287 聖女と八王、紅く染まる礼拝堂
アッくんとスカイ――二人が十王の門に向かう姿を確認し、私は即座に八王の玉座へと続く門へ足を踏み入れた。
途端、視界が開け、背後の門が消えた。そして、目の前の光景に、思わず足が止まった。そこには教会本部の大聖堂かと見紛うほどの荘厳な空間が広がっていた。
見上げるほどの天井には輝くステンドグラス。それは床を色鮮やかに染め、その中央――教壇の代わりにある金色に煌めく玉座を照らしていた。
今までの遺跡とは全く異なる雰囲気に圧倒された。私は言葉を失いながらも周囲を見渡し、最後に玉座で目を止める。
視線の先には玉座に座り、ステンドグラスの様々な光を浴びる美少女がいた。彼女は純白のドレスに身を包み、朗らかに微笑んでいた。
油断なく、玉座へと続く赤い絨毯の上を進み、彼女の前に立つ。近くで見ると、その美しさに目を奪われる。
真っ白な肌に真っすぐ伸びた鼻梁。美しい弧を描く眉の下には、金色の瞳が輝いていた。私も美しさには自信があるが、彼女はそれ以上だった。
どこか冷たく、命を感じない。それは人外の美しさ――やはり、彼女は魔物の王だと確信する。
警戒を強め、人外の美少女――八王を射抜くように見つめる。けれど、彼女は笑顔を崩すことなく、優しく語りかけてきた。
「初めまして、私はエリザベート。第八の玉座を預かる者です」
鈴の音のような凛とした声。だが、その声は感情が抜け落ち、優しさより冷たさが際立つ。不気味な気配に眉を曇らせ、言葉が出ない。
「ふふ、私が怖いですか? もしそうなら、少し悲しいです。長い年月――初めて、ここまで辿り着いた人間と出会えたというのに、会話もできないなんて」
言葉とは裏腹に、まったく悲しそうには聞こえなかった。だが、会話を望むなら、少しだけ付き合ってもいい。相手の正体が分かれば、戦いが有利になるはずだ。
「ごめんなさい、少し驚いただけよ。八王というから、よほど怖い魔物だと思っていたら、貴女のような可愛らしい女の子が座っているのだもの」
「ふふ、嬉しい。可愛いなんて、何百年も生きてきて、初めて言われたかも。褒めてくれてありがとう。それで、もしよければ、お名前を教えてくれないかしら?」
頬に手を当て、恥ずかしがるエリザベートは、私を見つめる。その姿はあどけない少女のように見えるが、どこか芝居がかっている。
「そういえば、まだ名乗ってなかったわね。私はサラよ。よろしく、エリザベート」
笑顔を浮かべる彼女に微笑み返すと、私は両手でスカートの裾を軽く持ち上げ、カーテシーをとった。
そして、そのまま胸元で指を重ね、深く頭を垂れて、聖女の祈りを捧げた。
「……やはり、サラは聖女だったのね。その服装と聖女の刻印が刻まれたロザリオの首飾り――もしやと思っていたけど。まさか、ここで後輩に会うなんて思わなかったわ」
満面の笑みを浮かべるエリザベート。その顔に、初めて本当の感情が浮かんだような気がした。
だが、私が感じたそれは、笑顔とは裏腹に、どす黒い憎悪――そのものだった。
彼女の言葉と、その表情に混乱する。気持ちを落ち着けようと深く息を吸い、さっきの言葉を思い出す。
(後輩――? 彼女も、かつては聖女だったということ?)
何百年も前に聖女だったかもしれない少女の、その表情をもう一度、確かめる。口角は上がり、目は弧を描いているが、やはりどす黒い感情が滲んでいる。
深淵のような冥い笑顔――私にはそのように見えた。
私は直感を信じて、白竜の杖を構えると、エリザベートは笑みを深め、玉座から立ち上がった。
「上手に隠したつもりでも、分かってしまうものなのね、憎悪って。でも、サラを憎んでいるわけじゃないの。私が憎いのは『聖女』そのものよ」
彼女は笑顔を消して儚げな表情を浮かべる。だが、それも作り物にしか見えず、嫌悪感が湧いてくる。
白竜の杖を握る手に力を込め、杖先をエリザベートに向けると、彼女は悲しげな顔をしようとして止めた。
「もう、いいかな、演技は。油断させるつもりだったけど、無理みたいだし。なんだか、私が知っている聖女とは全然、違うわ。私が言うのもなんだけど、もう少し人を信じることを覚えたら、『聖女』なんだからさ!」
その瞬間、彼女が大声で叫ぶと、色鮮やかなステンドグラスの光が赤一色になり、エリザベートの純白のドレスを深紅に染め上げた。
白から赤へと変わったドレス。さきほどの清楚さは消え、炎のような猛々しさと、血のような妖しさが漂う。
そして、変化したのはドレスだけではなかった。エリザベートもまた、あどけない少女から、妖艶な大人の女性へと変わり、紅蓮の大鎌を構えていた。
「それが、本当の姿ですか、エリザベート。私の先輩というのも嘘だったんですね」
聖女とは到底思えない彼女の姿を睨みながら、私は尋ねた。だが、彼女には気にした様子はなかった。
「さあね、教えてあげない。嘘なのか、本当なのか――それは私に勝って、もう一度、聞きな!」
エリザベートは叫びながら駆け寄ると、そのまま大鎌を振り下ろした。ガキンッと衝突音が部屋中に響き渡る。
私は白竜の杖を横に構え、間一髪で彼女の一撃を受け止めた。互いの柄が擦れ、ギギッと摩擦音が鳴る。
エリザベートは大鎌に体重を乗せて、そのまま押し潰そうとする。紅蓮の湾曲した刃が、じわじわと顔に迫り、かすかに前髪に触れ、ジュッと燃やした。
彼女は口角を吊り上げ、凶悪に笑った。その一瞬の隙を突き、私は力を抜くと後ろに倒れ込んだ。
顔の横すれすれを紅蓮の刃が通り抜け、床に突き刺さる。刹那、私は思い切り足を振り上げた。
昔、学生時代にアッくんが見せた投げ技――『巴投げ』。見よう見まねだったが、エリザベートのみぞおちにつま先が食い込み、その勢いで後方に投げ飛ばした。
なんとか危機を脱した私は、すぐに起き上がると安堵の息を吐く。
そして、視線をエリザベートに向けると、すでに起き上がっていた彼女は、大鎌を天高く構え、回し始めた。
やがて彼女の頭上には巨大な炎が渦巻き、強烈な風を起こしていた。
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