324 白都の屋根を駆けて
俺とサラはヘレナをリュック教皇陛下に預け、大聖堂を出た。何度も引き止められたが、悪魔の暴走を許したのは俺だ。感謝を受ける資格はない。
堕天して魔界にいたころ、俺は人界への介入を禁じていた。魔界の門の近くに居城を構え、人を誑かそうとする悪魔たちに睨みを利かしていた。
だが、俺はミゲイルに討たれて、サタナルに魔界の統治を託した。その後、無責任にも永い眠りについた俺に、すべての責任がある。
教皇陛下たちがヘレナ救出を祝う宴にだけでも参加してほしいと告げたとき、サラが天使化し、神剣レーヴァテインを天に掲げた。
「いい加減にして! 私には、あと三日しかないの。アッくんとの大事な時間を邪魔しないで!」
その姿に教皇陛下をはじめ全員が膝をつき、首を垂れた。ステンドグラスから差し込む光に照らされ、神像を背に金色の翼を広げて立つサラ――。
その口から発せられる言葉は、彼らには神託そのものだった。
俺は視線を下げ、祈りを捧げるヘレナに笑みを浮かべた。彼女は視線に気づき、顔を上げた。
「これからは幸せになってほしい、ヘレナ。絶対に俺が悪魔には手を出させないから」
笑顔で告げると、彼女は顔を赤らめて小さく頷いた。
――――――――――――
なんとか教皇陛下たちから解放された俺たちは、聖都アステリアの街中を歩いている。すべての建物が白壁で統一され、美しい景観を形作っていた。
通りを行き交う人たちが足を止め、こちらをじっと見ている。俺は神聖騎士のコートを脱ぎ、普段着で普通だ。
だが、サラは聖女の正装である純白の修道服を着ている。教団の総本山――アステリア大聖堂を訪れたのだから、その格好も仕方なかった。
居心地が悪そうに眉をひそめるサラに笑顔を向ける。
「仕方ないよ、サラ。そんな格好をしていれば、見られるさ。ここは聖都だから」
そう告げて、彼女の頭をそっと撫でる。ヘレナの呪われた姿を見て、恐怖に心が折れそうになりながらも、慈愛の心で彼女を救ったサラが愛おしかった。
周囲から黄色い悲鳴が上がる。大勢の前で聖女にするべき行為ではなかった。俺はさっと手を離し、膝をついた。
「すまなかった、大聖女サラ。神に身を捧げた貴方に断りもなく、触れてしまったことを許してほしい」
首を垂れて朗々と告げ、顔を上げる。彼女は目を見開き、呆然としている。だが、周囲からの視線を感じ、サラは俺の意図を察する。
「お立ちください、私の神聖騎士アーク様。この身は神に捧げると同時に、貴方にも捧げました。触れることに何も問題はありません」
彼女はすっと手を差し出した。俺は小さく頷き、その手を取って立ち上がった。その瞬間、見守っていた人々から歓声が上がった。
「やっぱりそうよ、大聖女サラ様と、彼女を守護する騎士――アーク様よ。本当に綺麗なお二人ね」
「ああ、そうだな。美しい青空のような髪と青く輝く瞳を持つサラ様と、煌めく白銀の髪と星空のような漆黒の瞳を持つアーク様。二人が並ぶだけで、幻想的な世界に迷い込んだ気がする」
周囲から聞こえてくる言葉に眉を下げる。サラは分かるが、俺は褒めすぎだ。この世界に滅多に見ない黒い瞳が珍しいだけだ。
(……スカイやジークのほうが、よほど格好いいけど。いない人間を口にして、否定するわけにはいかないか)
だが、これで聖女に気安く触れたわけではないと伝わったはずだ。安堵の息が漏れる。そのとき、サラが俺の手を引っ張り、駆け出した。
「もう、アッくんのせいで皆が集まって来たわ。とにかく、ここから離れましょう!」
そう言いながら、頬を膨らますサラ。だが、最初から目立っていた。俺のせいではないと思うが、口に出しても意味がない。
それに人が集まってきたのは本当だ。大通りを塞ぐほどの人だかりができつつあった。俺は苦笑いを浮かべ、サラに追いつくと膝裏に腕を回して抱き上げた。
「ちょ、ちょっと、アッくん」
驚く彼女に片目を閉じて笑顔を向ける。そして、身体強化魔法を全身に施し、一気に屋根まで飛んだ。
「しっかり捕まってて。少し飛ばすから」
俺は短く告げて走り出した。その瞬間、サラは首に腕を回し、ぎゅっと胸元に顔を押し付けた。
――――――――――――
サラを抱え、屋根の上を走り抜ける。前世――忍びのころを思い出す。あのころは敵に見つからず潜伏するため、夜中の任務が多かった。
こんな青空の中、建物から建物へと飛び移り、走り回ることなど想像できなかった。得も言われぬ解放感で全身の肌が粟立つ。
忍者の性か――足音を立てず、気配を消す。視線を下げると、大通りを多くの人たちが歩いている。
だが、誰も俺たちに気づいていない。それが気持ちよかった。俺は口角が上がり、サラを抱く手に力が入る。そのとき、視界が開けた。
建物は途切れ、眼前に大広場が広がる。中央には巨大な噴水が水しぶきを上げ、綺麗な虹を描いていた。
俺は大きく踏み込み、飛び出した。足元には大勢の人が集い、穏やかな昼下がりを分かち合う。心ゆくまで言葉を交わし、くつろいだ時間を楽しんでいた。
その穏やかな光景に目を細める。次第に重力に引っ張られ、地面に吸い寄せられる。胸元でサラが小さく悲鳴を上げた。
「風壁、上昇風」
一瞬で魔法を発動し、空気の壁を足場にして、魔法で風を操った。久しぶりに使った疑似飛翔魔法。俺は思う存分、大空を駆け巡り、聖都の景色を堪能した。
読んでくださり感謝です<(_ _)>
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