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転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたのですが、王女や聖女が許してくれません~  作者: 黒鍵


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332 赤い三日月、毒盃の微笑み

 俺は目の前を歩く武蔵(むさし)を見つめる。何が起きたのか分からない。


 それでも、目の前にいる男が俺の妻の兄であり、この里の首領、そして親友であることだけは間違いなかった。


 ならば、この先にあるのは忍びの里だ。見覚えのある森、歩き慣れた獣道、湿った土の匂いまでもが、そうだと告げていた。


「今回も助かった、風真(ふうま)。お前のおかげで里も安泰だ」


 武蔵は振り向き、笑いかける。だが、その目は冷たく、俺を値踏みするかのようだった。俺は曖昧に頷くだけに留める。


 ふと視線を上げる。夜空に三日月が浮かんでいた。それはいつもより赤く、鎌のように鋭く尖っていた。


 首領と妻に毒を盛られ、殺された夜。そのときも、こんな不気味な月ではなかっただろうか――。


 いつもと様子が違う俺に、武蔵は目を細める。だが、それ以上は何も言わず、静かに里へと歩き出した。



――――――――――――



 里へ戻った俺は、武蔵の屋敷に向かった。そこで任務を無事に終えたことを伝えると、褒美として酒を渡された。


「いつも感謝している。今日はこれでも飲んで、ゆっくり休んでくれ」


 武蔵の労いの言葉が空しい。俺はこの酒に毒が混ぜてあることを知っている。一刀のもと、斬り伏せてやろうか――。横に置いた忍刀をちらりと見る。


「どうした? 元気がないようだが、酒は不満か」

「いえ、有難く頂戴します。少し疲れているようですので、これで」


 俺は畳に拳をつき、深々と頭を下げた。


「ふっ、相変わらず真面目だな。俺たちは親友で、義理とはいえ兄弟だ。そこまで畏まる必要もないだろう」


 優しげに語りかける言葉だが、もう素直に受け取ることはできない。俺は小さく首を横に振り、もう一度頭を下げ、そのまま背を向けて部屋を出た。


 屋敷を出た俺は立ち止まり、夜空を見上げる。三日月は、まだ赤い。手に持つ酒瓶の肌はざらつき、不快だった。


 このまま家に帰れば、この酒を飲み、妻と武蔵に殺される。今まで多くの人を手にかけてきた俺が、殺されることを恐れている。


 虫のいい話だ。俺は自嘲気味に笑い、肩をすくめる。これは、きっと夢か幻だ。ここで足掻いても、結果は変わらない。


 俺は酒瓶をじっと見つめ、肩に担ぐと、唇を噛んで目を閉じた。夜風が頬を撫で、少しだけ不安を攫っていく。


 やがて、重い瞼を持ち上げ、静かに覚悟を固めた。俺は妻の待つ家路へと一歩を踏み出した。



――――――――――――



 俺は家の前に立つ。戸の隙間から、炊きたての飯の甘い香りが、湯気とともに漏れ出していた。それは安らぎと同時に不安を与える。


 戸に伸ばしかけた手。俺はそれを思わず引いてしまう。そのとき、足元に明かりが差した。ゆっくりと顔を上げると、笑顔で迎える俺の妻――飛鳥(あすか)がいた。


「お帰りなさい、風真。今日もお勤めご苦労様でした」


 飛鳥は艶やかな黒髪をまとめ上げ、たすき掛けしていた。夕食の支度の最中のようだ。朗らかに微笑む彼女。それが嘘だと俺は知っている。


「……ああ、今戻った。首領からこれを頂いた。何か酒の肴になるものを準備してくれ」

「珍しいですね、兄がお酒を渡すなんて……。分かりました、すぐに準備します」


 飛鳥は大事そうに両手で受け取り、そそくさと土間へ戻っていった。その背中を見つめ、口元から息が漏れる。


 三年間、寄り添ってきたが、これほどまで彼女を意識したことはなかった。里の掟に従い、優秀な忍び同士が結婚しただけだ。恋も愛もなかった。


 彼女がどう思っているのか――初めて知りたいと思った。俺は後悔も不安も喉の奥へ押し込み、家の中へ足を踏み入れた。


 桶に湯を張ってもらい、体を拭いて居間でくつろぐ。本来なら、ここで酒を飲むはずだったが、できなかった。やがて、飛鳥が夕飯を運んで来る。


 いつもより一品多いのは、酒の肴だろう。俺が笑顔で礼を述べると、彼女は大きく目を見開いた。


「珍しいですね、あなたが礼を言うなんて」

「そうかもな。今日は難しい任務を終え、機嫌がいい」


 はぐらかすように俯いて答える。彼女がどんな顔をしているのか、見るのが怖かった。俺は碗を手に取り、飯を口に運んだ。ほのかな甘味が口の中に広がる。


「美味いな、飛鳥」


 自然と零れた言葉だった。


「本当に、どうしたんですか」


 俺は視線を上げ、飛鳥を見る。驚きながらも、優しく微笑む彼女。その姿に胸が苦しくなる。


(……本当に彼女が俺を殺したのか)


 じっと見つめていると、彼女が酒瓶を手に取る。俺は震える手を必死に抑え、盃を差し出した。


 なみなみと注がれた酒。覗き込むと、澄んでいるはずの酒面が妖しく揺れ、俺の顔を映していた。


 これは現実ではない。夢か幻だ。きっと祠の試練で吸い込んだ毒が、俺を惑わせているだけだ。そう思いながらも、酒を口に含むことができない。


 ちらりと飛鳥を見る。彼女は微笑んだままだ。その瞳には、悪意も殺意も宿っていなかった。俺は何か誤解していたのかもしれない。


 酒面に映る自分の顔を見つめ、俺は目を閉じると、一気に飲み干した。

読んでくださり感謝です<(_ _)>

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― 新着の感想 ―
転生前の風真さんっ……! 飛鳥様も素敵な名前……! からの、えぇえええええ! どうなっちゃうのか続きが気になります! 毎度ストーリー構成がお見事っ! ありがとうございます。
1話目より、リアルに深掘りされた転生前の風真さん。 果たしてこれは現実なのか?  奥さんの名前も明かされ、風真さんは再び包丁でーー。 謎が深まります。 次話も楽しみにしております╰(*´︶`*)╯…
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