363 彼女の中にいるもの
皆さん、健康にはお気をつけて。今日も暑そうです……。
ワンストの村に入った私たちは、一斉に注目を集めた。その視線のほとんどが、この村を救ったミザリーに向けられていた。
彼女は五大邪竜インフェルノドラゴンを圧倒的な力で捻じ伏せ、その後、崩壊しかけていた魔界の門を、とっさの機転で修復した。
村の人たちは、そのことを知っていた。ミザリーは感謝を述べる住民たちに、笑顔で手を振って応えていた。
やがて村の中央にある大きな屋敷の前に着く。そこには膝をつき、首を下げる紫翼を持つ魔人――エジェイルと、メイド服を着たアラクネがいた。
「お久しぶりです、サタン様。貴方のおかげで、ルチーフェ様にもお会いすることができました」
エジェイルはゆっくりと顔を上げる。ルキフェルが堕天するきっかけとなった少女だ。彼女は一度、天使の襲撃を受けて死にかけた。
あのとき、アークはエジェイルが死んだと思い込み、一時はその身を闇に堕とした。だから、私は彼女の魂を保護し、長い年月をかけて肉体とともに修復した。
だが、間に合わなかった。アークはその前に私を庇い、ミゲイルに討たれた。ただ、今思えば、結果的によかったのかもしれない。
あのまま闇に染まり続ければ、アークは完全な悪魔に堕ちていたかもしれない。ベルゼガのように――。
(まさか、我が主はアークが悪魔になるのを止めたかったのかも……)
思考の海に沈みかけ、首を横に振る。今はベルゼガからアークを取り戻すことに集中する。それ以外のことは、彼が帰ってきてから考えればいい。
私はエジェイルを立たせると、屋敷の中で話がしたいと伝えた。彼女は頷き、隣に立つアラクネを見る。
「クラウディア。部屋の準備をお願いします」
クラウディアはエジェイルに深々と頭を下げ、静かに屋敷の中へと入っていった。その背中を見つめていると、サラが声をかけた。
「この子が、アッくんが堕天したきっかけになった悪魔ね。全然、怖くないわね。可愛いくらい」
その言葉に私はため息をつく。エジェイルはぴくりと肩を揺らし、一歩後ずさる。わずかに漏れ出る熾天使の気配を感じたのだろう。
「大丈夫にゃ、エジェイル。サラは怖くないにゃ。少しは悪魔に対して理解できるようになったにゃ。なんせ、昔はアーたんの妹だったんだからにゃ」
ミザリーが笑いながらエジェイルに伝えるが、彼女は目を大きく見開き、言葉が出てこないようだった。すべて真実だが、意味が分からないのも仕方がない。
「エジェイル、お願いしたいことがあって来ました。ですが、まずは今の状況と、私について説明させてください」
私は彼女の肩に手を置き、笑顔を向ける。エジェイルはこくりと首を下げた。
――――――――――――
部屋に案内された私たちは、すぐにアークがベルゼガに囚われていることや、私たちの存在について話した。
エジェイルは顔を真っ青にし、口元を手で押さえる。クラウディアも、お茶を注ぐ手を震わせていた。
「それでルチーフェ様――いえ、アーク様はご無事なのですか?」
悲痛な表情を浮かべるエジェイル。彼女の言葉で、入学式で見たアークのコピーが脳裏をよぎる。
あの奈落のような目元を思い出し、背中に冷たい汗が伝う。アークが無事かどうか、不安になり、どう伝えるべきか、言葉を探す。
「大丈夫にゃ、きっと無事にゃ。ううん、無事なうちに助けるにゃ!」
ミザリーは私たち全員を見渡し、言い放った。金の耳飾りにぶら下がる子猫のカーネリアンが、かすかに揺れる。
たしかにその通りだ。囚われている以上、何もないわけがない。
だが、アークが完全にやつの手に落ちたのなら、あの場でわざわざ悪趣味なコピーを使って私たちを挑発する必要はない。
それに、あのコピーにはアークの魂の残滓がこびりついていたが、それ自体に意味はないのかもしれない。深く考えすぎれば、ベルゼガの術中に嵌る恐れだってある。私はミザリーに感謝した。
「ええ、そうですね。なるべく早く、あのベルゼガから連れ戻しましょう」
「本当よ。きっとアッくんも寂しがっているはずよ。こんな幼気で可愛い婚約者たちに、ずっと会えないなんて」
サラが片目を閉じて微笑む。その言葉に、私とミザリーも笑顔で頷く。そんな私たちを見て、エジェイルは口元を綻ばせた。
「状況は分かりました。それにフォルテ様たちのことも。それで、私にお願いとは何ですか?」
彼女は真剣な表情に戻り、まっすぐこちらを見た。その顔に、彼女の顔が重なる。やはりエジェイルの中には、彼女がいる。
苦渋の決断とはいえ、自分が行ったことに後悔の念がよぎる。あのときの私はアークを助けることで精一杯で、余裕がなかった。
だが、あのまま何もしなければ、二人とも救われなかった。それは事実だ。それでも、私は心の中で彼女に謝った。
私は唇を噛み、エジェイルの視線を受け止める。そして、静かに頭を下げた。
「すみません。あなたには、私たちと一緒に魔界の最奥にあるパンデモニウムへ付いてきてほしいのです」
その瞬間、後ろから甲高い音が響く。視線を向けると、クラウディアがティーポッドを落とし、青ざめた顔で口元を押さえていた。
暑い中、読んでくださり感謝です(//Д//)
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