291 深海の魔群と無眼の海獣
私は目の前に群がる深海の魔物たちを見つめる。
巨大な目がないサメ、足が十一本ある真っ白なタコ、透明な甲羅に覆われ体内がはっきりと見えるカニやエビ――どれも、異形の姿をしていた。
「素敵なお友達ね、エリザベート。さすが八光の屍姫。寄ってくるのも、個性的な者ばかり――」
私が軽口を叩いた瞬間、魔物たちが一斉に襲いかかってきた。エリザベートの冷徹な瞳が私を射抜く。
少し調子に乗り過ぎた。私は肩をすくめると、右手に持つ白竜の剣を杖に変え、その杖先を神剣レーヴァテインの柄頭に合わせた。
次の瞬間、二つはひとつとなり、一本の槍へと姿を変えた。紅蓮の刀身は短くなり、純白の柄には鱗のような黄金の紋様が浮かび上がる。
私とミゲイルが『真の一体化』に近づくことで、二人の武器も一体化が可能となり、神槍レーヴァテインへと変わった。
その姿に笑みを浮かべ、眼前に迫る異形の魔物たちを見る。やはりどれも水棲の魔物で間違いない。私は柄を持つ手に力を込めて、横薙ぎに振り抜いた。
刹那、深紅の神炎が半円を描き、魔物たちを焼いた。赤く煌めく炎は魔物の群れの半分を飲み込み、灰へと変えた。
そして、炎は燃え続け、残りの魔物たちから私を守っている。聖火は浄化に、神炎は破邪に特化している。邪悪な水の結界など関係なかった。
「すごいわね、サラ。聖火に続いて、神炎を使うなんて。今の世の中は、よほど物騒なのね。聖女にこんな力を持たせるなんて……」
「えぇ、本当にそうなの。公爵級の悪魔は現れるし、魔王も召喚されてアッくんを狙う王女に憑りつくし。極めつけは、魔界の門が壊れかけて人界と魔界が消滅しそうになって――世も末って、このことね」
神炎に守られた私は、再び余裕が生まれ、冗談めかしにエリザベートに答えた。ただ、内容は何一つ間違っていない。
(……本当にこの世の中はどうなっているのかしら? アッくんを中心に何かが動き始めている?)
思考が横道に逸れ、苦笑いを浮かべる。残りの魔物をどうしようか、周囲を見渡したとき、巨大なサメが残りの魔物を食べ始めた。
気でも狂ったのかと思ったが、エリザベートに止める気配はない。ひたすら同族を食べ続ける巨大なサメを眺めている。
やがてサメに変化が生じる。体中に鱗が浮かび上がって鎧のようになり、額には巨大な角が生える。背びれや尾びれも伸び出し、触手のようになった。
炎越しに見えるその姿は、もはやサメではなかった。ただひとつ残った特徴は目がないことだけだ。ただそれも意味はないのかもしれない。
無眼の海獣は、額の角をこちらに向け、私をはっきりと捉えていた。私は槍を構え直し、紅蓮の刃を突き出す。
その瞬間、海獣は鋭く尾びれを床に叩き、真っすぐこちらに突っ込んできた。瞬時に神炎が激しく燃え、その行く手を阻むが、海獣は構わず突っ込む。
紅蓮の炎の中で咆哮を上げる無眼の海獣。その身を焦がしながらも進み続け、こちらに迫る。刹那、私は神槍レーヴァテインを突き出した。
乾いた金属音が上がり、海獣の角と穂先が激突。火花を散らすと、深海の部屋を一瞬赤く染めた。衝撃が伝わる。私は歯を食いしばって海獣を押し返した。
――刹那、背後から迫る殺気に気づく。
振り向く時間はなかった。私は前を向いたまま石突を振り上げた。直後、衝突音が鳴り響き、何かが頭上を通り抜けた。
その瞬間、視界の端に青い尾ひれと紺碧のドレスを捉える。青い髪が深海の部屋に舞い、私は周囲を見渡し、ため息をついた。
(このままじゃ、エリザベートの動きが読めないわね)
陽炎のようにそびえ立つ紅蓮の壁が視界を遮っていた。私は神炎を消し去り、槍を構える。
そこには全身が焼き爛れ、無残な姿を晒す無眼の海獣と、こちらを見据えるエリザベートがいた。
「まさか、不意打ちをしてくるとは思わなかったわ、深海の女王様。まさか高貴なお方が、こんな姑息な手を使ってくるとは、がっかりだわ」
「ふふ、そうかしら? せっかく配下の者が私のためにチャンスを作ってくれたのよ。それを無駄にすることのほうが、女王として駄目だと思うの」
笑顔で答えるエリザベートは、隣に控える無眼の海獣をそっと撫でる。鱗は剥がれ、体中が墨のように黒ずんでいるが、海獣は嬉しそうに鳴いた。
己を犠牲にしても、主を守ろうとする姿は、異形の魔物であっても胸を打つものがあった。
私は敬意の眼差しを向けた――そのとき、エリザベートが無眼の海獣に矛を突き刺した。雄叫びを上げ、藻掻き苦しむ海獣に息を呑む。
呆然と見つめていると、次第に無眼の海獣は大人しくなり、動きを止めた。その亡骸に冷たい視線を落とすエリザベート。その姿に怒りが湧き上がる。
柄を両手で握りしめ、紅蓮の穂先を彼女に向ける。その瞬間、エリザベートが持つ三又の矛が輝き出し、無眼の海獣が萎んでいく。
その光景に眉を吊り上げる。彼女は海獣の力を矛に吸収させていた。やがて無眼の海獣は、枯れ木のように細くなり、床に落ち、粉々に砕け散った。
塵となった海獣が、波に舞う砂のように漂い、焦げた匂いがかすかに届いた。
(……最低だ)
紺碧に染まった部屋に沈黙が落ちる。私は怒りで口を閉ざし、エリザベートは凶悪な姿に変化した三又の矛に見惚れていた。
彼女が持つ矛は、真ん中の刃だけが異常に伸び、石突は尾びれのように三日月の形に変わっていた。そして、柄から無数の触手が伸びていた。
――その形は無眼の海獣を連想させ、エリザベートの腕に絡みつく触手からは、裏切られても彼女を慕う儚さが伝わってきた。
私は怒りを解放し、柄を持つ手に力を込める。爪が食い込み血が流れるが、構うことなくエリザベートを睨みつける。
彼女も薄く笑い、その異形の矛を構える――その瞬間、私たちは同時に飛び出した。
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