表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたのですが、王女や聖女が許してくれません~  作者: 黒鍵


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

344/362

337 重ならぬ面影、深まる愛しさ

 母から教えてもらった秘密の展望台。帝都の観光を楽しんだ私たちは、そこを訪れていた。


 花の香りを孕んだ柔らかな風が、昼の温かさを攫っていく。涙が止まるまで、私はずっとアークの胸の中に顔を埋めていた。


 どれほどの時間が過ぎたのか分からない。ただ、辺りは暗く、空には朧月が浮かび、地面を青白く照らしていた。


 私はアークからそっと離れる。目は赤く腫れ、頬は涙で濡れている。まともに彼の顔が見られない。俯いたまま、足元をじっと見つめた。


「ごめん、フォルテ」


 アークの声が、少し湿り気を帯びた静寂をしなやかにほぐす。だけど、私は顔を上げることができない。


「俺には、ここではない世界の人間の記憶がある。殺伐とした闇に生きる、冷たい心を持った男の記憶だ。そこで俺は平気で人を騙し、殺めてきた」


 なるべく感情を抑えるように、彼はゆっくりと話し出した。私の肩がわずかに跳ねる。


「……そんな人間に、まともな死に方なんてできるはずがなかった。俺は親友と妻に裏切られ、殺された――そう思って生きてきたんだ」


 淡々と告げているはずの言葉。なのに、なぜか私には悲しく聞こえた。思わず顔を上げる。そこには目に涙を浮かべるアークがいた。


「けど、違った。妻は命がけで、俺を守ろうとしていたんだ。ずっと勘違いしていた。妻とまともに向き合わず、真実を知ろうともせず、ただ次の人生こそは誰にも裏切られずに生きたいと思っていた」


 視線が重なった瞬間、アークの声が震えた。ただ私だけを見つめ、これまで何のために生きてきたのか、絞り出すように告げた。


「皆を助けたい。そう思い込んで、自分を騙してきた。本当は自分のためなんだ。誰にも嫌われたくない。今度は裏切られず、ちゃんと生きたい――そのために皆を、フォルテを利用した」


 アークの目から涙が零れる。その漆黒の瞳は濡れ、月明かりを吸い込み、夜の海のように深く澄んで見えた。


 彼も苦しんでいた。誰にも正体を告げることなく、己の過去(じゅばく)に囚われ、必死に足掻いていた。


 私は勘違いしていた。彼は真実を隠していたわけではなかった。誰にも言えなかった――。ただ、それだけだった。


(……本当に不器用な人)


 涙を流すアークを見つめる。きっと彼は私に、かつての妻の面影を重ね、その罪を償おうとしていたのだろう。


 戸惑いながら手を伸ばすと、私の指先は震えていた。それでも、私はアークの頬を両手で包んだ。


「アーク、聞いてください。私は私です。そして、あなたもあなた。あなたの過去を全部知ったわけじゃありません。けど、今ここで苦しんでいるあなたは、私の知っているアークです」


 アークはわずかに目を見開く。そんな彼に笑みを深める。


「誰だって失敗も過ちも犯します。だけど、向き合って、悔やんで、償おうとしているなら……私は、あなたを許せない人だとは思いません」


 私はアークを真っすぐ見つめ、心を込めて伝える。


「私はかつての妻じゃない。でも、私もあなたを命がけで守る。アーク、愛しています」


 その刹那、月に雲がかかり、辺りは静かな闇に包まれた。私は目を閉じ、そっと唇を重ねた。


 そして、私たちは春の夜の中へ溶け合っていった。





 薄い襖を透かして、春の陽光が部屋に満ちていた。まどろみの中で目を開ける。すぐ隣には、フォルテの穏やかな寝顔があった。


 彼女の目元は腫れていた。きっと俺も同じだろう。そう思い、口元から笑みが零れる。俺たちは展望台から旅館に戻るまで、口を開くことはなかった。


 二人とも夕食をとることなく、別々の部屋で、すぐに眠りについた。


 だが、いくら目を閉じても睡魔は訪れず、ただ静寂の中、月夜に照らされた青白い天井を見つめるだけだった。


 俺は布団から這い出し、襖を開けて中庭を眺める。前世を思い出させる風景に目を細めた。その中央の池には、月光が映し出す庭木の影が静かに揺れていた。


 そのとき、静寂を破り、戸を叩く音が響いた。俺は振り返り、ゆっくりと歩み寄ると、引き戸を開いた。


「……こんばんは、アーク」


 フォルテが立っていた。まだ目は腫れ、頬は赤く染まっていた。彼女も眠れず、どうしていいのか分からなかったのだろう。


「……こんばんは、フォルテ」


 気の利いた言葉を思いつかず、挨拶を返した。俯いたままのフォルテを見つめる。もう妻の面影と重なることはなかった。


 ただ、愛しさだけは大きくなっていた。


 胸が張り裂けそうになり、そっと手を当てるが、激しく脈打つことはなく、いつもよりも、少しだけ温かく感じた。


「眠れないんです。少しだけ一緒にいても、いいですか?」


 俺は笑顔で頷き、そっとフォルテの頭を撫でた。


「俺も眠れなかったんだ」


 それだけの言葉に、彼女は笑みを浮かべた。多くを語るより、こうして一緒にいるだけで伝わるものもある――そう思えた。


 俺はフォルテを部屋に招き、布団の上に座る。彼女も頬を染め、向き合うように腰を下ろした。互いの視線が重なり、小さく笑い合う。


 それからしばらく他愛もない話を交わし、いつのまにか眠ってしまった。


「おはようございます、アーク」


 ふと視線を下げる。フォルテはもう起きていた。目元はまだ少し腫れていたが、その笑顔は穏やかだった。


「おはよう、フォルテ」


 そう返すと、彼女はくすぐったそうに目を細めた。俺は布団から起き上がり、軽く肩を回す。


「少し散歩してくる。食堂で待ってるよ」


 その言葉に、フォルテは布団から顔を出して頷いた。俺は笑みを深め、その場を後にした。

読んでくださり感謝です<(_ _)>

ブクマor★で応援いただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 フォルテさん、念願叶いましたね。  サラさんより、フォルテさんの方がアーク君にとって、  合っているかもですね╰(*´︶`*)╯♡
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ