349 気づかなくても、愛はそこに
酷暑日、本当にその通りだと思います。皆さんもお気をつけてください<(_ _)>
私はアーたんから離れ、頬を伝う涙を拭うと、思い切り背を伸ばした。
「あー、これでやっとゆっくりできるにゃ。これからどうする、アーたん?」
彼は優しく微笑み、静かに告げる。
「そうだね、落ち着ける場所で話がしたいね」
その表情は穏やかで、どこか嬉しそうだった。いったい、カナリアとどんな話をしたのか気になる。
二人きりで話がしたいと思った私は、彼の手を握って走り出した。
「いいところがあるにゃ。ついてくるにゃ!」
少し驚くアーたんだったが、すぐに笑みを浮かべた。そして、私の手をしっかりと握り返した。
――――――――――――
頬を撫でる春風が気持ちよかった。私たちは城の見張り台に昇り、その屋根の上に並んで座った。眼下にはワストの街並みが広がっている。
「なかなか、いい場所だね」
「うん、何かあったら、ここに来るにゃ」
アーたんは目を細め、風を感じている。その横顔は眩しく、目を奪われる。じっと見つめていると、アーたんが懐から小さな木箱を取り出した。
「これを渡したかったんだ」
彼はそっと蓋を開け、私に差し出した。そこには翼を象った金色の耳飾りが二つ並んでいた。
その翼の根元にはマンダリンガーネットが施され、太陽の光を浴びて輝いている。
そして、耳を挟む留め具の部分には色鮮やかな組み紐が垂れ、可愛らしい子猫の形をしたカーネリアンがぶら下がっていた。
「……きれい」
その耳飾りは大きく、獣耳につけるものだと察する。目を輝かせてアーたんを見つめると、彼は耳飾りを持った手を伸ばし、私の耳につけてくれた。
視界の端で揺れるオレンジ色の子猫。可愛らしい姿に笑みが零れる。アーたんは私をじっと見つめながら、口を開いた。
「この子猫は、本当はカナリアさんがミリーに用意したものだよ。東洋連合国の根付っていう装飾品なんだ。彼女は俺から渡してほしいって。そのほうが、ミリーは喜ぶからってね」
思わず視界が揺れた。せっかく収まった涙が、また溢れそうになる。私は青空を見上げ、大きく息を吐き出した。
「ふぅ〜、さすがは私の母親にゃ。よく分かっているにゃ」
笑顔で口に出す。やはり少し恥ずかしい。頬を染め、俯いてしまう。沈黙が満ち、小鳥のさえずりだけが耳に届く。私は我慢できなくなり、声を上げた。
「そ、そういえば、母とは何を話したにゃ?」
アーたんはくすっと笑い、遠くに見える地平線を見つめながら、話し始めた。
「カナリアさんは虎族で、開国の祖――オウコの直系なんだ」
私は目を見開き、呆然とする。ずっと母も獅子族だと思っていた。だが違った。しかも、王家の血を引いているのは母で、父は婿入りしていたとは――。
そんな大事な話を、私ではなくアーたんに伝えるとは、本当に非常識な人だ。苦笑いを浮かべる私に、アーたんは言葉を続ける。
「その獣訛りも、気性が荒い虎族の古い習わしらしいよ。少しでもお淑やかになってほしいって願いを込めたものだって。――ただ、そのあと、笑いながら『私は絶対に喋らないけど』って言っていたけどね」
彼は口元に手を当て、笑い出した。その姿に私は頬を膨らませ、けれどすぐに、一緒に笑い合った。
(……やはり、母にはかなわない)
そう思い、私は心の中で苦笑いを浮かべた。
――――――――――――
母の話を聞き終えた私は、ただ黙って街並みを眺めていた。言葉は交わさず、肩から伝わるアーたんの温もりを感じていた。
(ずっと母親に会えなかった寂しさを隠していたけど、母には分かっていたんだな。だから、最初にあんな乱暴な挨拶をしたのかも……)
私も不器用だが、母も不器用だなと口元から笑みが零れる。
ちらりと彼の横顔を見る。その漆黒の瞳が揺れていた。気のせいかもしれないが、私の知らない誰かの面影が見えた。
その瞬間、胸が苦しくなり、口を開く。その眼差しは私ではない誰かを見ているようだった。だが、言葉が出てこない。きゅっと唇を結び、視線を落とす。
「家族っていいね。そばにいるだけで温かくなる」
彼は静かに呟く。その視線は地平線の、その遥か先を向いているようだった。その目が少し悲しげに見えるのは、気のせいだろうか。
「……近くにいたのに、俺はその温かさも、優しさも気づかなかった――いや、気づけなかった」
一瞬、彼の瞳が揺れた。後悔と謝罪。その二つが宿っていた。私はただ黙って彼の言葉を受け入れる。きっと彼も、許してほしいわけじゃないから。
一筋の涙が彼の頬を伝う。とくりと鼓動が跳ねた。春風が吹き抜け、視界の端でオレンジ色の子猫が揺れている。
私は耳飾りをそっと撫で、静かに口を開いた。
「……気づかなくてもいいと思う。きっと相手は、気づいてほしくてやっているんじゃないから」
アーたんの横顔を見つめ、優しく微笑む。彼は目を見開き、こちらを向く。だが、すぐに彼の纏う空気が柔らかくなり、手が伸びて頬に触れる。
「きっとそうだね。ありがとう、ミリー。君が好きだ」
彼は優しく私の頬を撫でると、自分の温もりを移すように、深く唇を重ねた。
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