313 再会を祝福する風
十王の遺跡前の野営地で一泊した俺たちは、レーヨンの町に向かう準備を始めた。町の入口に座標を刻んでいた俺は、万物変化魔法で場所を繋ぎ、空間を穿つ。
「じゃあ、ここでお別れだな、ライデン、スカイ」
ガリュウがライデンさんに笑顔を向ける。彼らは第3師団の人たちと一緒に帰ることを選んだ。
魔物群生地アクラドの最奥にある『十王の遺跡』からレーヨンは遠く、多くの魔物たちが潜んでいる。精鋭が揃う第3師団だが、万が一があるかもしれない。
二人が心配するのも無理はない。俺が眉をひそめると、スカイが声をかける。
「気にするな、アーク。いくらお前でも、これだけの人数が通るほどの大穴を空間に作ることは不可能だ。それは十分に分かっている」
「そうだ、それにここには強い魔物がうじゃうじゃいる。こいつらのいい訓練になる」
そう言いながら獰猛に笑うライデンさんに、第3師団の人たちは顔を青ざめる。その様子にスカイは苦笑いを浮かべ、ガリュウを見つめる。
「ガリュウ、俺たちはここで訓練しながら戻る。そのあと、俺は王都ワストに寄るつもりだ。そのとき、時間を貰えるか?」
「もちろんだ。ともに試練を乗り切った仲間だ。いつでも会いに来てくれ。リリノイアも喜ぶ」
ガリュウは笑みを深め、手を差し出すと、スカイも笑顔で握り返した。そんな二人に目を細めると、サラが声をかける。
「もう、いいでしょ。早くリリーナさんをベアモンドさんのもとまで送り届けるわよ。ガリュウも早く帰って、レオン陛下に十王すべて討伐したことを伝えないといけないでしょ」
腰に手を当て、頬を膨らます彼女に苦笑いを浮かべる。リリーナさんも、まだこの軽妙なやり取りに慣れないのか、眉をひそめて困惑している様子だった。
「サラの言う通りですよ。それにいつまでも空間を繋げておくわけにはいかないでしょう。いくらアークの魔力が増えているとはいえ、無駄はよくないです」
リリーナさんの隣に立つフォルテは、俺の胸元をじっと見つめながら呟く。おそらく心臓の横にできた臓器――魔核を見ている。
この臓器は魔族しか持ちえない魔力を生み出す特別なもの。『神性体』へと変化しつつある俺に突然できた。
理由は分からないが、堕天したことが影響しているのかもしれない。思考の海に沈みかけたとき、ガリュウが声を上げた。
「そうだな、これが今生の別れじゃないんだ。すぐに会える。別れは言わない。じゃあ、またな!」
そう言うとガリュウはライデンさんたちに背を向け、レーヨンへと続く大穴へと駆け出した。その姿に笑みを零すと、俺たちも荷物を抱え、静かに歩き出した。
空間を穿つ奈落に足を踏み入れようとしたそのとき、春風が頬を撫でた。
それは旅の終わりを告げ、リリーナさんとベアモンドさん――二人の再会を祝福する先触れのように感じられた。
◆
久しぶりにリリーナの夢を見たせいか、いつもより早く起きた俺は、少し遠回りして冒険者ギルドに向かった。
相変わらず、朝は死んだように静かだ。宵越しの金を持たない冒険者たちが、昨夜の狂乱を飲み込んで泥のように眠っているからだ。
路地にはまだ安酒の匂いが漂い、軒を並べる道具屋や武器屋も今はまだ眠りの中にある。
――開いているのは、生活の糧を稼ぐ住民たちが通うパン屋や飯屋ばかりだ。
変わらぬ風景だが、なぜか新鮮に感じる。いつもより色鮮やかに見える街並みを眺めながら歩いていると、町の入り口に辿り着いた。
(……周りばかりに気を取られ、道を間違えたらしい。俺らしくもない)
苦笑いを浮かべ、門を警備する冒険者に声をかけようと足を踏み出したそのとき、いきなり空間が捲れ、大穴が現れた。
咄嗟に腰に差した短剣を抜いて身構えると、オレンジ色の髪をなびかせ、ガリュウ殿下が飛び出してきた。
「おっ、久しぶり……でもないか。ベアモンド、一週間ぶりだな。どうして、お前がここにいるんだ?」
そっくりそのまま言葉を返したかったが、大勢の人がいる前で普段のように話すのはまずい。俺は膝をつき、臣下の礼をとる。
「おはようございます、ガリュウ殿下。それで、これはどういったことでしょうか? いきなり空間が裂けて、殿下が出てきたのですが――」
次の瞬間、空間の裂け目からアークが現れ、目を見開く。さらに次々と人が出てくる。大聖女サラ様に、ババルニア王国の第五王女フォルテ殿下、そして、最後に――。
俺は言葉を失う。傍らにガリュウ殿下がいることも忘れ、弾かれたように立ち上がると、眼前の女性を凝視した。
艶やかな白髪と、深紅に輝く瞳。凛とした鼻梁に、強い意志を宿した眉目。見間違えるはずがなかった。
夢にまで見た最愛の女性――リリーナが、目の前で穏やかに微笑んでいた。涙で視界が滲む。まだ、俺は夢から覚めていないのかもしれない。
だが、もし夢なら、このまま覚めないでほしい。零れる涙も拭わず、俺は神に祈った。そんな俺に、リリーナはそっと手を伸ばし、涙をすくう。
「老けたわね。髭なんか生やして、似合わないわよ」
その声は紛れもなくリリーナだった。俺は口を開こうとするが、嗚咽が邪魔して言葉が出ない。彼女は困ったように笑い、涙を浮かべた。
「その首飾り、ずっと持っていてくれたのね。嬉しい、ありがとう。また、あなたに会えた――ただいま、ベア」
何も言えないまま、ただ溢れる涙を止められない俺を、リリーナはそっと包み込むように抱きしめた。
二十年の歳月を超えて伝わるその柔らかな温もりだけが、目の前の彼女が幻ではないことを、俺の心に刻みつけてくれた。
読んでくださり感謝です<(_ _)>
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