300 十王の門の外側
仲間全員が同時に扉に触れると、重厚な門が低く唸りを上げて開き始めた。懸念していた『入口への転移』が発動する気配はない。
俺は安堵の息を吐き、周囲を見渡す。ガリュウとライデンさんは振り返ることなく、七王の門に入っていく。
――だが、フォルテとサラは、一瞬立ち止まり、こちらを見た。
魔界の王と神界の天使長――この世界で屈指の力を持つ存在。その力を共有し、一つになろうとしている彼女たち。心配は不要と思いつつも、不安がよぎる。
表情に出たのか、彼女たちは眉を下げるが、すぐに口元を綻ばせ、静かに門の中へと消えていった。
「おい、俺たちも入るぞ、アーク。いつまでもここにいたら、入口まで転移させられるかもしれないからな」
スカイは俺の肩を叩き、十王が待つ玉座の間へと促す。たしかに、ここでじっとしていても彼女たちの力にはなれない。
できるだけ早く十王を倒し、フォルテとサラの援護へ向かったほうがいいはずだ。自然と俺たちは頷き合う。
そしてスカイは、荷物を背負う青き雄牛――ゴズにここで待つよう指示を出し、油断なく門をくぐると、すぐに俺もその後を追った。
――――――――――――
門の先に広がる広大な草原に呆然とする。部屋に入った途端、視界が暗転し、土と草の匂いが鼻をかすめた。急いで振り返ると、入ってきた門は消えていた。
「なかなか壮観だな、アーク。三王のサリオが持っていた絵具――エンチャントペイントで玉座の間を上書きしたわけでも、なさそうだな」
慌てる俺を見ながら、スカイは思い切り空気を吸い込んだ。その姿に苦笑いを浮かべる。
だが、ずっと遺跡の中にいた俺たちには、この新鮮な空気は堪らなく嬉しく、スカイの気持ちも理解できた。
「確かにここは地上だね。まあ、探索者全員を入口まで転移させる罠があるんだ。俺たち二人をどこかに飛ばす仕掛けがあっても、不思議じゃないね」
俺は青々と生い茂る草原を見つめながら答える。念のため上空へ火球を放つと、それは遥か遠くまで打ち上がり、見えなくなった。
「間違いなく外だな。ということは、どうすれば十王の遺跡に戻れるんだ? ここがどこか分かるか、アーク?」
その言葉に肩をすくめる。分かるはずがない。だが、念のため四天王の間に座標を刻んでいる。いざとなれば、万物変化魔法で空間を裂き、戻れるはずだ。
「さあね、俺にも分からないよ。ただ、あそこにいるヤツなら、何か知っているかもね」
その言葉にスカイは目を見開く。そして俺が指さした方角に目を向けると、もう一度、目を大きく開いた。
「なんだ、あれは。山かと思ったが、まさか魔物なのか――」
スカイの呟きに呼応するかのように、その巨大な山は動いた。ごつごつとした岩肌にうっすらと苔が生えている。だがそれは生き物のようにたわみ、しわが寄る。
少し動いただけで地面は揺れ、空気は震える。やがて山は完全に起き上がった。眼前に屹立するそれは、途轍もなく巨大な大地の王――ベヒーモスだった。
「こんな大きなベヒーモスは初めて見たよ。原初の一頭――ベヒーモス・ロードより大きいね。亜種か、変異体かな。どう思う、スカイ?」
「……ずいぶん余裕があるな、アーク。それになんで、あの山が魔物だと分かった?」
呑気な声で話しかけると、スカイに半目で睨まれる。
「別に大したことじゃないよ。さっき火球を放ったとき、一瞬、あいつの目が開いたんだ。それを偶然、目にしただけだよ」
肩をすくめ、悠々と告げる。その姿に訝しげな顔をするスカイ。なぜそんなに落ち着いているのか、不思議なようだ。
――確かにベヒーモスは膂力が凄まじく、体力も無尽蔵にあり、物理攻撃に鉄壁の防御を持つ最強の魔物の一体だ。
しかし、それだけだ。知能は低く、動きも遅い。極めつけは魔法に対して極端に弱い。遠くから離れて魔法を放ち続ければ、倒すことができる。
もちろん、人間なら数百人以上の軍隊で挑まなければ討伐は難しい。
俺たち二人でも、かなり強力な魔法を叩き込まないといけない。だが、それでも今までの遺跡の王たちと比べれば対策はあり、攻略は簡単だろう。
それに俺たちは天使化できる。油断ではなく、確信だ。さっき俺が火球を放ったとき、微かに動揺し、目を開いた。魔法を異常に警戒している証拠だ。
弱点が同じなら、ただ大きいだけのベヒーモスと変わらない。本来のベヒーモスだったら、俺たちなら一人でも討伐できる――ただの魔物と変わらない。
巨大すぎて、倒すのに少し時間はかかるだろうが、負ける要素は見当たらない。俺は懐から油が入った竹筒を取り出した。
「というわけで、一気に勝負をつけよう。どうやら、あいつは魔法が苦手なようだから」
いまだに余裕の態度を崩さない俺に、スカイは眉を下げる。彼は肩をすくめて、神槍バハムートを構えた。
「なにが、というわけ――だ。だが、はやく討伐するのは賛成だ。その油、螺突赫殲だな」
スカイは腰を落とし、穂先を巨大なベヒーモスへ向ける。俺は素早く竹筒の蓋を開け、深紅の刃に数滴垂らすと、瞬時に水魔法を展開する。
魔力で増幅した油を穂先全体に纏わせ、ゆっくりと回し始めた。ちらりとスカイを見ると、彼も魔力を練り始める。
「バハムート、神炎は吐かないでくれ。俺の魔法だけで放つ」
スカイは己の魔力のみで、螺突赫殲を放つみたいだ。確かに規格外の大きさだが、それだけのベヒーモスに神炎は勿体ないかもしれない。
ただの魔法の炎だけで十分だ。俺がさらに魔力を込めると、油は猛烈な速さで渦巻き始め、風で舞い上がった草が触れると、ズタズタに引き裂かれた。
すでに準備ができた。スカイを見やると、小さく頷き、ゆっくりと近づくベヒーモスへ視線を向ける。
次の瞬間、紅蓮の閃光が迸った。
スカイの渾身の突きに、螺旋の力が加わる。渦巻く油は着火し、強烈な炎の台風へと変わり、大気を焦がしながらベヒーモスを襲った。
耳を劈く凄まじい轟音が鳴り響き、衝撃波が全身を打ち付ける。
炎と刺突――二つの攻撃を受けたベヒーモス。その強固な岩肌には、深く大きな亀裂がいくつも走っていた。
表面は焦げて黒ずんでいる。確実にダメージは与えた。俺たちが笑みを零した――そのとき、亀裂の隙間から銀色の光が漏れ出した。
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