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若葉くるみの幻想事件簿-桜降る夜の約束を-  作者: くまのぽち


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第4話 桜色の幽霊

――花乃子――

昼下がりの校舎の裏庭。

柔らかな春風が吹き抜け、淡い桃色の花びらがひらひらと舞い落ちる。

私はいつものように、桜の木を見上げていた。

樹齢百年を超える、大きな桜。

枝いっぱいに桜の花が咲き、ところどころには、まだ開ききっていない蕾が残っている。

ここから見える景色は、昔とずいぶん変わった。

校舎も、制服も、行き交う生徒たちも。

それでも、この桜だけは変わらずにここにある。

「……もうすぐかな」

誰に聞かせるでもなく、つぶやいた。

そのとき。

「なにしてるの?」

突然、背後から声がした。

「え?」

振り返ると、そこには小柄な女の子が立っていた。

桜花高校の制服を着た、あどけない顔の女の子。

「ねえ、なにしてるの?」

大きな瞳で、私をじっと見つめている。

「……私?」

「そだよ」

女の子は当然のようにうなずいた。

私は思わず目を見開いた。

「……私が見えるの?」

「うん、みえるよ」

なんでもないことのように答える。

驚いた。

昼間に私の姿が見える人なんて、ほとんどいないのに。

「あなた、いったい……?」

「ぶちだよ!」

「え?」

「ぶち!」

「……あだ名?」

「ぶちはぶちだよ」

女の子は胸を張って答えた。

「変な名前」

「へんじゃないよ!」

頬をぷくっと膨らませる。

「じぶんは?」

「私?」

「うん、なまえ!」

「ああ……花乃子よ」

「きのこ?」

「……きのこじゃなくて花乃子。櫻井花乃子」

「かのこ?」

「そう、花乃子」

女の子は少し考えてから、にっこり笑った。

「へんななまえ!」

「……ぷっ」

思わず吹き出してしまった。

「ふふっ、あははは!あなた、面白いわね」

自分の名前を笑われたから、同じことを言い返してきたのかしら。

なんだか、子供みたい。

すると、ぶちと名乗った女の子が、突然私に顔を近づけてきた。

「くんくん……」

「え?な、なに?」

「ふしぎなにおい」

「匂い?」

「うん。くんくん……いいにおい」

「そう?」

私も自分の袖に鼻を近づけてみる。

「……何も匂わないと思うけど」

「くんくん……」

女の子はまだ鼻をひくひくさせている。

そして突然、ぱっと顔を上げた。

「くるみだっ!」

「……くるみ?」

誰かの名前かしら。

そう思った、そのとき。

遠くから元気な声が聞こえてきた。

「ぶち〜!」

――くるみ――

「ぶち〜!どこ行ったの〜!」

まったく、もう!

ちょっと目を離した隙にいなくなるなんて、まったく世話の焼ける子ね。

ん?なんかどっかで聞いたことあるような……

「ぶち〜!」

校舎の裏庭へ回り込むと、大きな桜の木が見えてきた。

……あ。

いた!

「ぶち、いた〜」

私は駆け寄りながら、腰に手を当てた。

「勝手にいなくなっちゃダメだよ!」

「くるみ!」

ぶちが嬉しそうに手を振る。

……ん?

よく見ると、ぶちの隣に女の子が立っている。

長い髪に、どこか懐かしい雰囲気の制服。

近所の学校の子かな?

「ぶちのお友達?」

「……え?」

女の子が驚いたように私を見た。

「うん!かのこっていうの!」

「花乃子さん?」

私はにっこり笑って頭を下げた。

「こんにちは、花乃子さん!」

「こ、こんにちは……」

花乃子さんは、なぜかぽかんとしている。

「……って、なんで見えるの?」

「へ?」

見えるって……何が?

首をかしげていると、後ろから声がした。

「ぶちちゃん、いた〜!」

振り返ると、ひまりちゃんとかえでが走ってくるところだった。

「もう、急にいなくなったら心配するだろうが!」

かえでが呆れたように言う。

「こんなところで何してたんだ?」

「んとね、かのことしゃべってた!」

「花乃子?誰だよ、それ」

「このひと」

「このひと……?」

かえでは周囲をきょろきょろと見回した。

そして、不思議そうに眉をひそめる。

「……誰もいないじゃんか」

……え?

誰もいない?

いやいや、いるじゃん。

ほら、ここに。

「もしかして……」

ひまりちゃんが、いたずらっぽく笑った。

「桜の木の花子さんだったりして」

「ええっ!?」

かえでが飛び上がる。

「あはは、冗談よ、冗談。花子さんは夜中にしか出ないから大丈夫だよ」

「も、もう!脅かすなよ!」

かえでは胸を押さえて、大きく息を吐いた。

……う〜ん。

なんだろう。

この反応。これって……

「ん?くるみ、どうした?」

「ねえ、二人とも……見えてないの?」

「は?何が?」

私は花乃子さんを指さした。

「この人」

「…………」

かえでは私の指さす方をじっと見つめた。

あ、ぎこちなく笑った。

「はは、さては二人で私を脅かそうって魂胆だな」

「え?」

「その手には乗らねえぞ」

いや、別に脅かしてないんだけど。

「そうだ……先生が呼んでたんだった……早く行かないと」

棒読み?

「かえでちゃん?」

かえではそそくさと歩き出した。

……あ、戻ってきた。

「ひまり、行くぞっ!」

「あっ、待ってよ〜!」

今度はひまりちゃんの腕を引っ張って、足早に去っていった。

……逃げたな。

絶対、怖くなって逃げたな。

まったく、かえでは怖がりなんだから。

……って。

ちょっと待って。

二人には見えてない?

でも、私とぶちには見えてる?

ということは……。

「……もしや!」

私は勢いよく花乃子さんに向き直った。

「花乃子さんって、桜の木の花子さん!?」

「え〜っと……たぶん、それ」

……。

……やっぱり。

やっぱり、そうなんだ!

「すっご〜い!!」

思わず声が裏返った。

「本当に……本当に幽霊っているんだ!!」

うわあああ!

どうしよう!

本物だよ!

本物の幽霊だよ!

私は花乃子さんの手を取った。

「私、くるみ!若葉くるみ!くるみって呼んでください!」

「あ、うん……」

「ねえねえ、花子さん……じゃなかった、花乃子さん!本当に幽霊なの!?」

「……みたいね」

「すっご〜い!」

思わず握った手をぶんぶん振ってしまう。

……あれ?

手?

「……触れる」

私は花乃子さんの手を、もう一度確かめるように握った。

ちゃんと感触がある。

幽霊なのに!

「触れる!すっごい!新発見だよ〜!」

「……怖くないの?」

花乃子さんが、不思議そうに尋ねてきた。

「なんで?」

「だって……みんな私のことを怖がって、ここには近づかないようにしているみたいだから」

「え〜?だって幽霊だよ!本物の幽霊!」

私は興奮を抑えきれずに言った。

「はああ……こんなことってあるんだ〜!」

花乃子さんは、少し困ったように笑っている。

「くるみ、うれしい?」

ぶちが私の顔をのぞき込んできた。

「うん!すっごく!ぶちは?」

「ぶちは、くるみがうれしかったらうれしい!」

……。

なんて可愛いことを言うんだ、この子は!

「こいつは〜、ういやつよ!」

私はぶちの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「えへへへ!」

ぶちは嬉しそうに目を細める。

……あ、そうだ。

「でも、なんで私とぶちには見えて、かえでとひまりちゃんには見えなかったんだろう?」

「う〜ん……」

花乃子さんは首をかしげた。

「見える人と見えない人の違いは、私にも分からないわ。昼間は特に、ほとんどの人には見えないみたい」

「へえ〜」

「でも、夜になると何人か見えた子はいたわ。……みんな怖がって逃げちゃったけど」

花乃子さんは、少し寂しそうに微笑んだ。

「だから、こうして私と仲良く話してくれる人は……あなたたち二人が初めてよ」

「ええ〜!もったいない!」

「……もったいない?」

「そうだよ!せっかく幽霊と仲良くなれるチャンスなのに!」

「仲良く……?」

花乃子さんは一瞬きょとんとして、それから小さく笑った。

「ふふっ、変な子ね」

「よく言われる!」

私は胸を張って答えた。

……あれ?

今の、褒め言葉じゃない?

まあ、いっか!

「ところで、花乃子さんはなんでここにいるの?」

私が尋ねると、花乃子さんは静かに桜の木を見上げた。

さっきまで笑っていた顔が、少しだけ寂しそうになる。

「私は……待ってるの」

「待ってるって……誰を?」

「友達……かな」

「友達?」

「ええ」

花乃子さんは、どこか遠くを見るような目をしていた。

「幽霊になっても?」

「そう。幽霊になっても、ね」

そして、小さく笑う。

「……でも、その子ももう死んじゃってるかもしれないわね」

「えっ?」

そんなに昔の話なの?

「その人、ここの生徒だったの?」

「そうよ。その頃はまだ、桜花高等女学校って名前だったの」

「高等女学校?」

「ええ。三十五年前の話よ」

「三十五年!?」

うわあ。

私が生まれるずっと前だ。

……ってことは、花乃子さんは三十五年前からずっとここにいるってこと?

それって、すごく長い時間だよね。

ずっと一人で、誰かを待っているなんて。

……。

よし!

「そっか……よ〜し!」

私は勢いよく拳を握った。

「そしたら、私が探してあげる!」

「……探す?」

「そう!その……お友達?をね!」

花乃子さんが目を丸くした。

「……本当に?」

「うん!このまま放っておけないもんね!」

私はびしっと胸を張った。

「この名探偵ホームズに任せなさい!」

「ぶちも!ぶちもやる!」

ぶちがぴょんぴょん飛び跳ねる。

「よ〜し、いいだろう!じゃあ、ぶちは助手のワトソンだ!」

「やった!わそそんやる!」

ぶち、ワトソンだよ。

花乃子さんが、くすっと笑った。

「でも……どうやって探すの?」

「ふっふっふ。まずは手掛かりね!」

私は人差し指を立てた。

「そのお友達、名前はなんていうの?」

「それが……」

花乃子さんは困ったように眉を寄せた。

「記憶がぼやけていて……思い出せないの」

「そっか。名前が分からないのか〜」

う〜ん、こういう場合は確か……捜査のいろは。聞き込みだ!

「ほかに手掛かりはない?」

「そうね……」

花乃子さんはしばらく考え込んだ。

そして、何かを思い出したように顔を上げる。

「あ……火傷」

「火傷?」

「ええ。首に、火傷の跡があったわ」

「首に火傷……」

私は頭の中で情報を整理した。

三十五年前の桜花高等女学校の生徒。

今、生きているなら五十代くらい。

そして、首に火傷の跡がある。

……なるほど。

「OK!なんとかしてみる!」

「……本当に大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫!私、名探偵だから!」

……まあ、探偵の経験なんてないけど。

そこは気合いでなんとかなるっしょ!

たぶん!

「あ、そうだ。花乃子さんは、いつもここにいるの?」

「うん。私、地縛霊だしね」

「あ、そっか」

そういえば、幽霊にもいろいろ種類があるんだっけ。

「しばづけ?」

ぶちが首をかしげた。

お漬物になってる……

「違う違う。地縛霊ね。この世に未練があって、その場所から離れられない霊のことよ」

「みりんがある、しばづけ……」

ぶちが真剣な顔で考え込む。

「わかった」

「絶対分かってないでしょ?」

「うん!」

即答!

「あはははは!」

花乃子さんが笑い出した。

私もつられて笑う。

「あははは!」

「えへへ!あはははは!」

ぶちも一緒に笑っている。

この状況。

幽霊と一緒に笑っているなんて……ああ、幸せ!

でも……なんだか、不思議。

ついさっき出会ったばかりなのに、ずっと前から知っている友達みたい。

「じゃあ、何か分かったら報告に来るね!」

私は花乃子さんに手を振った。

すると、彼女が小さく口を開く。

「……若葉さん」

「ん?」

「……」

何か言いたそうにしている。

私はにっこり笑った。

「くるみでいいよ!」

「え?」

「もう友達なんだから!」

「……友達?」

花乃子さんは、確かめるようにつぶやいた。

「そう!友達!」

私は笑いかける。

「……嫌だった?」

「ううん!」

花乃子さんは慌てて首を横に振った。

そして、少し照れたように微笑む。

「……私も、花乃子でいい」

「分かったよ、花乃子!」

名前を呼ぶと、花乃子は嬉しそうに目を細めた。

「……くるみ」

「なあに?」

「……また、会いに来てくれる?」

その声は、とても小さかった。

私は迷わずうなずいた。

「もちろん!」

そして、小指を差し出す。

「約束する!」

花乃子は、私の指をじっと見つめた。

それから、そっと自分の小指を絡めてくる。

「……約束?」

「うん、約束!」

指切り。

幽霊の花乃子と、私。

二人の小指が、しっかりと結ばれた。

「じゃあ、ぶち!行こう!」

「うんっ!」

私はぶちの手を取って、桜の木に背を向けた。

「またね〜!花乃子!」

「……うん。またね」

振り返ると、花乃子が桜の木の下で手を振っていた。

私はとびっきりの笑顔で手を振り返す。

そして、ぶちと一緒に校舎へ向かって駆け出した。

――花乃子――

二人の姿が、校舎の向こうへ消えていく。

私は、さっきまでくるみとつないでいた小指を、そっと見つめた。

「……約束、か」

ゆっくりと顔を上げる。

頭上には、大きな桜の木。

春風に揺れる桜の花を見つめながら、私はもう一度、小さくつぶやいた。

「……約束」

その言葉が、いつまでも胸の奥に残っていた。

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