377 悪意を抱く聖女
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サラ視点はここまです<(_ _)>
私は神杖レーヴァテインを両手で握り締め、神気を込めて祝詞を謳う。それは礼拝堂の中に響き渡り、闇の教会を清め始めた。
捧げる相手は我が主とアッくん。込められた願いは愛と癒し。アンラマンユは討つべき敵だが、否定するべき存在ではない。
ただ静かに、言葉を紡ぐ。そのとき、頭の中に今まで救うことができなかった人たちが現れ、私を責めた。
『どうして、私を見捨てたの』
(ごめんなさい、力が足りなくて)
私の足に縋りつき、涙を流す女性。彼女とは疫病が蔓延する村で出会った。
彼女は自分よりも息子の命を救ってほしいと言って私に託し、自らは長蛇の列の後ろに並び直した。
私が多くの人を一度に治せる最上級の浄化魔法を習得していれば、彼女も助けられたはずだ。
あのときの悔しさは忘れていない。今でも彼女の息子とは、たまに一緒にお墓に行っている。
目を閉じ、彼女に祈りを捧げていると、別の声が耳に届いた。
『お前のせいで、姉さんは死んだ』
(その通りだ。私が討った。それが正義だと思ったから)
こちらを指差し、怨嗟のこもった眼差しを向ける魔人。魔界へ遠征に赴いたとき、彼の姉を討った。
当時の私は、魔族すべてが敵だと思っていた。だが、彼女は自らの命を盾に、弟を守った。その姿を見て、私は動揺し、その場から逃げた。
許されるとは思っていない。だが、もう二度と同じ過ちは繰り返さない。そう誓い、魔族からも、自らの罪からも目を逸らさず、受け止める。
それが、私なりの魔人の姉弟への唯一の贖罪だと思うから。唇を噛み締め、レーヴァテインの柄を握る手に力を込める。
そのとき、フォルテとミザリーが声をかけた。
『あなたは、アークには相応しくない』
『本当は私たちが邪魔と思ってるにゃ』
(……そうかもしれない。いつでも自信なんてないから)
彼女たちは私の目の前に立ち、じっと見ながら告げる。二人の瞳には、冷たく非難する色が宿っていた。
分かっている。私はアッくんに相応しくないかもしれない。だから、二人が羨ましいと思い、嫉妬した。
だけど、この弱い部分があるからこそ、私は二人に追いつこうと頑張ってこられた。
努力して成長しようとする大切さを教えてくれたフォルテとミザリーには感謝している。この気持ちに嘘偽りはない。
二人の視線を受け止め、見つめ返す。すると、最愛の人の声が聞こえた。
『君は本当に俺を愛しているの? 一度は討ったのに――』
振り向くと、アッくんが悲しげな表情を浮かべ、問いかけた。その漆黒の瞳は儚げに揺れ、白銀の髪が静かに煌めいている。
彼を真っすぐ見つめ、微笑む。今まで一度も忘れたことはない。この手に残る、あの感触を――。
後悔もしたし、反省もした。それでも足りず、長い年月、自分を責め、否定し続けた。自分の心を自分ですり潰すような日々を、延々と過ごした。
許されるとは思っていない。事実は事実だ。それでも、あなたは再び私の前に現れ、優しく微笑み、そして口づけをしてくれた。
アッくんは、そんなことは言わない。思ってもいない。それでも、この後悔と悲しみは忘れてはいけない。彼の優しさを大切にしたいから。
私は両手を広げ、アッくんを抱き締める。謝罪の言葉も、愛の言葉も告げることはない。
ただ、あなたと出会えたことへの感謝と喜びを、胸の奥から溢れ出る熱い想いを、私の全身で伝える。
ふと目を開く。視界を覆っていた黒い靄が、次第に晴れていく。気づくと、私は漆黒の卵――アンラマンユを抱き締めていた。
両手に力を込め、ぎゅっと抱き締めると、私は祝詞を謳い続ける。この悪神に届くかどうかは分からない。
だけど、私は祈り、願う。少しでもこの世界がアンラマンユを受け入れますように――と。
目を閉じ、慈しみを込めて言葉を紡ぐ私に、アンラマンユが問いかける。
『ナゼ、ワタシヲ、ケサナイノデスか』
静かに瞳を開き、アンラマンユを見る。小さな隙間の奥から、恐怖に怯える目が見えた。そのつぶらな瞳は、子供のようだった。
「消すわけないわ。いいえ、消せるわけないじゃない。貴方は私の中にも、確かにあった。それを否定なんてしないわ」
そう告げて微笑み、紺碧の翼を広げ、アンラマンユを包み込む。腕の中で、アンラマンユが小さく震えた。
拒むようにも、縋るようにも感じられる震えだった。
『スコシダケ、アタタカい』
隙間から覗く目を細め、アンラマンユが呟いた。私は笑みを深めて告げた。
「貴方も自分を否定しないで。それを外に向けず、自分を変える糧にしてみて。私も貴方を受け入れるから」
その瞬間、アンラマンユに入っていたひびが戻っていき、ついにはすべてを塞いだ。一瞬だけ、小さな隙間から微笑みを浮かべる口元が見えた。
『アリガトウ』
かすかに、声が届いた。
そして、漆黒の卵に戻ったアンラマンユは、私から離れると、さらさらと砂のように崩れ落ちていく。
視線を落とすと、再び黒い杯が現れ、それを受け入れた。
やがて、アンラマンユの姿は消え、すべてが黒い杯へと収まる。じっと見つめていると、杯はかすかに輝きだし、銀色へと変わっていった。
そこには、やはり髑髏や骨の意匠が施されていた。だが、不思議と悍ましさも不快感もない。
ただ、少しだけ悲しく輝いていた。
私はゆっくりと近づき、その銀の杯を手に取る。その中には漆黒の卵が彫られ、中央に小さな宝石が埋め込まれていた。
それは希望への光にも、悲しみに耐える涙にも見えた。
そっと銀の杯を祭壇に戻し、膝をついて祈った。アンラマンユ――その悪意そのものを、人々が認め、否定せず、自らを戒めるための『気づき』となれば、と。
気づくと、涙が頬を伝っていた。それを拭うことなく立ち上がろうとして、膝から崩れ落ちる。
視線を落とすと、紺碧の翼の羽先が、わずかに黒くくすんでいる。どうやら、悪意を無防備に受け入れ過ぎたようだ。
ため息を堪え、地下道の先を見る。しばらくはフォルテを追うことは難しいようだ。でも、彼女なら大丈夫。そう信じている。
ふと、学園に残したスカイたちを思い出す。きっと彼らも問題ない。それでも、ただひとり生身の人間であるジークだけは心配だった。
私は再び膝をつき、学園に残った彼らの無事を祈った。
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