352 静かな学園、避けられぬ約束
地震の影響により、しばらく更新をお休みしていました。
家族も私も無事ですので、本日から少しずつ更新を再開します。今後ともよろしくお願いいたします。
疑似飛翔魔法で街を突き抜け、俺たちはミューズネイト学園に着いた。屋上に降り立つと、アドニスとシロが名残惜しそうに空を見上げた。
「また、帰りも飛んで帰ろう」
俺は笑顔で告げ、アドニスとシロは元気よく頷いた。まだ春休みだ。学園の人影はまばらだった。ここなら静かに過ごせそうだ。周囲を見渡し、笑みが零れる。
足取りも軽くなる。屋上の扉を開けて校舎の中へ入り、階段を降りた。踊り場を曲がり、廊下に出る。
しんと静まり返った廊下には、生徒の姿はなく、少し寂しい。だが、俺にはそれが心地よかった。
俺たちはそっと廊下を歩く。あれほどはしゃいでいたアドニスとシロも、大人しくついてくる。ここには、勉学に励む場所ならではの厳かな雰囲気が漂っていた。
自然と背筋は伸び、襟を正す。誰もいない教室を眺めながら歩いていると、突然、扉が開いた。
「やっぱり、アークか。まだ春休みなのに珍しいね」
紫色の髪をかき上げ、笑顔を向けるジーク。俺は久しぶりの親友との再会に笑みを浮かべる。
「本当に久しぶりだね、ジーク。君こそ、どうしてここに?」
そう尋ねる俺に、ジークは困ったように笑った。
「どうしても何も、僕は生徒会長だからね。明々後日の入学式の準備だよ」
たしかに明後日は学校が始まり、その次の日は入学式だ。今年はフォルテが入ってくる。俺とジークとスカイは二年生になり、サラは三年生だ。
先月卒業したばかりのミリーを思い出し、目を細める。まだ一か月しか経っていないのに、懐かしく思ってしまう。
「それで、アークはどうしてここに?」
その問いかけに、少しだけ気持ちが沈む。学校に来たのには、もちろん理由がある。街中で向けられた多くの好意の視線から逃れるためだけではない。
ジークは何か察したようだ。眉を下げ、ため息をついた。
「君も大変だね。まさか、ミザリー先輩が臨時の教師として学園に赴任するなんてね」
俺は言葉を失う。初耳だ。ベストレアで過ごした四日間、一度もそんな話はしなかった。呆然とする俺に、ジークは首を傾げる。
「まさか、知らなかったのかい?」
無言で頷くと、彼は眼鏡を外し、凝り固まった眉間を揉みほぐす。その姿に俺は申し訳なくなり、頭を下げた。
「ごめん。ミリーから何も聞いてなくて。もしかして、何かまずいことでもあったの?」
俺が恐る恐る顔を上げると、ジークは眼鏡をかけ直し、肩をすくめた。
「別に大したことじゃない。始業式で、新任教師代表の挨拶を頼んだだけさ。そのときに花束の贈呈もあるんだけど、先輩からの要望でね。アークが行うことになっているんだ。もちろん、知らないよね?」
こくりと頷くと、彼は力なく肩を落とした。そして、念のためミリーに確認してもらうよう告げ、誰もいない教室へ戻っていった。
その背中に、もう一度頭を下げると、アドニスとシロも俺に倣った。
俺たちは気を取り直して歩き始めた。嫌なことはなるべく早く終わらせたい。気づけば、足早になっていた。
慌てて振り返る。アドニスとシロは楽しそうに小走りでついてきていた。俺は頭を掻き、アドニスの手を繋ぐ。
「ねぇ、アーク。いったい、どこに行くの?」
俺は眉をひそめる。あまり口にしたくなかったが、言わないわけにもいかない。ため息をつき、静かに告げた。
「……ヘスティア先生のところだよ。少し話があるんだ」
「なら、僕たちはいないほうがいいんじゃない?」
寂しそうに告げるアドニスの肩をぽんと叩き、首を横に振る。
「いいや、約束は明日だから、問題ないよ。今日は、そのための話をしに来ただけさ。急いで用事は済ませて、街に戻って何か美味しいものでも食べよう」
片目を閉じ、努めて明るく告げると、アドニスは笑顔で頷いた。足元ではシロが激しく尻尾を振っている。
少しだけ気持ちが和む。俺はゆっくりと息を吸い込み、再び歩き出した。
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俺たちは学園の奥にある研究棟に着いた。奥まで真っすぐ伸びる廊下。その脇には扉がずらりと並び、木札がかかっている。
そこには研究分野が書かれており、魔法力学、魔生物学など、様々な研究分野が並んでいた。
一つひとつ確認していくと、目的の部屋を見つける。扉の木札には『科学』と書かれていた。
気は進まないが、扉を叩く。すぐに扉は開かれ、紫色の髪をなびかせた妙齢の美女が現れた。
「よく来たわね、アーク君。中に入って」
笑顔で告げる彼女を、俺はじっと見つめた。
「いえ、結構です。用件を伝えに来ただけですので。……それで、今はどっちなんだ?」
その瞬間、柔和な笑みが妖艶なものへと変わる。
「ふふ、僕だよ。ヘルネストだ。ヘスティア姉さんには眠ってもらっているよ」
「そうか、なら話は早いな。明日、約束を果たすつもりだ。どこに行けばいい?」
鋭い眼差しを向け、冷たく言い放つ。それでもヘルネストは笑顔を崩さず、満足そうに俺を見て、唇を舐めた。
「そうだな。どうせならゆっくり過ごしたいから、デートでもしよう。場所は魔界の門――その近くにある村、ワンストでどうかな」
その言葉に目を剥く。そこには、俺が堕天するきっかけとなった魔族の少女――エジェイルが住んでいた。
そんな俺を見つめ、ヘルネストは笑みを深め、瞳に暗く妖しい光を宿した。だが、そのときの俺は、やつの表情に気づくことができなかった。
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