312 人として生きる
アークと共にテントに入った俺は、ライデンさんに手招きされ、隣に座らされた。そして、ガリュウに詰め寄られる姿を眺めていた。
そのとき、リリーナさんが声を上げ、なぜ自分が生きてるのか尋ねた。ライデンさんは頭を下げ、これまでの経緯を説明し始めた。
目を閉じて黙って話を聞いているリリーナさんを、俺はじっと見つめる。
「――というわけで、聖魔法で貴女の肉体を復活してもらい、俺の中にいた不死鳥を渡して、その魂を再生してもらったんだ」
ライデンさんが話し終えると、部屋が静寂に包まれる。さっきまであれほど怒りを露わにしていたガリュウも、沈痛な表情を浮かべている。
そんな中、口を開いたのはリリーナさんだった。
「……そうなのね。ライデンさんだったかしら、私を生き返らせてくれて、ありがとう。それで、ひとつ聞きたいのだけど、ベアモンドたちは無事なの?」
リリーナさんが真剣な表情で尋ねた。確かに彼女にとって、身を挺して守った最愛の人の安否は最も重要なことだ。自然とガリュウに視線が集まる。
「ああ、無事だ。ベアモンドは生きている。それに親父――レオンも獣王の試練を終え、ちゃんと獣王になった。すべて貴女のおかげだ、ありがとう」
そう告げ、ガリュウは立ち上がると深々と頭を下げた。その姿を、リリーナさんは目を細めて見つめる。
「……そう、無事だったのね。よかった。それと君、もしかしてレオンとカナリアの子供?」
「そうだ。俺はガリュウ。二人の子供で王太子だ。そして、獣王の試練を受けに、ここまで来たんだ」
リリーナさんは悲しげな表情を浮かべ、小さく息を吐く。その意味が分からず、首を傾げると、ライデンさんが小さな声で呟く。
「よく考えろ、スカイ。ガリュウの姿はどう見ても二十歳前後だ。それだけの年月が流れたことを、彼女は実感したんだ」
その言葉に息を呑む。俺も転生を繰り返し、そのたびに時代が進み、孤独を味わってきた。
二十年という月日は彼女にとって長かった。『これから』を取り戻すには――。誰もがそれに気づき、沈黙が満ちる中、口を開いたのはサラだった。
「安心してください、リリーナさん。今もベアモンドさんは独身です。ずっと貴女だけを想って生きてきました。きっと、大丈夫です。二十年の歳月なんて、すぐに埋まります。そして、大事なのは過去ではなく、『これから』です」
サラが微笑み、小さく頷くと、隣に座るアーク、フォルテも同じく大きく頷く。そして、ガリュウは席を立ち、リリーナさんのもとに向かい、懐に手を入れた。
「これが貴女の墓にあった。遺品として持ち帰るつもりだったが、貴女からベアモンドに渡してくれ」
そう言いながら、差し出されたガリュウの掌には、青いハート型の首飾りがあった。二十年という歳月が嘘のように、一点の曇りもなく輝いていた。
リリーナさんは震える手で受け取ると、胸元で硬く握り締め、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。溢れ出したのは叫びに近い――剥き出しの泣き声だった。
テント内に響き渡る彼女の声は、生還の喜びを通り越し、自分を待ち続けてくれた男への、痛いほどの感謝に満ちていた。
◆
泣き崩れるリリーナさんを見つめる。誰も声を出すことなく、彼女の声だけがテントの中に響き渡る。
やがて彼女は泣き止む。だが、目は真っ赤に腫れ、会話ができる状態ではなかった。俺がサラとフォルテに目配せすると、二人はすっと立ち上がった。
「リリーナさん、少し休憩しましょう。まだ、体調も万全ではないかもしれません」
そう言いながら、サラは彼女の肩にそっと手を置くと、フォルテが膝をつき、リリーナさんに優しく語りかける。
「そうですね、あとのことはアークたちに任せてしまいましょう。それよりも今は休んでください。せっかくの綺麗な顔が台無しですよ」
その言葉に彼女は小さく頷き、静かに立ち上がった。サラとフォルテはリリーナさんを支え、テントから出ていく。
俺の横を通り過ぎるとき、微かに彼女の声が届いた。
「……早く会いたい」
息を呑み、目頭が熱くなる。思わずリリーナさんのほうに視線を向けると、サラとフォルテと視線が重なり、二人とも小さく頷いた。
早く話し合いを終え、一刻も早く、彼女をベアモンドさんがいるレーヨンに送り届ける。そう決意し、ライデンさんとガリュウを見つめる。
二人もそのことは重々承知のようだ。真剣な面持ちで頷くと、俺はライデンさんを見やる。
「それでライデンさん、どうして不死鳥の力を手放してまで、リリーナさんを救ったんですか?」
ガリュウもリリーナさんを見て気持ちは落ち着いているが、いつ感情が爆発するか分からない。だから、代わりに俺が問いかけた。
その意図を察したライデンさんは、肩をすくめると、真剣な表情で口を開いた。
「……この面子ならいいか。誰にも言うなよ。これは命令だ、わかったな」
静かに発した言葉だったが、どこか有無を言わせない迫力があった。さすが我が国随一の精鋭が揃う第3師団の団長だ。
ガリュウ、スカイ、俺――三人が頷くと、ライデンさんは苦笑いを浮かべながら答えた。
「理由は簡単だ。不死鳥の力は俺にはデカすぎる。それに『神性体』って、よく分からない者に変化しようとしていたし、できれば手放したかったんだ。彼女の墓でサラから魂が残っていると聞いたとき、思いついた」
おどけるように告げるライデンさんに、全員が目を丸くする。さきほどまでの張り詰めた空気は霧散する。ただ、ガリュウだけはすぐに眉間に皺を寄せる。
「ふざけるな、ライデン。そんな理由で不死鳥の力を手放したのか」
再び緊張が走る。だが、ライデンさんはガリュウの鋭い視線を真正面から受け止め、小さく首を振った。
「そんな理由で、か。俺にとっては重要なことなんだがな……」
ライデンさんは視線を落として呟く。そして、顔を上げてはっきりと言い放った。
「ガリュウ、俺は今年の夏、リンダと結婚する。彼女はただの人間だ。そして、寄り添うべき相手も人間じゃなきゃ駄目なんだ。不老不死の肉体なんて邪魔なだけだ。俺はリンダと年を取り、ゆっくりと老いていきたい。その時間こそが、俺にとって一番大事なんだ」
ライデンさんは言い終えると、大きく息を吐いた。その姿は柄にもないことを言ってしまい、疲れているように見えた。
思わず俺が笑みを零すと、ガリュウが口を開いた。
「……確かにそうだな。人として愛する者と人生を歩みたい、か。当然の望みだ。すまなかった、ライデン。俺が浅慮だった。だが――」
「ああ、リリーナさんのことだろ。大丈夫だ。不死鳥も彼女の魂を修復するのに、かなりの力を使ったらしい。力が戻るまで百年以上は必要だ。さすがにその間に彼女も寿命が来るだろう。そうなれば、自然と彼女から離れ、神界に戻る――そう言っていた」
すべてお見通しと言わんばかりに言葉を重ねてきたライデンさん。そんな彼を半目で睨むガリュウ。俺とスカイは、思わず吹き出してしまった。
テントを満たした笑い声が互いの肩を叩くように響き合い、ようやく誰もが心の底から緊張を解いた。
その屈託のない声こそが、長く険しかった獣王の試練が本当に幕を閉じたことを告げる――何より確かな合図だった。
読んでくださり感謝です<(_ _)>
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