296 九王の大蛇、増え続ける首
私は目の前に屹立した巨大な門を見上げる。「九王」と書かれた古代文字が、その頂に彫られていた。
門に手をかけたとき、視線を感じて視線を向ける。そこには心配そうにこちらを見るアークがいた。どうやら彼は、私とその隣の門――八王に向かうサラのことを心配しているようだ。
天使長のころのように凛として、私たち一人ひとりに四天王を割り振った彼だが、心配性なところも昔と変わっていなかった。
強く優しいルキフェル――その面影とアークが重なり、私とサタナルの魂も一つになりつつあることを実感する。
彼は私たちの実力を疑っているわけではない。ただ心配なだけなのだろう。もし傷つきでもしたら、涙を浮かべ、真っ青になるかもしれない。
そんな彼を想像して笑みが零れる――と同時に決意した。圧倒的な力で九王をねじ伏せ、アークの心配が杞憂だったと安心させる。
もはや振り返ることはなかった。私は静かに覚悟を決めると、そっと門を押した。
――――――――――――
そこは白く広大な部屋――玉座の間と呼ぶには、あまりにも何もなかった。華美な調度品もなく、豪奢な装飾もされていない。
ただ純白の大理石の床が広がり、遥か遠くに白壁が見える。そして、中央には巨大な山が鎮座していた。
静かに歩を進める。直後、ギギッと背後から音が届く。振り向き、ゆっくりと閉じる門を見やる。
戻ることなど考えていない。軽く眉を下げて前を向くと、私は眼前にそびえ立つ深緑の山を見据える。
(……二十メートルはありそう。あれが九王なのでしょうか)
考えても答えは出ない。九王のことなど何も知らないのだから。私は苦笑いを浮かべ、肩にかけたホルスターから神銃アクケルテを抜いて構える。
ぴくりとも動く気配のない深緑の山。やはり九王ではないのだろうか。私は念のために魔弾を放った。
雷を付与した魔弾は紫電を帯び、大気を焦がしながら直撃した。刹那、紫色の閃光が山肌を駆け巡った。
深緑の山が僅かに震える。それは徐々に大きくなり、床から振動が伝わってくる。私は腰からもう一丁の拳銃――神銃アクケルテのレプリカを抜く。
立てないほどではないが、揺れは激しく、視界がぶれる。深緑の山も振動のせいで崩れ始めた。
ボロボロと深緑の破片が表面から剥がれ落ち、純白の床の上に散乱する。やがて眼前の山はその形を大きく変える。
山頂は九つに割れ、触手のように細く長く伸びると、一つひとつが意思を持って動き出す。その先端は矢印のように三角に尖り、目と口があった。
――九つの首を持つ巨大な大蛇。うねうねと首を曲げて瞳孔を細め、口から真っ赤な長い舌をちろちろと出している。
その姿は、母の祖国である東洋連合国の伝説に出てくる八岐大蛇を彷彿させた。ただし、首の数はこちらの方が一つ多いが――。
圧倒的な威圧感。この九首の大蛇が九王で間違いない。妖しく光る緑の鱗が全身を覆い、胴体は異様に大きく丸かった。
首は忙しなく動くが、体は重いのか動く気配はない。これなら距離を取り、一方的に攻撃ができる。
私はほくそ笑み、神銃とレプリカを縦に繋ぎ、ライフルに造り変えると、銃床を肩に当てて照準器を覗く。
十字線の向こうに九つの首をうねらす大蛇の姿を捉える。それぞれが意思を持ち、不規則に動く蛇たち。
だが、いくら自由に動けると言っても首だけだ。胴体は一つ、それも地面に根が張ったように動く気配がない。
――どこを狙うべきか。
確実に当てるなら胴体がいいが、硬そうだ。私は一瞬だけ逡巡し、他の首に邪魔され、動きが制限された中央の蛇に照準を合わせた。
パンッと乾いた炸裂音が鳴り響く。私が火と水――二つの属性を付与して撃つと、普段より硬く鋭くした魔弾は、蛇の眉間に命中し、緑の鱗を突き破った。
一瞬で蛇の頭が爆ぜた。魔弾の中に込めた水が火により、水蒸気に変わる。その瞬間、膨張して爆発した。
アークは『内爆』と呼んでいたが、原理は一緒だった。火力を上げて爆発させるよりも魔力を込める量は少なく、装填までの時間も短かかった。
柘榴のように弾けて血を吹き出す蛇の頭を見て、口角を上げる。これなら堕天使化するまでもなく、倒すことができる。
血塗れの蛇を挟むように生えた八本の蛇は、こちらを威嚇して襲いかかろうとする。だが、入口の門を背に立つ私には届かない。
無駄な足掻きをする九王。私は素早く水と火の複合弾を装填し、残りの蛇に向かって放った。
続けざまに銃口から火花が閃き、すべての頭を正確に撃ち抜いた。同時に動きが止まる蛇たち。次の瞬間、一斉に爆発した。
白亜の部屋に深紅の花が九輪咲く。頭を無くした九本の首は、真っ赤な血を吹き出しながらも倒れることなく、蠢き続ける。
生命力は凄いが、その場から動くこともできず、攻撃も届かない間抜けな九王を見て、笑みを零す。そのとき、頭を失った首が二つに裂けた。
大量の血を床へ撒き散らしながら、九つの首はすべて二本に分かれ、十八本になる。その光景に目を剥く。
やがて全ての首から頭が生え、裂けた部分は新たな鱗で覆われる。その光景は、あまりにも異様だった。
私は攻撃することも忘れ、呆然とする。十八首の蠢く大蛇――その姿に生理的な嫌悪感が背筋を撫で、指先から力が抜けそうになる。
ふと視線を下げる。真っ白な床には血の海が広がっていた。微かな違和感を覚え、目を離すことができない。
乾くことのない血の海が泡立ち始める。私はライフルを解除して二丁の拳銃に戻すと、九王と血の海――それぞれに銃口を向けた。
その瞬間、血の海から無数の蛇が這い出し、十八本の蛇の口から魔弾が放たれた。
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