318 金平糖と晒し首
サラとミザリーに詰め寄られ、戸惑うアークを見た僕は、すぐに助けに向かおうとした。そのとき、タルロお姉ちゃんが肩を掴んだ。
不思議そうに振り返ると、お姉ちゃんが微笑みながら耳打ちした。
「アド、あれは愛情表現のひとつだから、放っておくのが一番だ。それより屋敷に戻って、お茶の準備を手伝ってくれないかな。フォルテ様がきっとお土産に美味しいお菓子を買ってきてるはずだから」
優しく語りかけるお姉ちゃんに僕は何度も頷く。レーヨンの町は聖竜に生まれ変わった直後、少し寄っただけであまり覚えていない。
だけど、アークに抱かれて町中を歩いているときに見かけた小さな星型のお菓子のことは、はっきりと覚えている。
(確か東洋連合国の砂糖菓子で「金平糖」って言ってなかったっけ……?)
小さな瓶に入ったそのお菓子のことを思い出して、期待で胸が膨らむ。思わずシロを抱く手に力が入る。
「ガウッ!」
抗議の鳴き声を上げるシロに笑顔で謝ると、お姉ちゃんが半目で睨んだ。
「ふん、貴様は仮にも五大邪竜だろ。こんなことで鳴くな。情けない」
だけど、シロは気にした様子もなかった。前足を舐めて自分の顔をごしごしと擦り、小さく欠伸をして目を閉じた。
その姿に僕は口元を綻ばせる。お姉ちゃんは小さくため息をつき、大通りで町の人たちを避難させていた神殿騎士のおじちゃんたちに視線を向けた。
「おい、お前たちも屋敷に戻れ。もう危険はない。あとはアークに任せておけ!」
お姉ちゃんの言葉に、彼らはびくりと肩を揺らした。そして、おずおずと振り返り、お姉ちゃんをじっと見る。
なぜか、おじちゃんたちは懸命にアークたちを視線に入れないようにしていた。僕は首を傾げ、見上げると、お姉ちゃんは彼らに向かって無言で頷いた。
二人も頷き返し、駆け足でアークたちの横を通り過ぎ、そそくさと屋敷に戻っていった。
「おじちゃんたち、門番の仕事はいいのかな?」
思わず呟くと、シロが「ガウッ」と同意する。だけど、お姉ちゃんは口角を吊り上げるだけだった。
とりあえず早くお土産のお菓子が食べたかった僕は、とくに気にしないことにして、お姉ちゃんと一緒に屋敷へと歩き出した。
後ろでは、いまだにアークがサラとミザリーに詰め寄られ、激しく肩を掴まれて揺らされていた。
◆
「俺が悪かったよ、ミリー。許してくれ」
俺はそっと後ろから腕を回してミリーを抱き寄せた。
「わ、わかったにゃ、アーたん! でも、あと一回頼むにゃ」
彼女は俺の腕をがっちりと掴み、目を輝かせてこちらを向いた。その顔は真っ赤に染まり、頭の獣耳がぴくぴくと動いている。
(……そんなに恥ずかしいなら、もういいんじゃないかな)
だが、口にはしない。無駄だと分かっているから。そっと視線を上げる。そこには順番を待つフォルテとサラがいた。
そして、周囲を見渡す。大通りを行き交う女性たちは頬を染め、男性たちは嫉妬を込めた視線を投げかけた。
思わず唇を噛んで俯いた――その瞬間、前世の記憶が蘇る。任務に失敗した里の仲間が「晒し首」にされたときのことだ。
あのときは俺も捕らえられた。だが、苛烈を極めた拷問にも耐え抜き、命からがら逃げることができた。助かった俺に棟梁はこう言った。
『よくぞ、無事だった。だが、お前でも心を攻められていたら、危なかったな』
まさしくその通りだと思う。ぐいぐいと顔を近づけてくるミリーを見つめながら、心の中で何度も頷いた。
「いいかげんにして、ミザリー。あとが控えているの!」
「そうですね、もう十分です。これで五回目ですよ」
後ろに並ぶサラとフォルテが声を上げる。あと二人にも同じことをするのか――そう思った瞬間、心が折れそうになる。
正直、十王の遺跡の探索のほうが楽だった。今も魔物の群生地アクラドで訓練しているスカイが羨ましく思う。
現実から逃げるようにスカイたちのことを思い出し、春を告げる鳥たちが飛び交う大空に目を細める。
「空なんか見ずに私を見るにゃ~~」
すぐに現実に引き戻され、再び心が折れそうになる。ミリーをじっと見つめ、目に涙が滲む。すでに限界だった。
「ごめん、ミリー。もう無理だ。少し休ませてくれ」
悲しげに告げて彼女の頭を優しく撫でると、オレンジ色の獣耳がぺたんと折れた。さすがにミリーも悪いと思ったのだろう。
ようやく解放される――そう思い、そっと彼女から離れて背を向け、歩き出した。そのとき、ぐいと袖を掴まれた。
「そんなアーたんも好きにゃ~~!」
振り返ると獣耳をぴんと立て、今にも飛びかからんとするミリーを、サラとフォルテが必死に抑えていた。
その光景に腰から崩れ落ちそうになる。だが、奥歯を噛みしめて耐えると、逃げるように屋敷へと駆け出した。
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