第2話 隠された秘密
第2話 隠された秘密
キーンコーンカーンコーン。
終業を告げるチャイムが、教室に鳴り響く。
「はい、じゃあ今日の授業はここまで。ここまでがテスト範囲だから、帰ったらちゃんと復習しておくように」
「は〜い」
教室中から、なんとも気の抜けた返事が上がる。
「起立!気をつけ!礼!」
日直の号令に合わせて、みんなが頭を下げる。
ふう〜っ! やっと終わった!
いやあ、今日も一日よく頑張ったなあ、私。
……え? 授業中、何を頑張ったのかって?
もちろん、眠気との戦いに決まってるじゃん!
さて、帰ろうかな。
そう思ったところで、昼休みに見た夢のことをふと思い出した。
そうだ!せっかくだから先生に聞いてみよう!
「菊りん!菊りん!」
帰り支度をしていた先生に、私は元気よく駆け寄った。
「若葉!何度も言わせるな。鈴木先生でしょ!」
出席簿で頭を軽く叩かれる。
この人は鈴木先生。
でも、私たちは親しみを込めて菊りんって呼んでいる。
……なんで菊りんなのかって?
本名・鈴木菊乃。菊乃の「菊」と、鈴木の「鈴」を合わせて菊りん。
ふふふ、我ながらイカしたネーミングセンス。
「そんなことよりさ、菊りん!」
「何?」
「裏庭にある桜の木の話、知ってる?」
「桜の木?」
菊りんは一瞬きょとんとしたあと、思い出したように頷いた。
「ああ、学校の七不思議の?」
「そう!それそれ!」
私は勢いよく身を乗り出した。
「昼休みにさ、くるみが変な夢見たんだよ」
後ろからかえでが説明してくれる。
「その夢に、花子さんらしき女の子が出てきたんです」
ひまりちゃんも続けた。
「ま〜た、あんたたちはしょうもないことを……」
菊りんが呆れたようにため息をつく。
そのときだった。
「あなたたち!」
突然、鋭い声が教室に響いた。
「「「はいっ!」」」
私たちは思わず背筋を伸ばした。
び、びっくりしたぁ!
何か悪いことでもしたっけ?
……いや、思い当たることはいくつかあるけど。
恐る恐る振り返ると、教室の入り口に一人の品のある女性が立っていた。
御手洗かをり。我らが桜花高校の校長先生。
いつも穏やかな笑顔を浮かべている、とっても優しい人だ。
廊下ですれ違えば必ず声をかけてくれるし、生徒たちの話にも親身になって耳を傾けてくれる。
私も何度かお世話になったことがある。
……主に、怒られる方で。
でも、どんなときだって最後には優しく笑ってくれる、そんな先生なのだ。
……なんだけど。
今日は、なんだか様子が違う。
いつもの柔らかな笑顔はどこにもない。
きゅっと結ばれた唇。
私たちを見つめる目も、いつになく険しかった。
「校長……」
菊りんも驚いたように声を上げた。
校長先生は答えず、私たち三人をゆっくりと見渡した。
その視線が、なぜか少し怖い。
さっきまで賑やかだった教室が、急に静かになったような気がした。
「興味本位で、あの桜の木に近づいてはいけません」
静かな声だった。
でも、いつもの優しい口調とはまるで違う。
有無を言わせない、そんな強さがあった。
私は思わず首をかしげた。
「どうしてですか?」
「……あの桜は……」
校長先生が何かを言いかけた。
けれど、その言葉は途中で途切れてしまった。
ほんの一瞬、校長先生の表情が曇ったように見えた。
なんだろう。
いつもの校長先生とは、何かが違う。
「……いえ、何でもありません」
校長先生は小さく首を横に振った。
そして、私たちを真っ直ぐに見つめる。
「とにかく近づいては駄目。いいですね?」
「は、はい……」
思わず返事をしてしまった。
普段なら「どうして?」「何があるの?」って、しつこく聞いちゃうところなんだけど。
なんだか今は、それ以上聞いちゃいけないような気がした。
校長先生はそれだけ言うと、足早に教室を出ていった。
……なんだったんだろう?
「校長……」
菊りんも、去っていった校長先生の背中を見つめている。
「いつもは優しいのにね〜」
ひまりちゃんが不思議そうに呟いた。
うん。
確かに、あんな怖い顔をした校長先生、初めて見たかも。
「……さ、あなたたちも早く帰って宿題しなさい」
菊りんは何か考え込むような顔をしていたけれど、すぐにいつもの調子に戻った。
「え〜!まだ聞きたいことがあるのに!」
「はいはい、続きはまた今度!」
「けち」
「悪いけど、先生はこのあと大事な用があるの」
そう言って、菊りんは平静を装いながら教室を出ていった。
……でも、その足取りは妙に軽い。
私たちは顔を見合わせた。
あの様子……また合コンかな?
頑張れ、菊りん!
「なあなあ」
かえでが、急に声をひそめた。
「校長の旦那さんってさ、先代の校長だったんだよな?」
「うん。確か、二十年前の事故で亡くなったんじゃなかったっけ?」
ひまりちゃんが答える。
「それで、奥さんだった今の校長先生が、その後を継いだんだよね」
「そうそう。それでさ……」
かえでは少しだけ身を乗り出した。
「先代の校長の遺体が見つかったのって、あの桜の木じゃなかったっけ?」
「……あ」
ひまりちゃんが小さく声を上げる。
「そういえば、十年前に生徒が失踪したのも、あの桜の木が関係していたよね」
二十年前の事故。
十年前の失踪事件。
そして、今日私が見た不思議な夢。
……あれ?
もしかして、全部つながってる?
「ねえねえ!」
私は思いついたことを口にした。
「もしかして、その失踪した生徒ってさ、もう殺されちゃってたりして」
おおっ! なんだか私の桃色の脳細胞が回転を始めたぞ!
「それで、あの桜の木の下に埋められてたりとか!」
やばい……これはもしや、謎を解いてしまったのでは?
「それは考えにくいと思うよ」
ひまりちゃんが即答した。
「生きているかどうかは分からないけど、当時、警察も桜の木の周辺を調べているはずだから」
「そっか〜」
う〜ん。
我ながら、なかなかいい推理だと思ったんだけどなあ。
「校長のあの態度、なんか引っかかるんだよな」
かえでが腕を組んだ。
「なんか隠してるって感じがするんだよ」
「……あっ!」
私は思わず手を打った。
「分かった! 実は校長先生が、この事件の黒幕だったりして!」
「いや〜、ないない」
「いや〜、ないない」
かえでとひまりちゃんの声が、見事に重なった。
「だよね〜!」
あはははっ!
三人で笑い合う。
そりゃそうだよね。
あんなに優しい校長先生が、事件の黒幕だなんて。
いくらなんでも、ドラマの見すぎだって!
「でも、ちょっと気になるな」
笑い終わったかえでが、ぽつりと言った。
「うちのかあちゃん、ここの卒業生なんだ。帰ったら、昔のこといろいろ聞いてみるよ」
「じゃあ私は、帰りに図書館で当時の事件について調べてみるね」
ひまりちゃんも頷く。
「おおっ! いいねいいね!」
私は思わず拳を握った。
なんだか、探偵団みたいじゃない?
かえでが聞き込み担当。
ひまりちゃんが資料調査担当。
そして私は……!
「そしたら私は――」
「くるみは何もしない」
「えっ!?」
かえでがきっぱりと言った。
「お前が動くと、ややこしくなるからさ」
「そんな〜! 私も何かしたい!」
「お願いだから、くるみちゃんは動かないで」
ひまりちゃんまで、にっこり笑いながら言った。
「それが一番助かるから」
「ひまりちゃんまで〜!」
ひどい!
二人ともひどいよ!
私だって、やるときはやるんだから!
「ぶ〜!」
私が頬を膨らませると、二人は顔を見合わせた。
「あははははっ!」
「ふふふっ!」
もう!
そんなに笑わなくてもいいじゃん!
……ぷっ。
「あはははははっ!」
結局、私まで笑ってしまった。
こういうとき、なんだかんだで一緒に笑っちゃうんだよね。
やっぱり、この三人でいるのが一番楽しい。
「じゃあ、また明日な!」
「うん、また明日〜」
「二人とも、ばいば〜い!」
校門のところで手を振って、私たちはそれぞれの帰り道へと歩き出した。
……さて。
明日は、どんな話が聞けるかな?
なんだか、ちょっと楽しみになってきた。
それにしても……。
校長先生、どうしてあんなに怖い顔をしていたんだろう?




