事ですよ。特にアンヘリナはホワイトから推薦を受けていましたから、何とかなると思っていました」

「その節は申し訳ありません。私が責任を持って再教育しますので」

 ホワイト様が頭を下げています。


 この人達は、アンヘリナさんの性能テストでもしていたつもりだったんですかね。

「あの、それ、私は巻き込まれ損では?」

「そうでもありません。むしろ私は、あなたが戦闘派に寝返る可能性を危惧していたので」

 ベルナルディッタ様は私の目を覗き込みます。

 そうなった場合、アンヘリナさんが後ろから斬りつける役目だったのですね? 酷いのです。


「そんな事は、しませんよ」

 むしろ今回の件で、戦闘派にはなおさら失望しましたからね。

 建前は立派なのに、本音が伴わない人達とはご一緒できないのです。

 本性を知った上であの集団の中でやっていけるタミオラさんは、きっと心が強いのでしょう。


 それで思い出したけれど、タミオラさんから借りたレーザーガンは瓦礫の中で失くしました。どっちにしても壊しちゃったのでアウトなのです。

 後で怒られました。タミオラさんも誰かに怒られたらしいです。ごめんなさい。


 でも、あれを貸してくれなかったらアンヘリナさんは死んでたかもしれません。

 ありがとうなのです。


 ◇


 ケーキ屋は約束の日からずいぶんと延期されました。

 検査入院で一日で退院したアンヘリナさんが、その後一ヶ月ほど猛特訓に狩りだされたからです。

 休暇を奪うなんて……。

 やっぱりホワイト様はブラックでした。


 ケーキ屋の片すみは喫茶店の様になっていて、そこでケーキを食べる事もできるようです。

 私はチョコレートパウンドをフォークで刻んで口に入れます。

 下の上で蕩けていく甘み……。

「うん、おいしいのです」

 開店記念のケーキは食べ損ねましたが、おいしいという評判は嘘ではなかったようです。

「来てよかったですね」

 アンヘリナさんも笑顔です。

「おほほ、週一で通ってしまいそうですわ」

 なんでタミオラさんまで、同じテーブルにいるのでしょうか? まあいいけど。


「それで、アンヘリナさんは今までずっと特訓を受けていたらしいけど、成果はあったんですか?」

「ベヒモスを倒すための手順は学んだのですけれど……ダメージを与える手段がなくて、

「でしょうね」

「もっともっと強くならなければ」

 できればアンヘリナさんは、脳筋を卒業して欲しいのですが。


「いいじゃない。目標を持つのは悪くないわ……」

 タミオラさんが苦笑しながら言います。そういうあなたは何か目標があるのでしょうか。

「私は権力が欲しいわね」

 タミオラさんは無茶苦茶を言います。

「レンガルム様のやり方は、少し納得できない部分もあるもの。それを諌められるだけの立場が欲しいわ」

「戦闘派って、今はどうなってるんですか?」

 アンヘリナさんが聞くと、タミオラさんはモンブランを突きながら肩をすくめます。

「あっちこっちに謝って回ってばかりよ。レンガルム様は、本当に困っていて、魔法派との付き合い方は考え直さなければいけない、とか言ってたわね」

 これが魔法派を信用した愚か者の末路なのです。

「フォルウル様は?」

「……あのクズなら、まだ洗脳装置の改良に拘ってるみたいだけど?」

 こらこら。人をクズとか言ったらいけませんよ。


「そういうエクレーラの方こそ、この一ヶ月なにしてたのよ」

「私の方は、何もありませんよ」

 時々、ホワイト様やベルナルディッタ様から無茶な仕事を振られるぐらいの物。平穏なのです。

「エクレーラちゃんは、何か目標とかないんですか?」

「目標、ですか?」

 なんかそういう話の流れになっていたみたいです。でも、私、別に億表とかないので。

「私は、今のままがいいのです」

「今のままが?」

 そう。時々ホワイト様やベルナルディッタ様に無茶振りされながらも

、こうやって時々アンヘリナさんやタミオラさんとお茶して……。


「こんな楽しい時間がいつまでも続くように頑張るのが、私の目標なのです」



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