307 太陽を斬る
俺は粉々に砕かれ、草原に広がる砕けた氷を見下ろす。それは完全なる魔物の王――十全の十王の亡骸だった。
右手に持つ紺碧の戦鎚ゴズが勝利を喜び、歓喜に震える。身に纏うバハムートは、当然の結果だと言わんばかりに静かに神炎を漂わせるだけだった。
隣を見ると、いつのまにかアークが並び、同じく草原を覆う砕けた氷を眺めていた。
「お疲れ様、スカイ。神気のほうは大丈夫?」
その言葉に苦笑いを浮かべる。さすがはアークだ。幾億年ぶりに神竜バハムートと『合神』した俺は、肉体も精神も疲弊していた。
「あぁ、実はもうそろそろ限界だ。悪いが、すぐに地上に戻りたい」
正直に伝えると、アークは苦笑いを浮かべ、地上へ向けて飛翔する。俺もそのあとに続き、やがて草原の上に降り立った。
辺り一面に広がる砕けた氷のせいで、周囲に冷気が漂っている。俺は視線を上げ、燃え盛る太陽を、目を細めながら見つめる。
(このまま放っておいても自然に溶けてしまうだろう。だが――)
俺は最後の力を振り絞り、一気に神炎を解き放つ。すると、背中に浮かぶ日輪が水平に傾いて広がると、草原に散乱した氷塊を一瞬で溶かし、浄化した。
その様子を眺め、安堵の息を吐いた俺は合神を解除する。その直後、草原を覆うほどの巨大な日輪も、金色の粒子となって霧散した。
右手を見つめる。手元には槍へと姿を変えたバハムートが収められ、傍らには青き雄牛へと戻った牛頭天王――ゴズがいた。
「バハムート、お前も竜の姿に戻っていいんだぞ」
その言葉に神槍バハムートの柄が震える。
<いいえ、お断りいたします。ようやく巡り合い、その力と記憶を取り戻されたのです。今はただ、武器として貴方様の傍に……>
苦笑いを浮かべる。たしかに幾億年ぶりの再会だが、あと一年も満たないうちに、俺は天界へ還ることになる。そうすれば、一緒にいられる。大げさではないだろうか。
<そうです、ウリガル――いえ、スカイ様。バハムート殿の言う通りです。傍にいて御遣いすることを許してください>
隣に立つ牛頭天王も、つぶらな瞳を潤ませて懇願する。
「いや、ゴズ。お前は東洋連合国の自分の社へ戻れよ。斉天大聖もいなくなって、あっちの国は混乱しているらしいんだ。しっかり守護してやれ」
俺がため息交じりに告げると、青き雄牛は大きく目を見開き、動かなくなる。そんなに動揺するとは思わず、眉を下げる。
「スカイ、牛頭天王をどうするかは、あとにしよう。フォルテの母――ホノカ様に相談したほうがいい。あの方は、東洋連合国の王女だったんだから、あっちの事情にも詳しいと思う」
アークが苦笑いを浮かべて隣に並び、うなだれる牛頭天王に向け、片目を閉じて見せる。
――おそらく、この感じだとこいつも付いてくることになる。俺はため息を堪え、尋ねる。
「……分かった、とりあえず、この件は後回しでいい。それよりもアーク、すぐに戻るか?」
たしか十王の玉座の間である、この広大な草原に入ったとき、アークは座標を刻んだと告げていた。
ならば、すぐに万物変化魔法で空間を穿ち、十王の遺跡のその最奥にある四天王の間と、この場所を繋げることも可能なはずだ。
じっとアークを見つめると、眉をひそめ、小声で呟く。
「……少し待ってほしい。さっきから視線を感じるんだ」
その瞬間、白銀の翼をはためかせ、一気に上昇する。そして、太陽を目がけて突き進み、ナナシを振り抜いた。
一閃。太陽が真っ二つになる。俺は信じられない光景に目を見開く――と同時に、二つに斬られた太陽は落ち、その向こうから陽光が差し込む。
ようやく俺は気づく。太陽に偽り、巧みに身を隠して俺たちと十王の戦いを見ていた存在がいたことに――。
激しく燃える太陽に目を細め、視線を落とす。ガラスのような球体は二つに割れて転がっていた。
俺は神槍バハムートを構え、じっと透明の球体を見つめると、上空から戻ってきたアークが隣に降り立ち、切っ先をそれに向ける。
「お前が、十王の遺跡の魔物たちを作り変えたのか?」
冷たく言い放つアーク。その言葉にわずかに震えた球体は、ドロッと溶けて一つになると、スライムのような半透明の流動体へと変わる。
その体にはいくつもの目が瞬き、中央に山羊の頭蓋骨が浮かぶ。あまりにも不気味な姿に全身が泡立つ。
「はい、そうです、そうですとも、ルチーフェ様。さすがですね、私の存在に気づくとは。それと手術をしたのは私ですが、改造を施したのは別の悪魔です。とはいえ、初めまして、私は魔界の名医メフィストと申します」
体中に付いた目が一斉にこちらを向き、山羊の頭蓋骨がカクカクと顎を動かして告げる。
どこか人を馬鹿にした態度に怒りを覚える。だが、アークは氷のような視線を向けたままだ。
「そうか、お前がこの遺跡にいる魔物たちを、あんな姿に変えたんだな。それで目的は何だ?」
おぼろげに浮かぶナナシの切っ先がわずかに揺らめく。アークも表情にこそ出していないが、このふざけた悪魔――メフィストに怒っていた。
「いやいや、大した目的ではないのです、闇の救世主様。あるお方たちの依り代を作ろうと実験をしていただけです。なかなか強大な力を持つ方たちなので、そこらへんにいる魔物や魔獣では耐えられないのです。いやはや、困ったものです。本当に困ったものですとも」
どこまでも人を馬鹿にした言葉。俺は神槍バハムートを握る手に力が入る。隣に立つ青き雄牛――牛頭天王も、角を突き出し睨んでいる。
一触即発の雰囲気の中、アークは一歩踏み出し、メフィストに近づく。
「それで、その方とは誰だ?」
静かに告げた言葉だったが、そこには極寒の響きがあった。アークの怒りを感じて、背筋が冷える。
「それはお答えできません。ええ、できませんとも! 我々を見限り、神界に戻ろうとする貴方様にはね。それとも、再び魔界に戻り、私たちを導いてくれますか、闇の救世主様?」
アークの怒りに気づいていないのか、メフィストは陽気に尋ねる。もちろん、その態度に好感を感じることはなかった。
俺がアークに視線を移した瞬間、剣閃が走った。半透明の体に浮かぶ山羊の頭蓋骨が真っ二つになり、地面に落ちる。
「そうか、ならもういい――死ね」
アークは地面に転がる頭蓋骨を睨み、吐き捨てた。そして、ナナシを逆手に持つと、光速の連撃を放った。一斉にメフィストの体に浮かぶ無数の目から血が噴き出す。
一秒もなかった。正確無比に目だけを狙い、一瞬ですべてを斬り伏せた。熾天使の力をもってしても捉えなかった太刀筋に言葉を失う。
「いやいや、すごい! 実にすごいです、ルチーフェ様! 私の本体が目だと気づき、一瞬で斬るとは――。もはやこれまでです。ごきげんよう、元闇の救世主様」
地面に転がる山羊の頭蓋骨は切断されても顎を動かし賛辞を送った。だが、その言葉は虚飾がまみれ、不快感だけを募らせた。
俺が砂へと変わるメフィストを見つめていると、アークが手をかざした。
その瞬間、空間は捲れ、穿たれた。
そして、その先には心配そうにこちらを見つめるライデンさんたちの姿があった。
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