364 パンデモニウム突入
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パンデモニウムの前に着いた私たちは、巨大な灰色の塔を見上げる。禍々しい中にも、どこか荘厳な雰囲気が漂っていた。
視線を落とすと、目の前に三つ首の猛犬――ケルベロスが喉を鳴らして睨んでいる。さすがこの塔の門番だ。その圧力は凄まじい。
私は後ろで怯えるエジェイルに優しく微笑み、クラウディアとの約束を思い出す。あのとき彼女は、私たちに向かって叫んだ。
「いったい、どういうつもりですか! あんな危険な場所にエジェイル様を連れていくなんて――正気ですか!」
彼女の言葉は正しかった。だが、アークを救うためには、エジェイルの存在が鍵になるかもしれない。それに彼女にエジェイルを会わせることで、状況を打開できる可能性もあった。
私が唸り声を上げるケルベロスに銃口を向けようとしたとき、ミザリーが手のひらで拳を包み込み、指を鳴らしながら前へ出る。
「フォルテは、エジェイルを守っているにゃ。クラウディアとの約束を思い出すにゃ」
私は苦笑いを浮かべ、エジェイルをそっと抱き寄せ、小さく頷く。彼女の安全が最優先だ。
クラウディアとの約束もあるが、アークを悲しませることはできない。それに、彼女にも顔向けができない。
視線を落とし、エジェイルの顔をじっと見つめた。そのとき、鈍く低い音が響く。
顔を上げると、口から血を吐き出し、地面を転げ回るケルベロスの姿が目に映った。その胴体は大きく陥没していた。
ミザリーは苦痛で顔を歪めるケルベロスに向かって走り出し、思い切り蹴り飛ばした。三つ首の猛犬は宙に放物線を描き、パンデモニウムの横を通り過ぎていく。
たしか、あの先は断崖絶壁の奈落だったはずだ。ケルベロスの鳴き声が、次第に小さくなっていく。
「相変わらず容赦ないわね」
「あんなやつがいたら、邪魔にゃ。それにエジェイルが怯えるにゃ」
サラがため息交じりに呟き、ミザリーはそれを鼻で笑った。私はそんな二人を眺めつつ、クラウディアの言葉を思い出す。
「……わかりました、フォルテ様。ですが、必ずエジェイル様を守ってください」
涙を目に浮かべ、絞り出すように告げた言葉が、胸の奥にずしりと沈む。あの瞳を見たとき、タルロスの顔がよぎった。
私はエジェイルに添えた手に力を込め、心の中でクラウディアとタルロスに誓った。必ず無事に戻ってくると――。
唇を噛み、パンデモニウムを睨む。そのとき、くいっと服を引っ張られた。顔を下げると、エジェイルが震えながら、私の服の裾を握っていた。
「……私も、覚悟はできています」
彼女は小さいが、はっきりと私に告げた。私はそっと彼女の頭を撫で、優しく頷いた。
――――――――――――
パンデモニウムの中に入った瞬間、大勢の悪魔たちが私たちに襲いかかった。私はすぐにエジェイルの前に立ち、神銃アクケルテを構えた。
だが、それよりも早くミザリーとサラが駆け出した。
ミザリーは太陽のように輝く小手――ノヴァナックルを召喚し、両手に装着すると、そのまま一気に悪魔たちの群れを走り抜けた。
直後、大勢の悪魔たちが爆ぜる。あの一瞬で、無数の連撃を悪魔たちに叩き込んでいた。
ふと視線を戻せば、サラが神剣レーヴァテインと白竜の杖を重ね合わせ、神槍レーヴァテインを創り出すと、軽やかに悪魔たちへ突っ込んでいく。
一斉に迫る悪魔たち。だが、彼女は踊るような足運びで攻撃を躱し、くるくると神槍を回転させ、悪魔たちを切り刻む。
一刀のもとに斬り伏せていくサラ。それは神楽――神に祈りを捧げる舞いそのものだった。
やがて、パンデモニウムに静寂が訪れる。あれほどいた悪魔たちはすべて塵となり、魔素へと還っていった。
「……すごい」
私の後ろに隠れていたエジェイルが呟いた。その目には憧憬の色が浮かんでいる。私は彼女の肩に手を置き、そっと呟く。
「彼女たちも、アークの婚約者です。あれくらいは当然です」
その言葉にエジェイルは、ぱっと顔を上げる。私が笑顔で頷くと、彼女も笑みを浮かべ、頷き返した。
「おーい、早く行くにゃ。まだ一階にゃ」
「そうよ、さっさと最上階に向かいましょう」
私とエジェイルは前を向く。そこには手を振り、元気よく声をかけるミザリーと、両手を腰に当て、頬を膨らませるサラがいた。
私たちは苦笑いを浮かべながら、駆け足で二人のもとへ向かった。
――――――――――――
一階に待ち構えていた悪魔を倒して以降、敵と遭遇することはなく、順調に階段を登っていく。
魔界を支配する悪魔たちが集まるパンデモニウム。罠や仕掛けなどはない。私たちは言葉を交わすことなく、黙々と歩を進める。
やがて、塔の中腹に辿り着いた。そこは大きな広間だった。アークが魔王として統治していたころは、悪魔たちの意見を聞く場所として使われていた。
どんな悪魔にも分け隔てなく耳を傾けるアークの姿を思い出し、笑みが零れる。そのとき、中央に人影を捉えた。
すらりと伸びた手足に露出の多いドレス。そして、全身を這うように刻まれた一匹の大蛇の刺青。
彼女は私を見て、流れるような銀髪を無造作に後ろへとかき上げた。
「……久しぶりね、サーちゃん、じゃなかった、フォルテちゃん」
妖艶に微笑むその姿に息を呑む。彼女は紺碧の瞳で、じっと私たちを見て、静かに歩き出した。
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