289 蝕む緑蔦、燃え立つ聖火
特級の聖魔法を発動し、灼熱も爆風もすべてを遮断する聖なる城壁を展開する。それは金剛石のように硬く透明で、エリザベートの姿をはっきりと捉えていた。
彼女は金色の太陽と化し、自らの肉体を燃やして四方に爆炎を放っている。だが、命を削る暴挙ともいえる攻撃は私に届くことなく、次第に衰えていった。
それでも狂ったように叫び、燃え続けるエリザベート。やがて、炎は消え、その身は消し炭となって崩れていく。
愚かな太陽の狂姫は、真っ黒な泥人形のようになっても、私を睨み続ける。自業自得だと口を開きかけたとき、ステンドグラスの色が変わる。
橙色と黄色の光が青みを帯び始めると、また別のエリザベートと戦わないといけないのかと――ため息をつく。
私は白竜の剣を構え、切っ先を床に横たわる少女――黒炭の小山に向ける。
その瞬間、黄色に青が重なり、緑色へと光が変わる。それが床にできた小山を照らすと、黒炭から芽が出て、瞬く間に成長していく。
――やがてそれは異様に幹が太い樹木となった。
そして、ステンドグラスが強烈に輝き出すと突然、樹木は真っ二つに割れ、中から緑のローブを纏った老女が姿を現した。
妖女から少女、そして今度は老女。せわしなく姿を変えるエリザベートに苦笑いを浮かべる。
「今度は、おばあちゃんになったのね、エリザベート。その姿も似合っているわ」
皮肉を込めて語りかけると、彼女は顔に刻まれた皺を深め、口角を上げた。
「ふぉ、ふぉ。サラ、褒めてくれて嬉しいぞ。まさかこの姿になるとは思わなかったわい。今代の聖女はなかなかどうして――面白い!」
刹那、緑の老女は床に散らばる木片をひとつ掴み握り締めると、一瞬で杖へと変わる。その瞬間、無数の木片が急激に成長し始めた。
蛇のようにゆらゆらと蔦を揺らす樹木たち。その姿はトレントのように見えるが、意思は感じられない。
エリザベートは聖なる城壁に守られている私を見て笑みを浮かべる。そして、杖で床をトンと叩く。次の瞬間、樹木たちは一斉に蔦を伸ばした。
大気を裂き、私を襲う緑の触手。だが、それは私が展開した城壁に阻まれ、届くことはない。
金剛石と樹木――その差は歴然だ。敵うはずがない。それでも諦めず、緑の触手は城壁に纏わりつき、その周りを伝っていく。
気づくと城壁は蔦に覆われていた。光が届かず真っ暗になった聖域。その中に立つ私は、魔法で周囲を照らした。
完璧に閉じ込められたが、向こうの攻撃も届かない。ならばと城壁を広げ、蔦を引き千切ろうとしたとき、小さなヒビが入った。
それは次第に全体に広がっていく。私は魔力を込めて城壁を修復しようとするが、ヒビの隙間に根が入り込み、それを阻止する。
魔力を込めるほど根は伸び太くなり、成長していく。そこでようやく私は気づく。この樹木は私の魔力を吸収していると――。
舌打ちをして、すぐに魔法を解除した――そのとき、周りを覆っていた緑の触手が一斉に襲いかかった。
「ふぅ、火魔法は苦手なのよね……」
慌てることはなかった。私はため息をつき、アッくんから借りた竹筒を懐から取り出すと、中身を周囲に撒きながら魔法を発動した。
「灼熱の炎壁」
一瞬で私の周りを炎の壁が展開する。だが、緑の触手はそれすらも吸収し、こちらに迫る。その光景に笑みを浮かべ、水魔法を展開する。
「激流の水壁」
刹那、床にばらまいた液体が激流となって上へと突き上がる。そして、炎の壁と重なり合い、白く輝き出す。それは緑の触手を一瞬で燃やし尽くした。
「まさか、それは聖火なのか……?」
すべての蔦が消え去り、視界が開ける。目の前には驚愕の表情を浮かべる緑の老女――エリザベートが立っていた。
その姿に口元が綻ぶ。アッくんから借りた聖油で創り出した聖火の防壁。それは魔力を吸収する蔦さえも浄化――いや、浄火してみせた。
「ふふ、やはり、貴女も聖女だったのかしら? これを見て、すぐに聖火と分かるなんて。その年老いた姿なら、先輩と敬ってあげてもいいかも」
その言葉にエリザベートは顔を歪め、皺をいっそう深める。怒りを露わにした彼女は杖で床を強く叩く。
刹那、再び一斉に樹木から蔦が生え、私に襲いかかった。だが、やはり私は慌てることはなかった。
私は燃え続ける聖火を見つめ、初級の火魔法「火球」を重ねる。それは一瞬で無数の白い火球へと変わり、迫り来る緑の触手へと飛ぶ。
一直線に伸びる蔦に聖火球がぶつかり、白き炎が上がる。聖火はそのまま蔦を燃やし尽くし、樹木すらも浄火した。
すべては灰となり、老女を残して霧散した。白き靄が漂う中、孤独なエリザベートに憐れみの視線を向ける。すでに彼女に抗う術はない。
止めを刺すべく切っ先を向ける。彼女は儚げな表情を浮かべ、息を吐き出した。そして、宙に舞う灰を思い切り吸い込んだ。
その姿に目を見開く。瞬く間に灰はなくなり、靄は消えて緑色の老女がはっきりと浮かぶ。
油断なく彼女の様子を窺い、変化に気づく。エリザベートの樹皮のような、深く皺を刻み込んだ顔に瑞々しさが戻ってくる。
やがて彼女は老女から若き女性へと変わる。ふと視線を上げると、ステンドグラスは彼女に呼応するかのように変わり始めた。
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