385 魔王の翼が消える時
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私は陽炎のように現れたアザトースに銃弾を放つが、靄がかった体をすり抜けていった。だが、わずかに肩が跳ねる瞬間を見逃さなかった。
アザトースはさっき、「解析完了」と言った。ならば、私の魔法に触れたか、見た可能性が高い。
でなければ、解析する前に銃弾を掴み、火球や水球に触れる必要などなかったはずだ。それに、頭が無数の正方形に分かれ、組み替わったのも気になる。
何か意味がある。きっと姿を消したことと関係している。そう推測する。魔力も神気も感じないが、アザトースの異能は脅威で不気味だ。
さきほどとまったく同じ魔法を展開して攻撃を仕掛ける。
「我を。我、認めぬ」
アザトースが静かに告げた瞬間、再び目の前からやつは消え、魔法はぶつかり合って爆ぜた。
爆風が襲う中、目を細めてやつを探す。すると、アザトースがぼんやりと浮かび上がってきた。
その姿を凝視する。わずかに身体に煤が付き、濡れていた。どうやら完全に消えたわけではないらしい。
加えて、やつは魔法を無効化しなかった。頭が組み替わってから、これまで私の攻撃に対して、アザトースは姿を消して避けるだけだ。
それに、戦い始めてからやつは、一切攻撃をしていない。こちらばかりが手の内を晒しているようで気持ちが悪い。
(余裕があるのか、攻撃手段がないのか……。いずれにしても、こいつを早く倒して、アークを探さなければ――)
唇を軽く噛み、アクケルテを構えて魔力を込める。今、やつはこの世界と別の世界、その狭間に存在している。そう仮定して引き金を引いた。
銃口から火花が迸る。強力な重力魔法を帯びた魔弾は、周囲の空間を吸い寄せながら、ゆっくりと突き進む。
やがて魔弾は輪郭が揺らめくアザトースに触れ、漆黒の爆発を起こした。それは空間を黒く塗りつぶし、巨大な奈落を生み出す。
直後、暴風が湧き起こり、強力な力で私を吸い寄せた。
十二枚の翼を広げ、必死にその場に留まると、穿たれた空間は周囲を飲み込みながら閉じていった。
そこに定着するだけの存在なら、その繋がりごと消し去ればいい。そう結論づけた私は、アザトースがいた空間を見つめる。
すると、うっすらと現れるやつの姿に、口角を上げた。アザトースの右半身は、巨大な手で引きちぎられたかのように消失していた。
その姿に、笑みを深める。どうやら私の考えは正しかったようだ。それに、もう一つの仮説も当たっていた。今はこちらの攻撃を無効化できないらしい。
あんな遅い魔弾なら、いくらでも例の言葉を告げる時間はあった。神を自称していたが、所詮はこんなものかと、ため息をつく。
そのとき、アザトースの頭に刻まれた線が光り、再び正方形に分かれて組み替わると、ぼやけていた輪郭がはっきりと像を結んだ。
そして、消失したはずの右半身も、それと同時に復元していた。青銅の体に四角い頭を持つ異神アザトース。やつが初めて動く。
静かに歩を進め、こちらに近づいてくる。距離をとるべきか、迎え撃つべきか。どちらを選択すべきか逡巡する。
そのとき、やつは腕を上げ、手のひらをこちらに向けて静かに閉じた。その瞬間、強力な力で圧し潰されそうになる。
まるで見えざる巨大な手で掴まれているようだ。私は必死に歯を食いしばり、その凄まじい圧力に耐える。
油断していた。だが、それ以上に魔力も神気も感じない攻撃を認識することができなかった。漆黒の翼を畳み、潰されまいと必死に堪える。
次の瞬間、圧力から解放される。何が起きたか分からず、目を見開いたとき、猛烈な力が全身に加わった。
視界に映る景色が線となり、もの凄い速さで投げ飛ばされたのだと気づく。翼を広げ、勢いを殺そうとしたが、間に合わなかった。
背中に強烈な衝撃が突き抜け、肺が圧し潰される。息を吸い込むことも、吐き出すこともできず、ただ地面に手をつき、咳き込む。
涙で視界が滲む中、両手にアクケルテとそのレプリカがあることに安堵する。そして、座ったまま壁に背を預け、二つの銃をひとつに合わせてライフルに変える。
アザトースとの距離は二十メートル。
私は銃床を右肩に押し当て、左手で銃身を支えて照準器を覗き込む。すぐにやつを捉え、全身を襲う激痛に耐えながら引き金を引いた。
――右肩に軽い衝撃が伝わり、銃口が閃く。
アザトースへ向かう銃弾は細長く、後ろには矢羽が付いていた。ただひたすらに貫通力を上げようとした結果だ。強烈な軸回転を加えるよりも、こちらのほうが貫通力なら高い。
致命傷にならずとも、少しでもアザトースの動きを止められるならと放った魔弾だ。必死に呼吸を整えながら、様子を窺う。
そのとき、静かな声が響き渡った。
「銃弾。我、認めぬ」
それまで凄まじい速さでアザトース目がけて飛んでいた魔弾が、一瞬で宙に停止し、床へと落ちた。カンッと乾いた音だけが、虚しく私の耳に届く。
予想はしていたが、それでも驚きは隠せない。動揺する私を見て、アザトースがゆっくりと腕を振り上げた。
嫌な予感がし、激痛に耐えながら体を横へ投げ出した。その瞬間、私がいた場所が轟音とともに窪む。
アザトースに視線を向けると、やつは腕を振り下ろしていた。だが、その姿に殺意も悪意もなく、ただ作業を行うゴーレムのようだった。
仮にも魔界の王だった私に対して、敬意も、畏怖も、何も持ち合わせていない。今までに感じたことのない恐怖が、じわりと胸の奥に染み込んでいく。
なんとか立ち上がった私は、魔神気を全身に循環させて傷を癒やしていく。まだ魔力も神気も余裕はあるが、どんな攻撃なら通用するのか分からない。
まだ見せていない魔法もある。だが、それがアザトースに通用するとは思えなかった。
ならば、サラとミザリーとの合流を優先し、あいつが知らない攻撃で一気に勝負を決めたほうがいいかもしれない。
アザトースを睨みながらも、距離を詰めることなく銃を構える。力を抑えた攻撃を繰り返し、時間を稼ぐ。
そう決断したとき、アザトースの声が部屋に落ちた。
「サタナル。我、認めぬ」
やつの言葉が耳に響く。
その瞬間、アザトースの見えざる手に触れられていたことを思い出す――と同時に、体から神気が消え、漆黒の翼が霧散した。
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