331 漆黒の試練、蘇る風真
祠に入る瞬間、強く風が吹いた。魔法を使うことを禁じられ、五感を強化できない俺だったが、わずかな風の揺らぎを瞬時に捉えた。
直後、砂埃が舞い上がる――その一瞬を突き、気配を消して祠の中へ入る。誰もが視界を奪われるなか、カンゾウさんだけは俺を捉えていた。
(やはり、只者ではないな。忍びの里の首領なのだから、当然か)
ふと、前世の記憶が蘇る。あのころの俺は、任務を果たすことに夢中だった。多くの成果を上げることで、里での地位を確固たるものにし、首領にも信頼されていると思っていた。
前世の首領とカンゾウさんの姿が重なる。だが、その眼差しはまったく違っていた。冷たさと温かさ――相反するものを宿している。
必死に俺を探すフォルテへ視線を向ける。俺は眉を下げ、わずかな罪悪感を振り払うように、静かに奥へと歩を進めた。
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真っ暗な空間。思わず魔法で視力を強化しそうになる。だが、心を静め、五感を研ぎ澄ませていく。
祠の中には、俺の足音だけが響く。あえて忍ばず、普通に歩く。試練の内容は聞かされていない。ただ、奥へ進めと告げられただけだ。
罠があるのか、敵が潜んでいるのか――どちらにしろ、受けに回るしかない。ならば、早めに知っておきたい。
肩の力を抜き、自然体になるよう努める。そのとき、背後から殺気を感じた。瞬時に身を沈め、鎖鎌を振り上げる。
しかし、何の手ごたえもなく、かすかな羽音だけが聞こえた。どうやら敵が潜んでいるようだ。しかも、人間ではない。
完全に黒く塗り潰された視界では、自分の足元すらはっきりと見えない。俺は草履を脱ぎ、裸足になった。撒菱が気になったが、草履でも底は浅く、突き抜かれる。
それよりも、床から伝わる振動や、触れたときの感触をより詳細に得るほうが大事だと判断した。
俺はすり足で先へ進む。石の冷たさが足裏から伝わってくる。そのとき、親指が何かに触れた。刹那、左右から風切り音が耳元に届く。
空気の振動とわずかな音だけを頼りに、迫りくる何かを捉える。頭を下げようとし、つま先からかすかな痛みを感じた。
俺は強引に動きを止め、体をのけ反らせて頭を上げると大きく捻る。眼前を弓矢が交差し、その先では槍の穂先が天井めがけて伸びていた。
どうやらこの漆黒の祠には、罠と敵――二つが待ち構えているようだ。前世でも、ここまで過酷な試練はなかった。
視界は奪われ、聴覚と嗅覚、そして触覚だけで挑まなければならない。だが、だからこそ昔の感覚が戻ってくる。
この世界は魔法に頼りすぎていると思っていた俺も、いつの間にか同じになっていた。俺は苦笑いを浮かべ、つい頬を叩く。
そして深く息を吐き出すと、全身の神経を研ぎ澄ませ、さらに奥へと進みだした。
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すでにかなり奥まで進んだ俺は、肩から流れる血を手で押さえた。細心の注意を払ってきたが、それでも罠や敵を凌ぐことは困難を極めた。
修行不足を痛感した――そのとき、遠くでカラスが鳴いた。思わず俺は顔を歪める。闇に乗じて鋭い攻撃を仕掛けてきたのは、やつだった。
カラスと言ったが、分かっているのは鳴き声だけだ。姿は分からない。ただのカラスが、この祠の中を自由自在に飛び回れるはずがない。
やつから受けた肩の傷を見やる。深くはないが、血は止まっていない。鉄の匂いが鼻をかすめ、再び『修行不足』――その言葉がよぎる。
俺はため息をつき、全身の状態を確かめる。足裏は擦り切れて血が滲んでいるが、痛みは我慢できる。頬や手に小さな傷はあるが、こちらも問題ない。
だが、これ以上傷を負えば分からない。より慎重に進む必要がある。心を静めるため、大きく息を吸った。
その瞬間、膝から崩れ落ち、地面に手をつく。何が起きたのか分からない。混乱したまま、何度も深呼吸を繰り返す。
視界が歪み始め、手足の力が抜けていく。そこでようやく気づく。血の匂いに混じって、わずかに甘い香りが漂っていた。
すぐに口と鼻を押さえるが、手遅れだった。意識が遠のくなか、カラスの鳴き声が祠に響き渡った。
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目を開くと、森の中にいた。どこか懐かしい。俺は身を起こし、周囲を見渡す。鬱蒼と生い茂る木々。その隙間を縫うように獣道が伸びている。
(たしか俺は祠で試練を受けていたはず――)
「どうした、風真。こんなところで、ぼうっとして」
肩が跳ねる。慌てて振り返り、背に帯びた忍刀を抜いた。
「おい、おい。どうしたんだ。仲間の区別もつかないのか。新月でもあるまいし、今日は暗くないぞ」
そう言いながら、両手を上げておどける男。俺は目を見開く。そこに立っていたのは、前世の首領――武蔵。俺の妻の兄であり、親友。そして、俺を殺した男だった。
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