340 恋は空を渡り、町を騒がす
これからアーたんと過ごす四日間に胸躍る私は、サンドロを抱えたまま、カラトフの村まで一気に駆け出した。
春風が頬を叩き、気持ちがいい。
ふと視線を落とすと、サンドロが白目を剥き、口元から泡を漏らしていた。顔を上げて後ろを向く。そこには豆粒のように小さくなったアーたんがいた。
どうやら神気を纏いすぎたらしい。私は苦笑いを浮かべる。速度を落とそうとしたが、ちょうどサンドロの両親の姿が見えてきたので、そのまま走り続けた。
「久しぶりにゃ、ザンギエ。あれから村の様子はどうにゃ」
サンドロの父親――ザンギエは、目を見開いたまま固まっている。私が首を傾げると、アーたんの声が届いた。
「いや、ミリー。飛ばしすぎだよ。ザンギエさんには、突然現れたように見えたんじゃないのかな」
振り向くと、アーたんが頬を指先で掻き、苦笑いを浮かべていた。その後ろでは、捲れた空間が閉じようとしている。どうやら魔法で移動してきたらしい。
「なるほどにゃ。久しぶりの故郷に、私も気分が高まっていたにゃ。ザンギエ、驚かせてすまにゃい。これは置いていくから、あとは親子水入らずで話すといいにゃ」
私は親指を立て、片目を閉じると、サンドロをザンギエに押しつけ、アーたんの腕を組んで歩き出した。
「ねえ、ミリー。ザンギエさんに、ちゃんと挨拶しなくていいの?」
「気にしてはダメにゃ。大事なのは、親子だけで過ごすことにゃ。私たちがいたら、気を使わせるにゃ」
ちらりとザンギエを見る。彼は開きかけた口を閉じ、深々と頭を下げた。私は手を振って応えると、そのままレーヨンへ向かった。
――――――――――――
私は上空からレーヨンの街並みを見下ろし、嘆息を漏らした。歩いて町へ向かおうとする私に、アーたんが魔法での移動を提案してきた。
座標を刻んだレーヨンなら一瞬で到着できる。だが、二人の時間を大事にしたい私は、疑似飛翔魔法での移動をお願いした。
アーたんは目を見開いたが、すぐに笑顔へ戻り、魔法を展開して空気の壁を作った。私は迷うことなく飛び乗り、彼の手を引っ張った。
苦笑いを浮かべるアーたん。その瞬間、ふわりと体が浮き上がる。そのまま上空まで飛翔した空気の壁は、ゆっくりと前へ進みだした。
風は冷たいが、春の陽光のおかげで寒くはなかった。それよりも、空から見るレーヨンの町は新鮮で、胸がときめいた。
やがて空気の壁はゆっくりと高度を落とし、町の入口の前で止まる。私は飛び降り、目の前の町を眺めた。
上空から見たレーヨンもいいが、やはり地上から見たほうが活気が伝わる。人々の表情も見えて、そのほうが楽しかった。
「懐かしいにゃ。相変わらず、目つきの悪い冒険者たちで溢れてるにゃ!」
大声でアーたんに告げると、ガラの悪そうな男たちが近づいてきた。
「おい、おい、姉ちゃん。目つきが悪い冒険者って、俺たちのことかい?」
スキンヘッドの男たちが獰猛に笑いながら、短剣を抜いて凄む。首にはオリハルコンのギルドカードが下がっていた。どうやらA級冒険者のようだ。
かなり腕に自信があることは分かった。この町でもA級の数は少ない。彼らを止められるのは、同級の冒険者か、ギルドマスターのベアモンドくらいだろう。
私はほくそ笑む。深く息を吸い込み、腹に力を込めて叫んだ。
「きゃー。助けて、アーたん。人相の悪い禿げ頭のおっさんたちに襲われそうにゃ~」
私は素早くアーたんの背中に隠れ、男たちを見る。あまりにも素早く動いたせいで、彼らは私を見失っていた。
あちこちに視線を向けるが、私を見つけることができない。私はため息をつき、仕方なく声をかける。
「私はここにゃ。それでもお前たちはA級冒険者か、情けないにゃ!」
そこでようやく男たちは私に気づき、眉を吊り上げて睨みつけると、大股で近づいてきた。その姿に、にやりと笑う。
「アーたん、守って。襲われるにゃ~♪」
わざと大きく足音を立てて近づく禿げ頭たち。威嚇のつもりだろうが、全然怖くはなかった。それよりも、これでアーたんの勇姿が見られる。私は心の中で小躍りする。
三人の禿げ頭は、私たちを囲むように立った。正面の男は短剣の刃を舐め、醜く笑っている。残り二人も拳を握り、指を鳴らして威嚇する。
なかなかの悪役っぷりに拍手を送りそうになるが、ぐっと堪える。アーたんが颯爽と三人をねじ伏せる姿を思い浮かべ、胸が高鳴った。
アーたんの背中に隠れ、戦いが始まる瞬間をじっと待つ。そのとき、白髪の女性が割って入ってきた。
「止めなさい、あんたたち。こんな場所で喧嘩なんて。やるなら、町の外でやってちょうだい」
その顔に見覚えがあった。だが、思い出せない。すらりと長い手足に、細く引き締まった身体。頭にはぴんと獣耳が立っている。どう見ても、ただ者ではない。
私が首を傾げ、目の前の女性のことを思い出そうとしていると、アーたんが口を開いた。
「こんにちは、リリーナさん。元気そうですね」
私は思い出した。ベアモンドの最愛の妻で、母の親友だ。だが、彼女は父が挑んだ獣王の試練で命を落としたはずだ。
首を傾げながらアーたんの顔を見ると、懐かしい声が聞こえた。
「何をやってるんだ、アーク。それにミザリー殿下」
前を向くと、額に手を当て、ため息をつくベアモンドの姿があった。
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