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転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたのですが、王女や聖女が許してくれません~  作者: 黒鍵


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295 悲しき屍姫の祈り、託されたロザリオ

 エリザベートの周りに散ったガラス片が白く輝き出し、最後の色へと変わろうとしている。


 私は彼女を刺そうとした槍を止めて後ろに下がる。本来ならそのまま胸を突き、討伐すべきだ。だが、あの白い光に邪悪な気配を感じられず、躊躇ってしまった。


 白い光は彼女を包み込み、その焼き爛れた肌を癒し、黒焦げたドレスを純白に塗り変えた。私の目の前で横たわる彼女は、聖女そのものだった。


 静かに寝息を立てる彼女を見下ろす。その表情は穏やかで、私よりも少しだけ幼く見え、最初に出会った冷たさは消えていた。


 やがて彼女は目を開く。だが、起き上がることはなかった。


「サラ、私を倒してくれたのですね。ありがとう」


 粉々に砕かれた天井のステンドグラスを見つめながら、床に伏すエリザベートは感謝を述べた。その意味が分からず、眉をひそめる。


「ふふ、そんなに警戒しないで。私にはもう戦う力は残っていないから。ただ最後に貴女にお礼が言いたかっただけ」


 儚げに微笑む彼女。その姿に胸が痛む。戦ってきたから分かる。彼女には人の心は残っていなかった。だが、今の彼女からは聖女のような清らかな気配を感じる。


 何が彼女を変えたのか――何も分からず、口を開くことができない。


「困らせるつもりはなかったのだけど、ごめんなさい。最後に少しだけ話を聞いてもらえる、サラ?」


 私は黙って頷く。その姿に笑みを深めたエリザベートは、静かに語り出した。自らが八光の屍姫になった――その過去を。



――――――――――――



 エリザベートの話を聞き終えた私は、指先が冷たくなる。まさか彼女が初代聖女の双子の姉だったとは――。


 起き上がることもできず、最後の命の炎を燃やしながら言葉を紡ぐ彼女に、胸が締め付けられる。それと同時に彼女が語った過去に怒りが込み上げてきた。


「貴女の妹――初代聖女ヘレナは、今も生きているの?」

「……ええ、悪魔憑きの少年を救うために、自らの肉体を差し出した妹は、今も聖都の奥深くに幽閉されているはずよ」


 力なく頷くエリザベート。彼女は悪魔に支配された妹を救うため、自らも悪魔と取り引きをした。


 その悪魔の名はメフィスト。かつてタルロスが戦った悪魔侯爵――魔界の最悪の名医だ。


 エリザベートはメフィストの実験体になることで、妹を救う術を教えてもらった。だが、それを誰にも伝えることは叶わなかった。


 メフィストの手術を受けた彼女には、人の心は残っておらず、妹のことを思い出すこともできない魔物――屍姫へ造り変えられた。


 僅かに残っていたのは聖女という言葉だけ。それも命ある者を憎む不死者の特性と混じり合い、聖女を憎むようになった。


 悪魔らしい契約に吐き気がする。約束を違えたわけではないが、その想いを裏切り、嘲笑う非道なやり口だ。


 私は怒りで震え、唇を噛む。そんな私を見て、エリザベートは悲しげに微笑む。


「私が愚かだったの。聖女の重責から逃れ、それを妹に背負わせた。そして、その責務を全うした妹を救えなかった私が悪い……」


 彼女の目から一筋の涙が零れる。やはり彼女も聖女だったと悟る。だが、その責任の重さに耐えられず、その称号を捨てたのだ。


 少しだけ彼女の気持ちが分かった。私もアッくんに出会っていなかったら、耐えられなかったと思う。


 好きな人の傍にいて支えたい。その気持ちだけで私は聖女の重責に耐え、職務を果たすことができた。ひとりなら私も心が折れていたかもしれない。


 アッくんの顔がよぎり、ふと気づく。妹の名を言うとき、指が震えていたことに――彼女は嘘をついている。


「エリザベート、貴女は優しすぎるわ。最後の最後まで嘘を貫き通す必要はないの。貴女は妹に聖女の称号を譲ったのね」


 以前、リュック教皇陛下から聞いた話を思い出す。教会が成立した当時、聖女はその時代にひとりしか現れないとされていた。もし教会が認めた者以外が聖女と名乗れば、魔女として処罰された。


 初代聖女ヘレナ。偉大な彼女の功績の影に隠れた許されない悲しき過去――教皇陛下は涙を流しながら語ってくれた。


 そして、今、目の前にその最大の犠牲者が横たわっている。私の目にも涙が溢れる。愛ゆえに悪魔に身を捧げた悲しきもうひとりの聖女――エリザベートの姿を見て。


 私は神槍レーヴァテインを掲げ、その権能である運命の干渉を使い、彼女を救おうとした。だが、その力は弾かれる。


「無理なの。私の体は人でも魔物でもない――悪魔に近い。神の加護も慈悲も受け付けないわ。その気持ちだけで十分よ」


 エリザベートは、弱々しげに首を横に振る。心は戻ったが、肉体は戻ることなく、彼女の魂を縛っていた。


 再び怒りが込み上げてくる。最悪の名医メフィスト――その名を深く心に刻み込む。私はエリザベートに歩み寄り、膝をついた。


「ごめんなさい、エリザベート。私は貴女を誤解していた。魔物になっても、心の奥底でずっと人の心を守っていたのね。それに気づけないなんて――私も聖女失格ね」


 私たちは同時に微笑んだ。二人とも聖女には向いていないのかもしれない。すべての人より、ただ愛する一人を大切に思ってしまう。


 私は彼女の手を握り、せめてその魂が悪魔の呪縛から解放され、天国へ導かれることを祈った。


「ありがとう、サラ。最後に貴女に会えてよかった。最後に二つだけお願いを聞いてくれる? 一つはこのロザリオを妹のヘレナに渡して。これが悪魔憑きから解放する鍵だと、メフィストは言っていたの。

 そして、最後に私がついた嘘――聖女を譲ったことはヘレナにも誰にも言わないで。二人だけの秘密よ……」


 片目を瞑り、微笑むエリザベート。その顔は美しかった。私がゆっくり頷くと、満足した表情を浮かべる。やがて彼女の手が冷たくなっていく。


 私は両手で握り締め、その手を温める。縋りつくような私の顔を見て、彼女は困った顔で呟いた。


「……あとは、お願い。妹をた、すけ、て……」


 言葉は終わり、握り締めた彼女の手から力が抜ける。その瞬間、エリザベートは金色に輝き出し、粒子へと変わる。


 その粒子は天国を目指すかのように上昇し、天井のステンドグラス――その亀裂に吸い込まれていった。


 カランと床にロザリオが落ちる。私はそれを拾って懐に入れると、胸に手を当てて泣き崩れた。


 どれほどの時間が経ったのか分からない。涙は枯れ果て、声も出ない。残ったのは、彼女への敬意と友情、そして悪魔メフィストへの怒りだけだった。


 私は静かに立ち上がる。まだ獣王の試練も十王の討伐も終わっていない。それらすべてが終わったなら、彼女との約束を果たす――そう決意して、八王の玉座の間を後にする。


 門が閉じる瞬間、ふと振り返る。玉座の間は真っ白に染まり、すべての色が消え失せていた。

読んでくださり感謝です<(_ _)>

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― 新着の感想 ―
明かされた真実にゾクッとしました。 (T . T)泣ける。
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