302 呪鎖の装甲
飛び交う砲弾が急に止まり、ふと視線を落とす。そこには銀の十王――銀装のベヒーモスの背中を駆け抜けるスカイの姿があった。
その背に神槍バハムートを突き刺し、一直線に走るスカイ。その後ろを紅蓮の炎が続き、一直線に伸びて獄炎の道をつくる。
やがて背後に続くその炎の道は燃え広がり、銀装のベヒーモスの背中を覆い尽くすと、大砲をことごとく溶かした。
砲弾は止み、俺は上空から悠然と眺める。そのとき、ベヒーモスがその尻尾を振り上げ、攻撃を仕掛けた。
だが、スカイは避けることなく、尻尾に突き刺したバハムートをさらに押し込み、ベヒーモスの尾をなぞりながら飛翔する。
速度を上げ、尾先に辿り着く。さらに加速したスカイ。彼は神槍を振り抜き、そのまま俺のもとまで上昇した。
俺は両断されて力なく垂れる尻尾を見やり、視線をスカイに移す。あれだけ激しく走り、飛翔したはずだが、息一つ乱れていなかった。
俺は笑みを浮かべ、労いの言葉をかけると、スカイも笑顔を返した。直後、彼の背後に紅蓮の巨弾が見えた。
視線を先に送る。そこには唯一残る右肩に設置された巨大な大砲が見えた。その砲口はこちらを向き、煙が上がっている。
俺は肩をすくめ、万物変化魔法を展開して、目の前の空気を透明のゴムへと変化させた。
紅蓮の巨弾が空気のゴムの壁に触れた――その瞬間、魔法は掻き消され、猛烈な勢いで襲いかかった。
俺たちは慌てて翼を広げ、さらに上空へと飛んだ。燃え盛る巨大な砲弾が足元を通り過ぎ、熱風が真下から吹き上がり、頬を撫でた。
「スカイ、大丈夫? ごめん、俺のミスだ。万物変化魔法で弾き返そうと思ったけど、失敗した」
慌ててスカイに謝る。ただの巨大な炎の魔弾だと思ったが、違ったようだ。魔法が解除されるとは思わなかった。
だが、そんなことができるのは同じ神気か、魔神気だけだ。まさかと思うが、あの銀の十王も神獣か、聖獣なのだろうか――。自然とスカイへ視線が向く。
「いや、いい。俺も気づくのが遅れたからな。それより、あの砲弾は何なんだ。俺やバハムートの神気を感じたんだが――」
その言葉に、ハッとさせられる。急いで俺は銀装のベヒーモスを見る。スカイの獄炎に背中を焼かれたまま、一歩も動かない。
ただ、右肩の巨大な大砲だけが、こちらを向いている。
苦痛に歪む表情も、苦しみに唸る咆哮もない。トラのような獰猛な顔は、じっとこちらを見ているだけだ。だが、その深紅の瞳には怒りと知性が滲む。
再び、砲口が赤く輝き出した。俺たちは翼をはためかせ、いつでも回避できるよう油断なく見据えると、紅蓮の炎が閃いた。
大砲は猛烈な勢いで炎の砲弾を吐き出した。大気を焦がし、赤く燃える巨弾。物凄い速さで迫るが、その軌道は直線的だった。
俺たちは左右に別れ、軌道から逸れた――そのとき、砲弾が弾けた。
粉々に砕かれ、扇状に広がった炎弾。それは俺たちから逃げ場を奪う。俺は短く息を吐き、腰に差したナナシを抜いた。
目の前に迫る無数の炎弾を見据えると同時に、ナナシから水色の刀身が伸びる。
襲い掛かる炎の弾幕を前に、俺は脳に強化魔法を施すと、その配置を分析し、軌道を計算して振り抜く。結果、一瞬で十以上の炎弾を斬り伏せた。
その後も強化した脳で、炎弾の動きと位置を瞬時に捉え、絶妙のタイミングで斬っていった。気づくと炎弾は、すべて消えていた。
額に滲む汗を拭い、スカイに視線を向ける。彼は神槍を横に構えて高速で回転させていた。
その猛烈な旋回は深紅の円盤と化し、殺到する炎弾を弾き飛ばしていた。その姿を見て、胸を撫で下ろす。
スカイも無事だった。俺は安堵の息を吐き、銀装のベヒーモスを見下ろす。その背中には神炎が燃え広がっているが、勢いは弱まっていた。
いずれ消える。だが、それにしても勢いが弱すぎる。俺はベヒーモスが炎弾を放つ直前の様子を思い返す。
砲口が煌めく瞬間、背中に広がる神炎は大きく揺らぎ、火の気が弱まった。俺は四王――牛頭天王を呪縛していた鎖を思い出した。
咄嗟に懐から聖水が入った竹筒を取り出し、ベヒーモスを目掛けて放り投げた。
「強襲の暴雨」
俺が魔法を展開すると、一瞬で竹筒は弾け、中身の聖水は氷へと変わった。
聖なる力と神気を帯びた氷塊は、容赦なくベヒーモスを叩き、背中の神炎を消し、そして冷やした。その様子を見て、スカイを見やる。
「おそらくあの銀色の装甲と大砲は、四王を捕えていた鎖――呪鎖と同じだ。こちらの力を吸収し、己の力に変える」
スカイは眉をひそめる。実際に四王と戦ったのだ。驚くのも無理はない。あの呪鎖の恐ろしさを身に染みて知っている。
「安心しろ。おそらく、さっきの魔法で、あの装甲と大砲は破壊できたはずだ」
動揺するスカイに声をかけ、銀装のベヒーモスに視線を移す。背中の炎は完全に消え、銀の装甲には霜が下りていた。
その瞬間、急激に冷やされた装甲板に亀裂が入る。それは次第に広がり、右肩の大砲にも及ぶと、瞬く間に崩れ落ちた。
岩肌に続き、銀の装甲も剝がされた十王は、その全身を露わにした。さらに一回り小さくなったが、存在感は圧倒的だった。
青黒い巨躯は筋肉が隆起して膨れ上がり、不思議な紋様が刻まれていた。獰猛な顔に浮かぶ深紅の瞳には知性が宿り、蒼炎の翼は六枚に増えていた。
やがて十王はゆっくりと立ち上がり、二本の足で大地を踏みしめる。その前足を胸の前で組んで、こちらを見上げる。
その姿は、ベヒーモスを強引に人型に押し込んだような歪さが滲んでいた。俺とスカイが息を呑む。刹那、太陽に雲がかかり、影を落とした。
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