327 嫉妬の苦味、春風に揺れる鼓動
春休みフォルテ編です<(_ _)>
タルロスの淹れた茶を啜り、ふと窓の外へ目をやる。その刹那、何もない中庭の空間が穿たれ、そこからアークとサラが姿を現した。
どうやら初代聖女ヘレナを救い、二人だけの時間を満喫できたようだ。二人の表情を見れば一目瞭然だった。
アークはどこか新たな目標ができたのか、その目はいつになく鋭く、凛々しい。そしてサラは、まだ夢の中にいるかのようにぼうっと頬を染め、足取りもおぼつかない。
小さな窪みに躓きそうになるサラを、アークはそっと手を伸ばして支えた。彼女は耳まで赤くなり、アークの顔をまともに見られないのか、俯いてしまった。
苦笑いを浮かべるアーク。顔を伏せて恥ずかしがりながらも、そっと彼の胸元に頬を寄せるサラ。そんな二人を眺めていると、心の底から怒りの炎が燻り出す。
「タルロス、アドニス。アークたちが戻ってきたようです。急いで迎えに行ってあげて」
アークとサラから視線を外すことなく告げる。微かに扉が開く音が届き、風が入り込む。やがて中庭にアドニスが現れ、アークに駆け寄って抱きついた。
彼はサラから離れ、両手でアドニスを受け止めて抱き上げた。アドニスも見た目は十二、三歳の少年だが、いまだにアークに甘える。あるいは、愛情表現が激しいだけかもしれない。
どちらにしろ、サラからアークを引き離すことはできた。私は満足してお茶を口に含む。かすかな苦味が舌を刺激した。
だが、春風に目を細めるアークの姿が目に映り、それさえ清涼感へと変えてしまう。私に気づいた彼は笑顔で手を振り、私も微笑みながら手を振り返した。
――――――――――――
「なるほど、分かりました。私が支配していたころから、悪魔メフィストは隠れて人界に介入していたのですね。最奥に潜む悪魔たちも監視していたつもりでしたが、申し訳ありません」
すでに私とサタナルの意識は完全にひとつになっていた。アークの話を聞き終えた私の頭の中に、魔王だったころの記憶が鮮明に浮かび上がる。
ルキフェル亡き後、私は魔界の門を望む城に住まい、魔界を支配していた。人界に近いその地では、奥底に潜む悪魔たちを監視するのは難しかった。
ルキフェルとの思い出が詰まった城から離れることは、当時の私にはできなかった。光の粒子へとなり、消えていくルキフェルの姿がよぎり、胸が苦しくなる。
だが、そのせいで、メフィストやデミウルゴスという邪悪な悪魔を野放しにし、ベルゼガやリヴィアエルの暗躍を許してしまった。
奥歯をギリッと噛み鳴らし、俯く。刹那、じんわりと肩から温もりが伝わってきた。顔を上げると、アークが私の肩に手を添え、首を横に振った。
「フォルテ、君が責任を感じる必要はない。あのとき、君にすべてを押し付けた俺が悪い」
「それに私も悪かったわ。お兄様に妄執するあまり、その奥に潜む本当の邪悪な存在に気づけなかった。我が主の命令とはいえ、まずはそちらを討つべきだった」
アークの隣に立つサラが、悔しそうにミゲイルの過去を自らの言葉で語る。どうやら、サラもミゲイルとの意識の統合を終えたようだ。
――サラも『真の一体化』まで、あと少し。
思考が横道に逸れたことに気づき、頭を振る。ふと、魔界に残した民たちのことがよぎり、遠くを見つめた。
「大丈夫だよ、フォルテ。リヴィアエルがワンストの村や、その周辺に住む魔人――エジェイルたちのことは見守っているから」
星空の瞳を輝かせ、笑顔で告げるアーク。その横顔に目を奪われそうになる。
「そうですか。あの怠け者も、貴方の頼みならちゃんと働きそうですね。少しだけ安心しました」
私は魔界の最奥に棲む、この世界の異物――邪神ロキに騙されたリヴィアエルの顔を思い出し、ため息をついた。
「ぷっ、相変わらず君は彼に厳しいね。リヴィアエルも反省しているから、許してやって」
アークが無邪気に笑った。久しぶりに見せる屈託のない笑顔に、私も笑みが零れる。隣に視線を移すと、サラも微笑んでいた。
穏やかな時間がゆっくりと流れていく。かけがえのない時間に、思わず眉を下げる。そのとき、すっとタルロスが近づき、空いたティーカップにお茶を注いだ。
「そういえば、これからどうします。約束の四日間までには、あと八時間ほどありますが――」
時計の針は午後三時を少し過ぎていた。ひとり四日間、アークと共に過ごす。午前零時までは、まだ余裕があった。
「もう、真面目ね、フォルテは。私は大丈夫、もう十分に満足した。今から東洋連合国に向かっていいわよ。あっちでゆっくり休んだほうがいいでしょ?」
肩をすくめるサラ。彼女からは余裕が感じられる。どうやらアークと進展があったようだ。少し悔しいが、せっかくサラが譲ってくれた時間だ。大事に使わせてもらおう。
「ありがとう、サラ。アーク、屋敷に戻ってきたばかりで申し訳ありませんが、東洋連合国に行く準備をしてもらっていいですか?」
その言葉に目を見開くアーク。だが、彼は小さく頷き、部屋から出て行った。その背中を見送り、私も旅の準備をするため部屋へと戻った。
――――――――――――
「ここが東洋連合国か。初めて来たけど、情緒があっていいね」
春風が舞い、桜の花びらが頬を撫でる。アークをいつも以上に近く感じ、私の鼓動が早くなった。
万物変化魔法で転移した私たちは、東洋連合国の中心――帝州トウカンに来ていた。隣を見ると、アークがどこか懐かしそうに目を細めている。
「ふふ、なかなかいいですね。建物は木造ばかり。ババルニア王国とは違って、新鮮です」
私たちは街並みを楽しみながら歩いていく。すると次第に、行き交う人々から好奇の視線を浴び始めた。東洋連合国の普段着といえば着物だが、私たちは違う。
あまり目立ちたくないアークは眉を曇らせる。たしかに、二人で静かに過ごしたい私にとっても、今の状況は好ましくない。
私は近くに服飾店がないか周囲を見渡す。すると、町の人の声が耳に届いた。
「そういえば、この前は驚いたな。いきなり上空に巨大な黒竜が現れたんだからな。あんなでかくて恐ろしい竜は初めて見たぜ」
「ああ、そうだな。深紅の瞳で睨まれたときは、死ぬかと思った」
アークがこちらを向く。そういえば、万物変化魔法で移動するため、タルロスにお願いして三日前に一度来ていた。
そのときは、すぐに座標を刻んで帰ったはずだ。そんな目立つようなことはしていない。空での移動だったから、タルロスにはヘルドラゴンの姿になってもらっただけだ。
私は首を傾げる。その姿を見て、アークは口元からため息を漏らし、『呉服屋』と書かれた看板を掲げた店へ私の手を引き、足早に歩き出した。
読んでくださり感謝です<(_ _)>
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