348 勘と忍耐、そして置き去り
お疲れ様です、今週も始まりました!
頑張っていきましょう、と言って、自分を鼓舞する(‘ω’)ゞ
私は闘技場中央で背中合わせに座り込むスカイとガリュウ兄上を見つめる。二人の力は拮抗していた。
おそらく膂力なら、この獣王国で五本の指に入る兄上を相手に、強化魔法を使ったとはいえ、押し負けないとは言葉を失う。
魔法が苦手な獣人でも、強化魔法は使える。むしろ得意な者が多く、兄上も例外ではない。さっきの試合でも、もちろん使っていた。
(……魔力出力がずば抜けて高いのだろう。それは魔力操作の鍛錬を真面目に続けていた証拠だ)
私はにやりと笑い、肩で息をするスカイと兄上に近づく。
「これで『力』があることは分かった。最後に示してもらうのは――」
そこで言葉が止まる。そういえば、もう十分ではないだろうか。「技」と「力」があることは分かった。他に何が必要だろうか。
昨日は勢いで最後は自分だと言ったが、何も考えていなかったことに気づく。もはや普通に戦っても面白くない。どうすべきか、腕を組んで首を傾げた。
そのとき、カナリアが声をかける。
「最後は、『運』と『勘』でしょ。どんな戦いでも、この二つは勝敗に大きく関わってくるわ」
私は息を呑む。カナリアが珍しく、まともなことを言った。何か悪いものでも食べたのだろうか。少しだけ心配になり、じっと見つめる。
彼女は笑みを深め、アーたんの肩に頭を預けながら言葉を続けた。
「最後の試合は、目隠しで戦うのよ。感覚を研ぎ澄まし、己の運すら駆使して、勝機を掴み取るのよ!」
その言葉に全身の肌が粟立つ。まさに最後の試合に相応しい内容だ。私は獰猛に笑い、近くにいた召使いに、目隠しに使う布を持ってこさせる。
ふと隣に立つリリーナさんを見ると、何か言いかけて、カナリアに止められていた。
少し気になったが、今はこの戦いへの熱い思いで胸が張り裂けそうだ。私は深く考える気には、なれなかった。
やがて召使いが厚手の布を持ってくると、私はすぐにそれを巻き、目を隠した。漆黒に塗り潰された視界。頼りになるのは残りの感覚と、己の運だけだ。
耳を澄ますと、遠ざかっていく足音を捉える。どうやらガリュウ兄上がスカイを残し、闘技場から下りたようだ。
私は拳を突き出し、大声で叫ぶ。
「準備は整った。試合を始めるぞ、スカイ!」
その瞬間、甲高い笛の音が中庭に鳴り響いた。意識が集中しているのか、それはいつもより長く、大きく聞こえた。
――――――――――――――――
汗が頬を伝い落ちる。静かだ。何も感じない。試合が始まって三十分は経っているが、スカイが動く気配はない。
『運』と『勘』――それだけではなかった。この試合は『忍耐』も重要だと思い知らされる。布の擦れる音や息遣いすら聞こえてこない。
スカイはこちらが動くのを待っている。そして、その一瞬を狙い、渾身の一撃を放つつもりに違いない。
先に動いたほうが負けだ。なかなか面白い試合を考えたものだ。少しだけカナリアを見直す。だが、今は試合に集中することのほうが大事だ。
春とはいえ、日差しが強くなってきた。もうすぐ昼だ。そのとき、不覚にも腹が鳴ってしまう。スカイに居場所を教えてしまった。
私は必死に身を横へ投げ出した。地面を転がり、すぐに起き上がる。だが、彼の気配がしない。絶好のチャンスだったはずだ。
手を抜いているはずはない。何を考えているのか分からず、つい目元の布をずらす。その瞬間、私は言葉を失った。
思わず目隠しを外し、地面に叩きつける。そして、ゆっくりと周囲を見渡した。目に映るのは、春の麗らかな陽光に照らされた闘技場と中庭――。
そこにはスカイどころか、誰ひとりいなかった。私は膝から崩れ落ち、地面に手をついて叫ぶ。
「やっぱり、カナリアの言うことなんて信じるんじゃなかったにゃ~!」
城の壁に反射して木霊する自分の声。木々に止まっていた鳥たちは飛び立ち、東風が爽やかに吹き抜ける。
オレンジ色の髪がなびき、視界を隠す。私は零れる涙を必死に堪え、立ち上がると、アーたんを求めて駆け出した。
視界が揺れ、まともに前が見えない。だが、足を止めるわけにはいかない。アーたんの傍に、あの悪魔がいるからだ。
まさかスカイとの試合すら利用して、私とアーたんの仲を引き裂こうとするとは思わなかった。
もはや母娘の縁を切るだけでは済まない。完全に敵だと認識する。言葉は不要。見つけ次第、殴りつける。
私は拳を握り締め、廊下を走る。そのとき、曲がり角からアーたんが現れた。白銀の髪に、星空のような黒き瞳。やっぱり素敵だ。
満面の笑みを浮かべて抱きつくと、彼は優しく受け止めてくれた。胸元に顔を埋めて叫ぶ。
「ひどいにゃ、アーたん。私を置いて行くなんて!」
アーたんは苦笑いを浮かべ、頭を下げた。
「ごめん、ミリー。少しカナリアさんと話をしていたんだ」
その言葉にハッと顔を上げ、周囲を警戒する。獣耳をぴんと立て、瞳孔を縦に細める。だが、どこにもやつの気配はない。
そんな私に、アーたんは眉を下げながら告げた。
「カナリアさんは、もう城を出たよ。また旅に出るんだって」
私は目を見開き、息を呑んだ。突然の別れ。望んでいたはずなのに、なぜか涙が零れた。
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