358 瞳なき魔王の影
まだまだ、フォルテ視点です<(_ _)>
拍手が鳴り響く大講堂。そんな中、私は静かに席についた。晴れやかな入学式だが、私たちは素直に喜ぶことができなかった。
アークの不在とヘスティアの行方不明。似て非なる二つの事実が、それを許さなかった。
きっとベルゼガと無関係ではない。私は思考の海に沈む。気づくと式は進み、新入生代表の挨拶が回ってきた。
私は席を立ち、壇上を目指して歩き出す。そのとき、目の前が真っ暗になった。慌てて周囲を見渡すと、人々のざわめきが聞こえてくる。
どうやら、この広い講堂のすべてが闇に閉ざされてしまったらしい。視力を強化しようとしたとき、明かりが戻った。
再び周囲を見渡す。そこには目を押さえて蹲る生徒や教師がいた。おそらく視力強化を行い、戻った光で網膜を焼いてしまったのだろう。
皮肉にも、優秀な者ほど引っかかった。狡猾な罠に唇を噛みしめる。次の瞬間、講堂内に声が響き渡った。
「ごきげんよう、皆さん。せっかくの入学式だけど、邪魔をさせてもらうよ」
私ははっと顔を上げ、声のほうへ視線を向ける。そこには講壇の上に座り、妖艶な笑みを浮かべるベルゼガの姿があった。
私はやつを睨み、スカートの下に隠し持っていた神銃アクケルテに手を伸ばして、その存在を確かめる。
ちらりと後ろを見れば、サラが目を押さえる生徒たちに広範囲の治癒魔法を施し、スカイが負傷した生徒たちを彼女のもとまで誘導していた。
講堂の端に視線をずらせば、ジークとミザリーが生徒と来賓の避難について話し合いを始めている。
ならば、やはり私がベルゼガを止める役だ。私はゆっくりと壇上へ歩を進める。
「ふふ、皆さん。慌てなくてもいいから。だって、この学園都市は、もう魔界の一部になった。どこに逃げても意味はないよ。逆に外は悪魔だらけで危険かもね」
ベルゼガが足を組み、楽しそうに告げる。私は奥歯を噛みしめ、階段を上っていく。
その間、やつの視線は私ではなく、講堂のあちこちへと滑っていた。逃げ惑う生徒。治療を施すサラ。避難を指示するジーク。
そのすべてを、舞台劇でも眺めるように楽しんでいる。やがて私に気づき、ベルゼガはこちらを向き、ぐにゃりと顔を歪ませた。
「これはこれは、元魔王様ではないですか。ごきげんよう、サタン」
「すでにその名は捨てた。私はフォルテだ」
あまり会話を交わしたくない。だが、すぐに銃を抜く気にはなれなかった。私はベルゼガを睨みつける。
「そう、フォルテね。もう『真の一体化』は完了したようだね」
やつは肩をすくめ、呟く。その横顔は少し寂しそうに見えた。だからといって、許すつもりはないが。
私は怒りを内に秘め、慎重にベルゼガへ近づく。その間も、ジークとミザリーが生徒や来賓を外へと誘導していた。
外は危険かもしれないが、校内ならまだ安全かもしれない。何より、こいつの近くにいるよりは断然いいはずだ。
ベルゼガは笑みを浮かべ、慌てて講堂を出て行く人々を眺めている。さきほどの表情は、私の見間違いだったのかもしれない。
「それで、ベルゼガ。私の入学式を邪魔した理由はなんだ」
「傲慢だね、フォルテ。君の入学式じゃないよ。みんなのだ」
その言葉に怒りが込み上げてくる。安い挑発だと分かっていても、こいつが言うと神経を逆撫でされる。
「……それで、どうして私たちの入学式を邪魔した」
私が言い直し、改めて尋ねると、ベルゼガは何度も頷き、口角を吊り上げた。
「本当は、魔界とこの人界を繋げて帰ろうとしたんだけどね。どうしても、僕の愛しい魔王様が、君の晴れ舞台を見たいと言ってね」
やつは笑顔を崩すことなく、ぱちんと指を鳴らした。刹那、空間は捲れ、漆黒の奈落が生まれる。その先には懐かしきパンデモニウムが小さく見えた。
背中に冷たい汗がじっとりと滲む。ごくりと喉を鳴らし、虚空の先を凝視した。そこには人影があった。
陽炎のように揺らめいていたそれは、次第に像を結び、明確な輪郭を伴ってこちらへと歩いてくる。
とくりと胸が跳ねた。それは紛れもなくアークだった。漆黒の衣を身に纏い、背中には闇の翼を携えている。ようやく会えたのに、不安だけが大きくなる。
やがて彼はベルゼガの隣に立った。なぜか目元には、幾重にも黒い布が巻かれ、星空のような彼の瞳を隠していた。
だが、白銀の髪にすっと通った鼻梁は間違いなくアークだった。私が声をかけようとしたとき、ベルゼガが立ち上がり、彼の顔に指を這わせた。
「おっと、気軽に僕の大事な魔王様に声をかけないでくれ」
そう言いながら、やつはアークの頬に両手を添え、唇を重ねた。目の前が真っ赤に染まる。
私はスカートを上げ、太もものホルスターから神銃アクケルテを抜くと、銃口をベルゼガに向ける。
だが、やつは笑みを浮かべたままだ。ベルゼガはアークの胸元に頬を寄せ、妖艶に微笑んでいる。
「アークを盾にするつもりなら、無意味だ。お前だけを撃ち抜くことなんて造作もない」
私は引き金に指をかけ、冷たく言い放つ。視線をやつの後ろに向ければ、ミザリーとサラ、それにスカイとガリュウが立っていた。
私たちに囲まれたベルゼガ。それでも、やつには余裕があった。ひと言も発しないアークに違和感を覚える。
次の瞬間、ベルゼガはアークの胸をトンと押し、壇上から突き落とした。全員の視線が、背中から落ちる彼に集まる。
ばさりと漆黒の翼が床に広がり、彼は仰向けのまま倒れた。私が慌ててアークに駆け寄ろうとしたとき、ベルゼガの声が届く。
「ふふ、それはあげるよ。所詮はコピー。キスをしても虚しいだけだね。僕は本当のルチーフェに慰めてもらいながら、この人界と魔界がひとつに重なるときを待たせてもらうよ」
振り向くと、ベルゼガは翼を広げ、宙に浮いていた。その後ろでは、空間が大きく引き裂かれている。
私が銃口を向けると、やつは肩をすくめ、首を横に振り、最後に小さく笑う。そして、その中へと姿を消した。
私は視線をアーク――そのコピーへと戻す。すでに駆け寄っていたサラが、そっと目隠しを外した。
そこには瞳はなく、ただぽっかりと二つの空洞が穿たれていた。その異様な姿を前に、不安と言いようのない恐怖が、私の心臓を凍りつかせるように締め付けた。
暑い中、読んでくださり感謝です(//Д//)
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