341 偉さの理屈、恋の理屈
アーたんが禿げ頭のA級冒険者たちに頭を下げている。だが、彼らの顔は青ざめ、どう見ても謝罪を受ける表情ではなかった。
当然といえば当然だ。アーたんは史上初のSSS級冒険者だ。ギルドカードは持ってきていなかったが、ベアモンドが三人に説明した。
そのときの彼らの顔は見ものだった。まず目を見開いて呆然とし、次第に血の気が引き、禿げた頭がまるで卵のように真っ白になっていった。
全然美味しそうではなかったが、アーたんの凄さを実感できて嬉しかった。私はにやにやしながらアーたんを見つめていると、リリーナさんが声をかけてきた。
「ほんと、あなたはカナリアにそっくりね。見た目も、中身も」
彼女はため息交じりに告げる。たしかにオレンジ色の髪も金色の瞳も母親譲りだが、性格は全然違う。あんなに非常識ではない。私は首を横に振った。
「あんな型破りな獣人と一緒にしないでほしいにゃ。私は普通にゃ」
腰に手を当て、胸を張って答える。だが、リリーナさんは眉を下げ、ベアモンドはため息を漏らした。アーたんは何も言わず、そっと目を逸らした。
納得できず口を開こうとしたとき、ベアモンドが手を上げて制する。
「分かりました、ミザリー殿下。とりあえず、ギルドまで来てもらっていいですか? そこで詳しい話をしましょう」
何が分かったのか――そう尋ねようとして、アーたんが私の手を握った。
「ミリー、俺も少し疲れた。ギルドに行こう。リリーナさんとも話がしたいし」
目を潤ませて頼むアーたん。その姿に母性本能がくすぐられる。私は満面の笑みを浮かべて頷き、彼の手を引いて、ベアモンドとリリーナさんの後を追った。
――――――――――――
ギルドに着き、ベアモンドたちに続いて中へ入ると、大勢の冒険者の視線を集めた。私は鼻を鳴らし、アーたんと腕を組む。
SSS級冒険者のアーたんと、SS級冒険者の私。伝説の冒険者が二人も揃っているのだ。この反応にも頷ける。
もし私たちの子どもが冒険者になったら、『SSSSS級冒険者』も夢ではないかもしれない。そのとき世界はどれほど驚くだろうか。思わず口角が上がる。
「申し訳ありませんが、急いで部屋に来てください。冒険者たちとギルド職員の邪魔になるので」
まだ見ぬアーたんとの子どもの将来に思いを馳せていると、ベアモンドの疲れた声が耳に届いた。
たしかに憧れである私たちがいては、誰も仕事に手がつかないだろう。私とアーたんは羨望の眼差しを振り払い、颯爽と階段を上った。
部屋に入るなり、ベアモンドは机の上の防音の魔導具を起動した。かすかに耳の奥に圧迫感が走り、町の喧騒が遠ざかる。
何をそこまで慎重になることがあるのか――私が眉をひそめてベアモンドを見る。
すると、リリーナさんは獣耳を畳み、両手で耳を押さえた。隣を見ると、アーたんも同じだった。その瞬間、耳を劈くような怒声が上がった。
「ミザリー殿下、お前は何をやってるんだ! 久しぶりに町に来た途端、騒動を起こすなんて! レオンとカナリアは、どんな教育をしているんだ!」
あまりにも大きな声に、めまいがした。私は頭を押さえ、小さく首を振る。何を怒っているのか分からないが、私はひとつだけ訂正した。
「ベアモンド、お前はひとつ間違っている。殿下と呼びながら、全然敬っていない。それに父上と母上には敬称すらつけていないぞ」
私は獣訛りも忘れて言い放つ。その瞬間、ベアモンドは膝から崩れ落ちた。
何がしたいのか分からず、私が肩をすくめると、リリーナさんがベアモンドのもとへ駆け寄り、優しく背中を擦った。
仲がいいことは、いいことだ。本当にそう思う。甲斐甲斐しくベアモンドを介抱するリリーナさんを見つめ、ふと気づく。
「そういえば、どうしてリリーナさんがいるにゃ? たしか私の記憶では、父上の獣王の試練のときに――」
そこでアーたんが私の肩に手を置いた。振り向くと、疲労が滲む顔で語り出した。十王の遺跡で起きた奇跡のことを。
――――――――――――
話を聞き終えた私は、胸の前で腕を組んで頷く。ガリュウ兄上とライデンも、いい仕事をした。これで父上も過去に縛られることなく、前を向くことができるだろう。
「なるほどにゃ、兄上もたまにはいいことをするにゃ。これなら、王に認めてやってもいいにゃ。本当の意味で、獣王の試練は合格にゃ」
何度も頷く私に、ベアモンドはみぞおちを押さえ、小さな声で呟いた。
「……何を偉そうに。お前は王様より偉いのか」
私は聞こえるほど盛大にため息をつき、ベアモンドに人差し指を突きつけた。
「当たり前にゃ! アーたんは父上に勝ったにゃ。つまり、アーたんは王である父上よりも偉いにゃ。そして、妻である私も偉いに決まっているにゃ!」
私は胸を張り、鼻を鳴らす。ベアモンドは机に突っ伏し、額を打ちつけた。後ろに控えるリリーナさんが、優しくその肩を叩く。
本当に仲がいい。ふと私は名案を思いつく。にやりと笑い、二人に告げた。
「ベアモンドも色々と言いたいことがあると思うにゃ。なら、いっそ実家に来て、父上に言えばいいにゃ。それに母上も、きっとリリーナさんに会いたいにゃ。いるかは分からないけど」
部屋の中に沈黙が落ちる。かなりいいと思ったが、何か違っただろうか。そっとアーたんを見やる。
「うーん、気持ちは分かるけど、ベアモンドさんはギルドマスターだから、無理なんじゃないかな」
さすがはアーたんだ。その通りだ。私は己の浅慮を恥じつつ、再び口を開いた。
「なら、リリーナさんだけ来ればいいにゃ。ベアモンドはお留守番にゃ!」
その瞬間、ベアモンドの肩が跳ねた。だが、顔は机に突っ伏したままだ。それが否定なのか肯定なのか分からず、首を傾げると、リリーナさんが告げた。
「そうね、少しだけレオンとカナリアに会って来ようかしら。ここにいたら、ベアの胃に穴があきそうだから」
彼女は苦笑いを浮かべながら、ベアモンドを見下ろす。本当に仲がいいのは、いいことだ。私は腕を組んで何度も頷き、アーたんに視線を向けた。
彼はそっと目を逸らし、窓から見える青空に目を細めた。
読んでくださり感謝です<(_ _)>
ブクマor★で応援いただけると励みになります!




