304 暗闇の中の光明
俺は十全の十王を目がけて飛翔した。途中、一度だけ振り返る。瞳に不安げな表情を浮かべるスカイが映る。
やはり、完全に力を取り戻していないことが、人格にも影響しているようだ。熾天使のころの彼は、自信に満ち溢れていた。
ここで力と自信――二つを取り戻してもらう。神界を離れているウリガル。加えて、天使長を任されている妹のミゲイルに、熾天使のケビエルも人界に降りている。
悪魔たちの動きが活発になってきた今、彼には急いで神界に戻り、我が主を守ってもらわなければならない。そのためにも急ぐ必要がある。
目の前に屹立する十王を見る。スカイの力を戻すには格好の相手だ。もちろん、相手を侮っているわけではない。
おそらくスカイと、この十王は相性がいい。本来の力が五割も戻れば、互角以上に戦えるはずだ。
俺は十二枚の翼をはためかせ、紺碧のマントを纏う十王を目がけて突っ込む。大気を裂き、猛烈な速度で急降下すると、十王は拳を突き上げた。
ひらりと回避する。だが、その腕に巻かれた呪鎖が棘となり、こちらに向かって伸びた。網目のように張り巡らされる棘の隙間を縫うように飛んで避ける。
さらに紺碧のマントも蒼炎を帯び、火弾を放ち始めた。棘を生やした呪鎖は執拗に追いかけ、青き弾幕が俺の行く手を阻む。
襲いかかる火弾と呪鎖。俺はナナシを構えると、一気に振り下ろした。眼前に一筋の線ができる。その瞬間、空間は捲れて奈落が生まれた。
急いでその場を離れる。直後、それは火弾や呪鎖――すべてを飲み込んで消滅した。
手に収まるナナシに視線を落とす。柄から伸びる漆黒の刀身は、降り注ぐ陽光さえも深淵へと呑み込み、静かな威圧感を放っていた。
斬りたい対象に合わせ、その姿を変える無銘の名刀――ナナシ。熾天使の力が戻りつつある俺は、自らの愛刀を握り締める。
(少しだけなら、問題ないだろう。……久しぶりにナナシを全力で振るってみるか)
スカイが倒すことは変わらないが、わずかな時間だけ、十王には俺に付き合ってもらう。
俺は一瞬、目を閉じてルキフェルの剣技と忍びの技――二つを重ね、新たな戦い方を模索する。直後、鉄の摩擦音が届く。
すぐに目を開き、こちらに迫る呪鎖を捉える。俺は半身になって回避すると、ナナシを逆手に持ち直し、振り上げた。
バチッと火花を散らし、切断される呪鎖。ナナシの刀身は紫電を纏っていた。俺はそのまま回転しながら呪鎖を切り刻み、十王へと突き進む。
小間切れにされた呪鎖は次々と地面に落ちていく。草原に散乱する鉄塊。それらは再び一つになろうと、地を這い始める。
しかし、ナナシの電気に浸食された呪鎖は、精密に噛み合っていた歯車が狂い、逆に四方に離れていく。
その光景に笑みが零れる。さらに俺が回転する速度を上げ、一気に十王の眼前にまで迫ると、右腕に巻きついた呪鎖はすべて切断された。
ばらばらになって落ちていく呪鎖。俺は視線を前方に向け、巨大な十王の顔を見やる。その瞳には知性と怒りが滲み、じっとこちらを睨んでいた。
(操られているからといって、ただ暴れて襲う――それだけの相手ではないか。右腕の呪鎖から解放されても、激高しないとは予想外だ)
怒りを爆発させることなく、俺を観察する十王。どんな手術を受ければ、自我を消し去り、知性だけを残すことができるのだろうか。
うすら寒いものを感じ、背中に汗が伝う。
そのとき突然、十王が後ろに跳んだ。巨大な体からは想像できないほど軽やかに宙を舞う。
着地と同時に地響きが起き、大気が震えた。だが、山と見紛う巨躯が降り立ったという事実の前では、瑣末な余波に過ぎない。
膨大な土埃が舞う中、こちらを睨む十王。再び俺が詰め寄ろうと飛び出したとき、十王は左腕に巻きついた呪鎖を引き千切った。
それは右手から零れて地面へと伸び、両足に巻きついた呪鎖と絡み合う。やがて、ひとつに束ねられ、長い棒となって十王の右手に収まった。
牛頭天王を拘束し、支配していた呪鎖を思い出す。あのときも一つになり、槍へと姿を変えたはずだ――。
俺は咄嗟に翼を広げて、十王へと向かう速度を強引に殺した。その瞬間、呪鎖が巨大なハルバードへと変化した。
己の迂闊さに舌打ちする。全速でこの場から離脱しようと体を反転した――そのとき、目の前が真っ暗になり、全身を高熱と冷気が同時に襲った。
混乱しながらも、俺は白銀の十二翼を畳んで全身を守った。ずしりと押し潰すような圧力が掛かる。暗闇で何が起きたのか分からない。
焦る俺は、ただ銀翼に身を包み、高熱と冷気に耐える。刹那、強烈な衝撃が襲った。
それは俺を押し潰そうとするが、必死に耐える。次の瞬間、背中から激痛が走り、肺を圧迫した。
咳き込みながら、かすかな草の匂いで地面に激突したのだと悟る。だが、視界は黒く塗り潰され、周囲の状況を掴めない。
痛みに耐え、起き上がろうとするが、高熱と冷気が交互に身を刻み、翼を広げることすらできない。
じきに十王の追撃が来る。一刻も早くここを脱したい。だが、無常にも時間だけが過ぎ、焦燥感が募っていく。思わず唇を噛む。
そのとき、暗闇が切り裂かれ、一筋の光明が差した。痛む翼を震わせ、顔を上げる。そこには紅蓮の鎧を纏ったスカイが、手を差し伸べていた。
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