350 笑顔の別れ、その胸の底に
ここからは、アーク視点が続きます<(_ _)>
金の翼の耳飾りをつけ、サンドロ君を殴り飛ばすミリーを見て、俺は複雑な表情を浮かべる。
今日はミリーと過ごす最後の日。俺たちは彼女の従者であるサンドロ君の故郷、カラトフを訪れていた。
彼女と共に過ごした四日間を思い出す。初日、城の見張り塔の屋根に登り、ワストの街並みを眺めながら、俺は耳飾りを手渡した。
――あのときのミリーの言葉に、俺は救われた。
目の前で再びサンドロ君が殴り飛ばされるのを見て、俺は現実へと引き戻された。後ろでは彼の父、ザンギエさんが顔を真っ青にして眺めている。
あのときのミリーは、愛おしかった。今の彼女が嫌いというわけではない。だが、獰猛に笑いながら少年を殴る姿は、少し怖かった。
「ミリー、もうそろそろやめようか。サンドロ君の成長をザンギエさんに見せるための稽古だったはずだよね」
彼女が笑顔で振り向く。その頬にはサンドロ君の返り血がついていて、一瞬背筋が凍りつく。俺は足がすくみそうになり、必死に堪えた。
ゆっくりと息を吐き出し、ミリーとの距離を詰める――もとい近づき、震えながら、彼女の肩に手を置く。
「どうしたにゃ、アーくん。寒いのかにゃ? まだ春とはいえ、朝は冷えるからにゃ」
そう告げて、牙を――もとい八重歯をのぞかせ、彼女は笑みを深める。
「そ、そうだね、少し悪寒がするかも」
俺も必死に笑顔を作ろうとするが、強張ってうまくできない。そんな俺を見て、首を傾げるミリー。その耳にぶら下がる子猫の形をしたカーネリアンが優しく揺れる。
俺は懐からハンカチを取り出し、頬についた血を拭き取る。少し手が震えて手元が狂い、耳元に触れてしまう。
「くすぐったいにゃ、アーたん」
ミリーは目を細め、頬を染める。ようやく本来の彼女に戻り、安堵の息を吐く。額に滲んだ汗を拭うと、サンドロ君の声が耳に届いた。
「ありがとうございました、ミザリー様。A級冒険者になれたけど、まだまだだと思い知りました」
俺は振り返り、サンドロ君を見る。深々と頭を下げるその首元には、オリハルコンのギルドカードが下がっていた。
「本当に息子を鍛えていただき、ありがとうございます。たった一回、ギルドの依頼を達成しただけで、A級に昇級するなんて、信じられません」
「気にする必要ないにゃ。私はただ、ベアモンドにギルドの中で一番困難な依頼をさせろと伝えただけにゃ。まさか一日で達成するとは、さすが私の弟子にゃ!」
その会話を聞き、俺は眉をひそめる。レーヨンの町に寄ったとき、あれほど迷惑をかけたベアモンドさんに、そんな無茶なことを頼んでいたとは。
本来、冒険者の等級は段階を踏んで上がっていくものだ。たしかサンドロ君はC級だったはずだ。いきなりA級の依頼をさせるのは、厳しいと思った。
もちろん、彼に実力があるのは知っている。だが、それでも少し危険だったのではないかと思い、ミリーを見る。
「ふっ、アーたんは過保護にゃ。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすものにゃ。私は虎族と獅子族のハーフだけどにゃ♪」
彼女は胸の前で腕を組み、大声で笑い出した。その姿に苦笑いを浮かべる。隣に視線をずらすと、ザンギエさんが複雑な表情を浮かべ、小さな声で呟いた。
「サンドロは鼠族なんですが……」
俺はザンギエさんに歩み寄り、肩を叩いて首を横に振った。ミリーに何を言っても意味がない。
――だって、彼女はカナリアさんにそっくりだから。
俺が笑みを深めると、ザンギエさんも笑顔を返す。そして俺たちは、いつまでもお礼を述べるサンドロ君と、笑って頷くミリーに穏やかな眼差しを向けた。
――――――――――――
俺は万物変化魔法を展開し、空間を捲る。その先には、ガインズネット学園都市――そこにある我が家が見えた。
「それでは失礼します、ザンギエさん」
「これからも息子のことをお願いします、アークさん、ミザリー様」
「任せるにゃ。きっとS級まで昇級させるにゃ」
カラトフの村の入口で別れを告げる俺たち。ザンギエさんの隣には奥さんが並び、目に涙を滲ませていた。
俺が声をかける前に、ミリーがサンドロ君の肩をトンと叩いた。
「ちゃんと別れの挨拶をするにゃ。これは師匠命令にゃ」
そう言って親指を立てると、ミリーは乱暴に彼を突き飛ばした。前のめりになり、サンドロ君は倒れそうになる。
その瞬間、ザンギエさんより早く奥さんが動いた。彼女はしっかりと我が子――サンドロ君を受け止めた。
彼女は嗚咽を漏らし、力強く抱きしめる。サンドロ君の目にも涙が浮かぶ。やがて、感情は決壊し、大声で泣き始めた。
俺とミリーは見守り、ザンギエさんはそっと両手を広げ、抱き合う二人を包み込んだ。
「とりあえず、思い残すことはないにゃ。あと二日はアーたんの時間にゃ」
サンドロ君たちを眺めながら、ミリーが呟く。
俺は頷き、眉をひそめた。学園が始まるまで、あと二日。この二日間で俺は契約を果たさなければならない。
かつて魔界へ向かうために力を借りたベルゼガ――その宿主であるヘルネストと交わした契約を。
二人きりの密会――。
その言葉が、石のように俺の胸の底へ沈んだ。
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