311 リリーナ・アクオス
俺は目の前に立つ兎族の女性をじっと見つめる。白く艶やかな髪は腰まで伸び、その頭にはぴんと立つ二つの長い獣耳――リリーナさんにそっくりだった。
慌てて懐に仕舞ったハート型の青い首飾りを取り出し、留め具を外して開いた。内側には若いころのベアモンドと、白髪に赤い瞳の美しい女性――リリーナさんが描かれている。
俺はペンダントに描かれたリリーナさんと、目の前に立つ女性を見比べ、小さく呟く。
「……まさか、リリーナさんなのか?」
俺の問いかけに、目の前の女性は首を傾げた。その様子に息を呑む。俺の勘違いなのか、そう思いかけたとき、彼女は口を開いた。
「えぇ、私はリリーナ。君は誰なの? たしか私は十王の遺跡で死んだはずじゃ……」
その言葉に絶句する。本当にリリーナさんだった。なぜ、彼女が目の前にいるのか、理由が何も分からない。もしかしたら、幻かもしれないし、仮初の命かもしれない。
だが、今まさに俺と会話をして立っている。何が起きたのか――自然とライデンに視線を向けると、彼は肩をすくめて答えた。
「上手くいってよかったよ。不死鳥の宿主をリリーナさんに譲ったんだ。なかなか出ていこうとせず、少し手こずったが、何とか説得できた」
厄介払いできて、せいせいしたと言わんばかりのライデン。その言葉に再び絶句しつつ、じっと見つめる。
確かにライデンから神気は消え、内に秘めた圧倒的な生命力を感じることができない。代わりにリリーナさんから強い神気と魂の波動を感じる。
不死に近い肉体を得て、神気まで扱えるようになったライデンだったが、それをいとも簡単に手放し、リリーナさんに譲った――感謝するが、納得できない。俺は声を荒げる。
「ライデン、お前はそれでいいのか!? せっかく得た不死鳥の力を簡単に渡してしまって! 感謝するが、俺は、いやベストレア獣王国としても、それに見合うだけの褒美なんてないぞ!」
睨みつける俺に、ライデンは眉を曇らせ、両手を上げる。そして、小さく首を横に振りながら答える。
「ガリュウ、別に俺は何もいらない。あえて言うなら、ガロン陛下に俺の休暇申請に口添えしてくれ」
「ふざけるな、ライデン! そんなことでいいわけないだろうが!」
激しく詰め寄る俺に、ライデンはますます困惑した表情を浮かべる。その姿になぜか怒りが込み上げてきた。そのとき、アークが俺とライデンの間に割って入った。
「落ち着いて、ガリュウ。君の気持ちも分かる。だけど、ライデンさんにも、ちゃんと理由があると思うんだ」
アークは穏やかな口調で俺を落ち着かせると、リリーナさんに視線を向ける。
「少し落ち着いて話をしたいんですが、大丈夫ですか、リリーナさん?」
優しく問いかけるアークに、リリーナさんは頬を染めて頷く。その様子を見ていたフォルテが、そっとアークに近づいて目を隠すと、サラがカバンから取り出した毛布をリリーナさんに掛けた。
その光景を苦笑いを浮かべて見ていたライデンが、全員に向かって声を上げた。
「とりあえず、もう十王の遺跡には用はない。悪いが、アーク。すぐに遺跡の出口まで繋いでくれ。出口には俺の配下が待機している。それに野営地もある。続きはそこで話そう」
ライデンの声が三王の玉座の間に響き渡ると、フォルテから解放されたアークが手をかざした。
その瞬間、空間が捲れ、その先にライデンの部下――第3師団の兵たちの姿が見える。
目を見開き、こちらを見つめる彼らに、ライデンは笑みを浮かべると、真っ先に穿たれた大穴へ入っていった。
◆
俺がつくった遺跡の出口へと繋がる大穴に全員が入ると、俺も続き、十王の遺跡を後にした。
久しぶりに本物の空を見上げ、太陽の光を思う存分に楽しむライデンさんたち。その姿に笑みを零すと、スカイと視線が重なり、肩をすくめ合う。
俺たちは十王との戦いで、一時的に外に出ていたため、そこまで感動はなかった。とはいえ、戦いの最中――じっくりと外の空気を味わう余裕はなかった。
俺も大きく息を吸い込み、目を閉じて春風を全身で感じていると、ライデンさんの声が届く。
「おい、テントに入って、話の続きをするぞ。それと、お前たちは少し離れて警備しておいてくれ。テントの中の内容は最重要機密だ。絶対に聞くなよ」
第3師団の兵たちに指示を出したライデンさんは、足早にテントへと歩き出した。俺たちもその後に続く。
だが、ガリュウだけは険しい顔を崩すことなく、ライデンさんを睨んでいた。
――――――――――――
俺たちがテントに入り、テーブルに座るや否や、ガリュウがライデンさんを問い詰める。
「それでどういうつもりだ、ライデン。なぜ、不死鳥の力を手放した」
睨みつけるガリュウに苦笑いを浮かべるライデンさん。彼が口を開こうとしたとき、リリーナさんの声が届く。
「ごめんなさい、ちょっといい? なんで私が生きているのか、それにここはどこで、君たちは誰なのか――教えてもらえないかしら?」
俺は眉を下げる。たしかに彼女のことを忘れていた。いきなり生き返り、周りには見知らぬ人ばかり。今までずっと質問せずに様子を窺っていたようだが、限界にきたらしい。
俺は何と説明してよいか分からず、首を捻る。そのとき、ライデンさんがリリーナさんに向かって深々と頭を下げた。
「すまない、リリーナさん。何も分からない貴女のことを放っておいて。今から話すから、聞いてほしい」
ライデンさんはそう告げると、これまでの経緯を話し始めた。
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