310 墓前の赤い光
俺たちは白亜の会堂で一息つくと、すぐに出発した。当初は遺跡の出口に刻んだ座標を使い、万物変化魔法で瞬時に帰還する予定だった。
だが、三王の玉座の間にベアモンドさんの妻――リリーナさんのお墓がある。十王すべてを討伐したことを報告し、遺骨や遺品を持ち帰らなければならない。
俺たちはガリュウを先頭に歩き出した。ただ、スカイだけは疲労が激しかったため、青き雄牛に姿を変えた牛頭天王――ゴズに乗ってもらった。
はじめはスカイは自分も歩くと主張したが、つぶらな瞳で見つめるゴズに何も言えなくなり、渋々了承した。
ゴズに跨るスカイを隊列の真ん中に配置し、俺たちは慎重に歩き続ける。だが、魔物に遭遇することもなく、罠が発動することもなかった。
遺跡を支配していた十王がいなくなったおかげかもしれない。そんなことを考えながら進んでいくと、三王の玉座に到着した。
ここの支配者だった三脚のケンタウロス――サリオがもつ異能「現象絵具」の効果は消え、草を模した紙屑が床に散乱している。
――草原に塗り変えられていたころの面影はなかった。
俺が周囲を見渡し、リリーナさんのお墓を見つけると、全員で向かった。盛り土の上に大きな石が置かれ、文字が刻まれている。
<リリーナ・アクオス。ここに眠る>
自然と全員が目を閉じて両手を胸の前で組んだ。静かに時間が流れる。やがて目を開くと、サラが口を開いた。
「まだ、ここにリリーナさんの魂を感じるわ。ガリュウ、浄化してもいい? 彼女を天国に送り届けたいの」
その言葉に、誰もが周囲を見る。だが、何も感じることができない。自然とサラに視線が集まると、ライデンさんが口を開いた。
「サラ、ちょっと浄化は待ってくれ。試したいことがあるんだが、ガリュウ、いいか?」
今度は全員がライデンさんを見る。サラも何が目的か分からず、首を傾げる。誰も意図が読めず、沈黙が落ちる中、ガリュウは頷く。
「わかった、ライデン。それで何をするんだ?」
「ありがとう、ガリュウ。悪いが、墓から遺骨を出したい。みんな、手伝ってくれ」
思わず目を見開く。だが冷静に考えれば、遺骨や遺品を持って帰るつもりだったのだ。別に驚くことはなかった。苦笑いを浮かべると、スカイと目が合う。
彼も俺と同じく驚いたようだ。お互いにばつが悪そうに眉を下げた。そんな俺たちにライデンさんは、カバンからスコップを取り出して手渡した。
「スカイ、アーク、力仕事は任せた。急いで掘ってくれ」
俺はともかく、スカイは疲れている。俺がひとりで掘ろうとしたとき、ガリュウがスカイからスコップを奪った。
「スカイは休んでいろ。これは俺の仕事だ」
そう言いながらガリュウは石の下に手を伸ばすと、青いハート型の首飾りを取り出し、そっと懐に入れた。リリーナさんの形見だ。
俺はガリュウに並び、墓標を持ち上げて盛り土の隣に置くと、黙とうを捧げ、丁寧に掘り始めた。
◆
俺たちが見守る中、アークとガリュウは掘り進めていく。やがて布に包まれた物体が現れた。
アークとガリュウがそれを持ち上げ、俺とライデンさんが受け取り、床にゆっくりと置いた。
全員がその物体を囲み、視線を落とす。中にはリリーナさんが眠っているはずだ。サラが膝をつき、そっと布をめくると、真っ白な骨が見えた。
誰もが沈痛な面持ちとなる。俺は目を閉じ、もう一度、冥福を祈る。重い空気が流れる中、ガリュウがライデンさんに尋ねる。
「それでライデンが試したいこととはなんだ?」
その言葉に、再び全員がライデンさんを見る。その様子に苦笑いを浮かべると、ライデンさんはサラを見て手招きをする。
訝しげな表情を浮かべるサラだったが、ライデンさんのもとへ歩いていくと、耳打ちされる。その瞬間、彼女は目を大きく見開いた。
「ねぇ、スカイ。ライデンさんは何をするつもりなのかな?」
いつの間にか隣に立ったアークが、小さな声で問う。だが、いくら俺がライデンさんの弟子とはいえ、分かるはずがなかった。俺は肩をすくめ、首を横に振った。
「さぁな、悪いが、俺にも分からん。だけど、このまま待っていれば、いずれ分かるだろ」
そう言ってガリュウに目配せをする。こいつも俺に尋ねたそうにしていたので、念を押しておく。俺はライデンさんとサラに視線を戻した。
サラは白竜の杖を両手に持ち、目を閉じた。その瞬間、背中に青みがかった金色の十翼が広がる。
天使化したサラは、膨大な神気を白竜の杖に込め、杖先を白い布に包まれたリリーナさんの遺骨へ向けた。
(まさか、生き返させるつもりか!)
俺は言葉が出ず、サラを見つめると、ガリュウが叫んだ。
「おい、サラ! いくらなんでも蘇生は無理だ。白骨化し、肉体がないんだ。何を考えているんだ!」
確かにその通りだ。蘇生には莫大な魔力、もしくは神気が必要だ。加えて成功率はごく僅か。死後の時間が経つほど、可能性は低くなる。
いくら運命と命を司る白竜の権能を帯びた杖を持ち、熾天使の力を持つサラでも不可能だ。眉をひそめて彼女を見ると、隣に立つライデンさんが橙色に揺らめいていた。
不死鳥の力を発現して『神性体』となったライデンさんは、白い光に包まれたリリーナさんの亡骸に優しく触れた。
直後、強烈な赤い光が部屋中を覆い、俺は目を閉じてしまう。かすかに不死鳥の鳴き声が聞こえた気がした。
やがて光は収まり、瞼を上げる。まだ、網膜は焼かれ視界は霞むが、目を擦りながら周囲を見渡す。すると、女性の姿を捉える。
輪郭はぼやけているが、サラでもフォルテでもなかった。彼女たちよりも背が高く、その頭にはぴんと伸びた獣耳があった。
獣人だと思うが、なぜここにいるのか分からない。もしかしてガリュウを心配して、ベストレア獣王国の兵が駆け付けたのだろうか。
俺はさらに目を細め、見覚えのない女性の影を凝視する。そのとき、ガリュウの声が届いた。
「……まさか、リリーナさんなのか?」
その瞬間、視界が晴れ、真っ白な髪を腰まで伸ばした美しい獣人の女性が、微笑みを浮かべ、立っていた。
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