303 ただ一度の謁見
俺とアークはゆっくりと地上に下り、目の前に立つ異形のベヒーモス――十王を見上げる。山のように巨大だった体は、二回り小さくなったが、逆に存在感は増していた。
深紅の目で睨まれ、息を呑む。天使化し、人外の力を得たはずだ。それでも、眼前で屹立する十王の圧力は凄まじかった。
巨大な体躯に、想像を絶する力。加えて、謎に包まれた異能。ウリガルのころの記憶を合わせても、これほどの強敵に出会ったことはなかった。
隣に立つアークに視線を向けると、じっと十王を見つめ、その強さを探っていた。気圧されていたのは、自分だけだと気づく。
思わず俯きそうになる。そのとき、声が届いた。
「よくぞ辿り着いた、強き者たちよ。まずは歓迎を、そして……心からの感謝を。この遺跡の最奥、ただ一度の謁見を待ちわびていた我を、ようやく解放してくれたことに」
顔を上げて十王の顔を見つめる。さきほど怒りが滲んでいた深紅の瞳は、わずかに柔らかなものへと変わっていた。
「だが、お前たちを倒さなければならん。それは十王の務め――脳に深く刻まれた呪い。我の意志は関係ない……」
そう呟く十王は全身に浮かぶ紋様を見つめ、背中に生えた蒼炎の六翼へ視線を移す。そして、腕や足に巻きつけられた鎖を忌々しげに睨んだ。
「さきほどの攻撃の衝撃で、わずかに意識が戻っただけだ。すぐにこの身は、我でなくなる。その前に伝えておく。我の体には一王から六王が受けた手術や改造――その全てが施されている。悪魔侯デミウルゴスとメフィストによってな!」
十王が忌々しげに告げた名前。それはかつてフォルテやサラを襲った悪魔の名だった。思わずアークを見た。やはり驚愕の表情を浮かべていた。
「……そうか、教えてくれたこと、感謝する。これで貸し借りはなしだ。もし知っているなら教えてくれ、十王よ。貴方を助ける方法はあるか?」
アークは静かに口を開いた。おそらく十王を救う術はない。直感だが、間違いないだろう。
腕に巻かれた呪鎖は神炎でも完全に溶かすことはできず、蒼炎の翼も衰えることはなかった。それどころか、神炎を受けてなお、翼を増やしてみせた。
今までの王より強い手術や改造が施されている。おそらく、これまでに討伐した王たちは、十王を完成させるための実験体や試験体だったのだろう。
十全の十王――すべてを兼ね備え与えられた完璧な魔物。次第に深紅の瞳が怒りに染まり、自我が消えていく。
もはや助けることは不可能。敬意を払い、安らかな眠りを与えることが、真の解放だと悟り、神槍バハムートを構える。
アークも口を閉じ、ナナシを抜いて刀身を浮かび上がらせると、切っ先を十全の十王――完全なる魔物の王に向けた。
やがて十王の深紅の瞳は怒りと憎悪に染まり、赤黒く変わる。知性だけを残したその目に睨まれる。
次の瞬間、蒼炎の六翼が紺碧のマントへ変化して十全の十王を包むと、額の角を王冠のように変えた。
紺碧のマントを纏い、雄々しい王冠を戴く姿は、まさしく魔物たちの大王そのものだった。
広大な草原に一陣の風が舞い、草を巻き上げる。その風が俺たちと十王を縫うように通り過ぎた。刹那、アークが動いた。
影だけを残し、一瞬で十王の背後へ回り込んだアークは、ナナシを振り上げ、十王の首筋を薙いだ。透明の刃は、肉を抉り骨へと迫る。
だが、十王はすぐに振り返りながら裏拳を放った。轟音を上げて襲う拳。アークはナナシを構え直し、即座に飛翔してその攻撃を回避する。
俺はその隙を逃さず、がら空きの脇腹に神槍バハムートを突き刺した。深く沈む紅蓮の刃に神気を込めると、神炎が吹き出す。
肉を焼く焦げた匂いが鼻をかすめ、眉を下げる。直後、十王の絶叫が耳を劈く。それでも俺は神気を込め続けた。
徐々に十王の脇腹は黒く焦げて炭化し始める。これなら再生は不可能だ。一刻も早く、十王を倒し、呪いから解き放つ。
そう思った瞬間、影が落ちる。見上げると巨大な拳が迫っていた。急いで神槍を引き抜き、回避しようとするが、抜くことができない。
頭上に圧しかかる十王の拳。俺は深紅の翼を畳んで身を覆い、攻撃に備える。そのとき、白銀の影が拳と激突した。
十王の拳は弾かれ、大きく軌道をずらすと、俺を避けて自らの脇腹に直撃する。ボコっと嫌な音が耳に届き、俺は静かに翼を広げる。
眼前には、足を天高く上げるアークの姿があった。おそらく猛烈な速度で突っ込み、十王の拳を蹴り飛ばしたのだろう。
「スカイ、大丈夫? すぐに離れるよ」
アークは俺の手を握ると同時に、ナナシを振り抜いた。神槍を離さない肉片もろとも切り取り、一気に飛翔した。
刹那、再び影が落ち、拳が襲い掛かる。間一髪でそれを回避した俺たちは、十全の十王と対峙する。
十王の脇腹は大きく抉れている。彼は手を当て、傷の深さを確かめる。その隙に神槍の穂先を見やると、黒い塊は付いたままだった。
軽く振っても外れることはなく、仕方なく思い切り地面に叩きつけるが、土が穿たれるだけだ。その姿を見たアークが、足元に転がる岩を指さす。
「あれは十王の岩肌だ。これなら思い切り叩いても、崩れることはないんじゃない」
いまだ傷を確かめている十王を尻目に、黒く苔が生えた岩に近づき、穂先を離さない黒塊をぶつけた。
――ガキンと音を立て、ようやく黒塊は崩れ落ち、穂先が現れた。俺は安堵の息を吐く。
「多分、十王の肉体は進化しているね。スカイの神炎に耐える肉体に進化することは無理だったみたいだけど、対策はできたようだ。神炎を受けると凝固して、離さないみたいだ」
草原に散乱する黒塊の残骸を見つめながら、アークが呟く。その言葉に納得しつつも、冷汗が流れる。
神槍バハムートでの攻撃は封じられた。少なくとも神炎を纏って突けば、十王の肉体は黒塊と化して、穂先を掴み離さない。
どうすべきか困惑する。神炎だけが手段ではないが、それでも最も得意とする攻撃が使えない。
つい神槍バハムートを握る手に力が入る。ふと視線を感じ、顔を上げると、アークがこちらを見ていた。
「とりあえず、俺が相手するから、スカイは戦いを見ながら弱点を探してほしい。頼んだよ」
俺に笑顔を向けると、アークは白銀の翼を広げ、静かに近づく十全の十王へと飛び立った。
その言葉と任された重責に、ひゅっと息を呑んだ。
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