395 風真とルキフェル、アークへ
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涙を浮かべ、俺をじっと見つめるフォルテ。その後ろにはサラとミリーが目を見開き、立ち尽くしている。
(風真だと。……いったい、どういうことだ。俺はアークだ)
背後では、ルキフェルがアザトースと戦っている。だが、それよりも自分が何者なのか――どうしても、そちらが気になった。
呆然とする俺の前で、フォルテは魔法を展開し、氷の壁を作り出した。そこに映る自分の姿に息を呑む。
髪は黒く染まり、黒装束を身に纏っていた。背中に手を伸ばすと、帯に柄だけのナナシが差さっている。
歳こそ若かったが、その姿は前世の俺――風真で間違いなかった。混乱が収まらず、顔を上げた瞬間、氷の壁が消える。
「アッくん――だよね。髪は真っ黒だけど……」
「間違いなく、アーたんにゃ。匂いが一緒にゃ。レーヨンの町で変装してたころのフウマにそっくりにゃ」
サラとミリーがフォルテの隣に並び、じっと俺を見つめる。二人とも目に涙を浮かべていた。
「そうだ、俺はアークだ」
自分に言い聞かせるように呟き、視線を落として手のひらを見つめる。不意に飛鳥の余韻を感じ、フォルテに視線を移す。
彼女は何も言わず、小さく首を横に振り、笑みを浮かべた。
「あなたは、あなたです」
その言葉に、とくりと胸が跳ねた。
「ああ、間違いない。俺はアークだ」
もう一度、口にする。それだけで自分が何者なのか、はっきりと分かった。サラとミリーに視線を向けると、二人とも笑みを零し、頷いた。
「そうよ、アッくんはアッくん。私の愛する人」
「そうだにゃ。私の旦那さまになる人にゃ」
彼女たちの言葉が胸に沁みる。世界が俺を否定しようと、フォルテ、サラ、ミリーだけは俺を認め、受け入れてくれる。
(……もう、怖いものは何もない)
俺は三人に背を向け、ナナシを抜いた。人間に戻り、魔力も少ない俺だったが、真銀の刃が浮かび上がった。
今も戦い続けるルキフェルを見つめると、視線が重なる。彼は何も言わず、アザトースに視線を戻した。
だが、わずかな口の動きを見逃さなかった。
『戻るぞ、ひとつに』
俺はたしかにそう言った。
胸に手を当て、鼓動を確かめる。やはり、そこにあるのはただの心臓だ。肉体も人間に戻ったようだ。
おそらくナナシの柄に残っていた真神気が、刃を作り出しているのだろう。
ならば、残された時間はあまりない。
目の前で繰り広げられる戦いをじっと見つめる。
ルキフェルは神剣アズラエルを振るい、魔法で周囲の空気を様々な物質に変化させ、アザトースを攻撃する。
だが、そのたびに解析され、無効化されていく。
(……ルキフェルでも、やはり厳しいか)
ゆっくりと息を吐き出し、心を奥へと沈めていく。人間である俺が、あの戦いの中に割って入るのは無理だ。
――だから、俺は影となり、忍ばせてもらう。
ナナシを口に咥え、両手を合わせて印を結ぶ。
(……鴉眼の術)
心の中で呟くと、視界は二つに分かれ、上から俺を見つめる鴉の視界が浮かび上がった。
俺はフォルテたちに何も告げず、そこで待っているよう手を上げて制すると、ゆっくりとルキフェルとアザトースのもとへ歩き出した。
鴉を通じて見える視界と、目の前に広がる視界――その二つに集中しながら、音を立てずに近づいていく。
俺は絶えず、アザトースを挟んでルキフェルの対角線上に位置をとる。
やつの四角い顔には目も口もない。視界から隠れようにも、目がどこにあるのか分からない。ならば、ルキフェルへ意識を向けていると仮定し、その裏へと動く。
息を殺し、少しずつ近づく。ルキフェルも俺の意図を察したのか、あまり動かず、こちらに意識が向かないよう戦い方を変えた。
ルキフェルが作り出す炎や氷が無効化される中、アザトースとの距離を詰めていく。やがて距離が十メートルほどになる。
俺はさらに集中する。鴉の目を通して絶えずアザトースの死角に回り込み、慎重に観察しながらルキフェルとひとつになる機会を探った。
ルキフェルが万物変化魔法で空気を金や銀の槍に変え、攻撃を続けている。そのたびにアザトースは解析し、やはり無効化していく。
(……隙が見つからない)
次第にルキフェルの魔法にも陰りが見えてくる。もはや炎も氷も無効化され、様々な金属で象った槍や弓矢も灰色に変わり、床に落ちていく。
「鉄。我、認めぬ」
アザトースが迫りくる鉄の槍に呟く。そのとき、やつのわずかな変化を見つける。
ルキフェルには見えていないようだったが、やつが言葉を発する直前、四角い顔の一部が小さく崩れ、再び埋まっていった。
それが何を意味するのか、分からない。
だが、アザトースが何かを無効化するたびに、顔の一部が崩れて埋まる。ならば、そこに賭けるしかない。
印を解き、鴉眼の術を解除すると、口に咥えていたナナシを握り締め、やつの影に飛び込む。
一瞬、ルキフェルと目が合い、頷き合う。
彼は万物変化魔法で空気を岩の槍に変え、アザトースに放った。四方から迫る鋭く尖った岩。おそらくやつは、すぐに解析して無効化する。
気配を殺し、影に潜み、アザトースを凝視する。
やつの顔の一部が崩れ始めた瞬間、影から飛び出し、降り注ぐ岩の槍を躱しながら、アザトースに迫った。
「岩。我、認め――」
やつが言葉を発し終える直前、俺は大きく跳躍し、崩れたアザトースの顔の一部に刃を突き刺した。
すると、岩の槍は力を失うことなく、アザトースの体を穿った。
(……賭けに勝った)
安堵の息を吐き、すぐに表情を引き締める。顔を上げると、こちらに向かって手を伸ばすルキフェルの姿が視界に映る。
「戻るぞ、ひとつに!」
「ああ、アークに!」
俺たちはお互いの手を握り締め、心を重ねた。その瞬間、眩いばかりの白銀の光が溢れだし、視界を塗り潰した。
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