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若葉くるみの幻想事件簿-桜降る夜の約束を-  作者: くまのぽち


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第3話 不思議な女の子

――ひまり――

「ふええ〜! 寝坊しちゃった〜!」

朝の通学路を、私は必死に走っていた。

昨日、図書館で調べ物してて夢中になっちゃったのが原因。

目覚まし時計を止めて、あと五分だけ……なんて思ったのが間違いだった。

「遅刻しちゃうよ〜!」

鞄を抱え直して、角を曲がった、その瞬間。

「わっ!」

どんっ!

突然、誰かが目の前に飛び出してきた。

「いたたた……」

私は尻もちをついてしまった。

いったい何が……?

顔を上げると、そこには一人の女の子が倒れていた。

「あっ、大変!」

慌てて駆け寄る。

女の子はぴくりとも動かない。

「だ、大丈夫ですか……?」

返事がない。

も、もしかして……。

「し、死んでる……?」

ぐうううううう。

「……え?」

今の音、何?

ぐうううううううう。

もう一度。

どうやら女の子のお腹から聞こえてくるみたい。

「お腹の音……だよね?」

すると、倒れていた女の子の鼻が、ぴくぴくと動いた。

「くんくん……」

「わっ!動いた!」

びっくりして、思わず飛びのいてしまった。

女の子はゆっくり顔を上げると、私の鞄をじっと見つめた。

「……なんのにおい?」

「え?匂い?」

女の子は私の鞄を指す。

「いいにおい」

「ん?もしかして……これ?」

私は鞄から、お昼ごはん用に作ってきたサンドイッチを取り出した。

すると、女の子の目がぱあっと輝く。

ぐうううううう!

さっきよりも大きなお腹の音。

「お腹すいてるの?」

こくこく。

女の子は勢いよくうなずいた。

サンドイッチを凝視してる。どうしよう……。

「えっと……これ、ほしいの?」

「えっ!くれるの!?」

「え〜と……」

これ、私のお昼ごはんなんだけどなあ。

でも、こんなにお腹をすかせている子を放っておけないし……。

「……ま、いっか。はい、どうぞ」

「やったー!」

女の子はサンドイッチを受け取ると、ものすごい勢いで食べ始める。

「はむっ!もぐもぐもぐ!」

「あはは。そんなに慌てなくても大丈夫だよ」

なんだか、子犬みたい。

女の子は口いっぱいにサンドイッチを頬張ったまま、私を見上げた。

「ほふぇなに?」

「え?」

「ほふぇ、なに?」

「ああ、これ?サンドイッチだよ」

「さんぽいっき?」

「さんぽいっきじゃなくて、サンドイッチ、ね」

「うん!さんぽいっき!」

サンドイッチが言えないみたい。

ふふ、子供みたいで可愛い。

「そうだね」

「これ、すき!」

嬉しそうに笑う女の子を見て、私まで嬉しくなってしまった。

「よかった。私、タマゴサンドを作るの得意なんだ。隠し味に辛子をちょっと入れてね……」

そこまで言って、ふと気がついた。

「あれ?」

女の子が着ている制服。

これって……。

「ねえ、あなた、桜花高校の生徒?」

「おうかこうこう?」

女の子は首をかしげた。

そして、何かを思い出したように手を打つ。

「あ、そっか!」

「?」

「ぶち、こーこーせーなの!」

「ぶち……?」

「うん! ぶち!」

どうやら名前らしい。

ちょっと変わった名前だけど、本人はとっても嬉しそう。

「ぶち、くるみにあいにきたんだ!」

「えっ?くるみって……若葉くるみ?」

「そう!」

女の子は元気よくうなずいた。

それから突然、鼻をひくひくさせ始めた。

「くんくん……」

「どうしたの?」

「くるみのにおいだ!」

「え? 匂い?」

「……あっ!」

女の子が私の後ろを指さした。

「くるみー!」

振り返ると、見慣れた二人の姿があった。

「ひまりちゃ〜ん!おっはよ〜!」

くるみちゃんと、かえでちゃんだ。


――くるみ――

「ひまりちゃん、おっはよ〜!」

朝から元気いっぱい!

今日も私は絶好調!

……と言いたいところだけど、実はちょっと眠い。

昨日はあの桜の木のことが気になって、なかなか寝つけなかったのだ。

「ひまり、おはよ」

隣を歩くかえでも、ひまりちゃんに声をかける。

「おはよう、二人とも」

ひまりちゃんがにっこり笑った。

……ん?

その隣に、見知らぬ女の子がいる。

誰だろう?

と思った次の瞬間。

「くるみーっ!」

「わたっ!?」

いきなり女の子が飛びついてきた!

「ちょ、ちょっと!誰!?」

女の子は私にぎゅうっと抱きついたまま、満面の笑みを浮かべている。

「くるみ!くるみ!」

「えええっ!?」

何この子!?

ものすごく懐かれてるんですけど!

「くるみちゃんの知り合いじゃないの?」

ひまりちゃんが不思議そうに尋ねてきた。

「へ?う〜ん……」

私は女の子の顔をじっと見つめた。

にこにこ。

女の子も私を見つめ返す。

……にこにこ。

う〜ん、可愛い……じゃなかった。

会ったことがあるような、ないような。

「え〜っと……あなた、名前は?」

「ぶちだよ!」

「ぶち?」

「うん!」

「変な名前だな」

かえでが遠慮なく言った。

「へんじゃないよ!」

女の子は頬を膨らませる。

「ぶちは、くるみにあいにきたの!」

「私に?」

「うんっ!」

……う〜む。

いったいどういうこと?

私が首をかしげていると、背後から聞き覚えのある声が響いた。

「あなたたち!」

あ〜、この声は!

振り返ると、そこには腕を組んだ梅ちゃんと、橘さんが立っている。

「こんなところで集まって!一般の人の迷惑になるでしょ!」

「梅ちゃん!」

「だから下の名前で呼ばないでって、何度言えば分かるの!」

愛しい梅ちゃん。今日も朝からツンデレだなあ。

「……ん?」

梅ちゃんが、私に抱きついている女の子に目を留めた。

「誰、それ?」

「ぶちだよ!」

「ぶち?」

梅ちゃんは眉をひそめた。

「変わった名前ね。それに、その制服……うちの生徒みたいだけど、見ない顔だわ」

橘さんが一歩前に出る。

「何年生?」

「ん〜とね……」

ぶちが眉間に小さな皺を寄せて考え込む。

ぷっ、赤ちゃんみたい。

そして、何かを思い出したように顔を上げた。

「くるみとおなじ!」

「じゃあ二年生ね」

「おかしいわね……」

梅ちゃんが腕を組んで考え込む。

「二年生は全員把握しているはずなんだけど。転校生かしら?」

さすが梅ちゃん。

生徒会長ともなると、そんなことまで覚えてるんだ。

「梅ちゃんたちも知らない子なんだ?」

「だから梅ちゃんって……!」

「あれ?」

ぶちが首をかしげる。

「うめ?」

「そうだよ。この人は綾瀬梅子。通称、梅ちゃん!私の幼なじみなのだ!」

私は胸を張って紹介した。

すると、ぶちは梅ちゃんの顔をじっと見つめて……。

「う、うんこ」

…………。

「……は?」

梅ちゃんが固まった。

「うんこ!あははっ!へんななまえ!」

ぶちが楽しそうに笑い出す。

ぷっ。

や、やばい。

笑っちゃダメだ。

ダメなんだけど……!

「うんこじゃなくて梅子!!」

梅ちゃんの怒鳴り声が朝の通学路に響き渡った。

「うんこ!うんこ!」

「あんたにだけは言われたくないわよーっ!」

「ひゃはははは!」

ぶちはお腹を抱えて笑っている。

ああ、もうダメ。

私も笑いが止まらない!

そのとき。

キーンコーンカーンコーン。

「あっ、予鈴」

橘さんが校舎の方を見た。

「綾瀬、遅刻するよ」

「むぎ〜」

梅ちゃんはまだ何か言いたそうだったけど、橘さんに促されて歩き始めた。

……やれやれ。

朝から賑やかだなあ。

「私たちも急がないとだね」

ひまりちゃんがぶちに微笑みかけた。

「ぶちちゃんも一緒に行こ」

「うんっ!いく!」

ぶちは元気よく返事をすると、また私の腕にしがみついてきた。

……それにしても。

この子、いったい誰なんだろう?


――梅子――

昼休みの生徒会室。

窓から差し込む柔らかな日差しが、机の上に広げられた資料を照らしている。

私の隣では、副会長のさつきが今日の議題を読み上げていた。

「……では、先週より議題に上がっている裏庭の桜の木についてです。北条さん、お願いします」

「はい」

北条すみれ。

一年生ながら、ずば抜けた頭脳を持つ生徒会の一員。情報収集や分析に関しては、彼女の右に出る者はいない。

すみれは手元の資料に目を落とし、淡々と説明を始めた。

「問題の桜の木ですが、樹齢はすでに百年を超えています。幹の一部には腐食が進んでおり、いつ倒れてもおかしくない状態です」

私は思わず眉をひそめた。

あの桜が、そんな状態だったなんて。

「このままでは生徒に危険が及ぶ可能性があります。事故が起きる前に、撤去することを進言します」

「私も賛成」

そう言ったのは、藤堂かりん。

生徒会の中でも行動力があり、面倒見のいい子だ。

「全校生徒には裏庭に近づかないよう注意してるんだけど、一部の生徒が七不思議に興味を持って調べようとしてるみたいなんだ。何かあってからじゃ遅いし、早めに対処した方がいいと思う」

一部の生徒、ね。

……誰のことか、すぐに分かった。

「くるみたちね」

思わずため息が漏れる。

「まったく、あの子たちには手を焼かされるわ」

今朝だって、通学路で騒いでいたばかりだ。

昔からそう。

くるみは興味を持ったことには一直線で、周りのことなんてお構いなし。

……まあ、そういうところが、あの子らしいんだけど。

「それでは、校長先生に相談して、早めに撤去していただくようお願いしましょう」

さつきが話をまとめようとした、そのとき。

「……ただ」

すみれが小さく口を開いた。

「ただ?」

かりんが聞き返す。

すみれは資料を一枚めくった。

「少し、気になることがあります」

「何かしら?」

「二十年前にも、あの桜の木を撤去しようとしたことがあったようです」

「二十年前?」

「はい。しかし、その際に起きた事故で、当時の校長先生が亡くなっています」

室内が静まり返った。

前校長の事故。

その話なら、私も聞いたことがある。

「それ以来、桜の木の撤去計画は立ち消えになったようです。そして、その事故をきっかけに、学校の七不思議に『桜の木の花子さん』が加わったとか」

「前校長の死……桜の木の花子さん……」

かりんが小さくつぶやいた。

私は机の上の資料に目を落とす。

二十年前の事故。

撤去されずに残された桜の木。

そして、学校に伝わる七不思議。

偶然、と片づけるには少し引っかかる。

「……調べてみる必要がありそうね」

「そうね」

さつきもうなずいた。

「北条さん、もう少し詳しく調べてもらえる?」

「分かりました。調べてみます」

すみれは静かに答えると、資料を閉じた。

「では、本日の会議はこれまで。解散」

さつきの声で、昼休みの生徒会議は終了した。

私はもう一度、机の上に置かれた資料に目を向ける。

あの桜の木。

くるみたちが興味を持っているのも、ただの偶然なのかしら。

……まったく。

あの子ったら、いつも面倒ごとに首を突っ込むんだから。

でも、もし本当に危険なことが隠されているのなら……放っておくわけにはいかない。

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