286 紺碧のマントに眠る武導王
死闘に幕が下りた。胸を撃ち抜かれて心臓を潰されたリューハと、体力の限界を超えたガリュウは同時に倒れ、互いを支え合う格好になった。
その壮絶な光景に息を呑む。だが、すぐに我に返るとガリュウたちのもとへ駆け寄り、二人を床に寝かせる。
全身血塗れのガリュウは、激しく咳き込み、肺に溜まった血を吐き出した。その隣で横たわるリューハは、左胸を穿たれ、大量の血が溢れていた。
――このまま何もしなければ、二人とも死ぬ。
彼らの姿を見てすぐに悟った俺は、胸の内に眠る不死鳥を呼び起こした。やがて体が茜色の炎に変化し、生命力が漲ってくる。
俺はガリュウとリューハの間に立ち、掌をそっと当てると、体中を駆け巡る命の波動を分け与えた。その瞬間、二人の体は紅い炎に包まれ、輝き始めた。
ガリュウを見ると、傷は見る間に塞がり、打撲で赤黒く染まった肌も元に戻っていく。その様子に安堵の息を吐き、リューハに視線を移した。
その姿に愕然とする。命の炎はリューハを癒そうと激しく燃えているのに、それを拒むように紫電が全身を覆っていた。
「……やはり、無理か」
消え入りそうな声で、リューハが呟いた。表情は穏やかに見えるが、その顔にははっきりと死相が浮かんでいた。
「どういうことだ、リューハ。なぜ不死鳥の力を拒む?」
命が惜しくないのか――自暴自棄にも見えるリューハを睨みつけると、彼は小さく首を横に振った。
「……俺の体は聖なる力を受け入れることはない。不老の肉体を得るときに払った代償だ」
その言葉に眉をひそめる。たしかに初代武導王は何百年も前の存在――不老でもおかしくはない。
しかし、竜人は竜の血を引き、その寿命も長い。今も生きていること自体に違和感はなく、代償が必要だとは思えなかった。
俺の顔を見て、リューハは苦笑する。
「お前が言いたいことは分かる。たしかに竜人は長寿だ。だが、歳を追うごとに肉体は老化していく。俺はそれが怖かった。全盛期のまま、いつまでも戦い続けたかった。だから、ある悪魔と契約した」
そこで言葉を切り、息を吸った。その間も、紫電が不死鳥の炎を消し去ろうとリューハの体を駆け巡っている。
「その悪魔は、俺の雷竜の力を使い、不老の肉体に造り変えた。この七つの傷は、その手術のときに出来たものだ。この中には老化を止める器具が埋め込まれている。そして、この器具は聖なる力を拒み、排除しようとする……」
リューハは天井を見つめながら、静かに言葉を紡いだ。彼は不老の肉体を維持するため、雷竜の力のほとんどを不老の器具に回していた。
だから、ガリュウとの戦いでも最後の切り札として使うことしかできなかった。もし、始めから雷竜の力が自由に使えていたらと思うと、ぞっとする。
「……俺は満足だ。最後にオウコの子孫と戦い、その力のすべてをぶつけることができた。俺にとって雷竜の力など、この磨き上げた武術と比べれば、無に等しい。そして、ガリュウは俺の武術を上回り、その拳で打ち砕いてみせた」
その瞬間、命の炎が掻き消えた。もはや、リューハに残された時間はわずかだと悟る。俺が彼を見つめていると、ガリュウが起き上がり、玉座へと歩き出した。
傷は治癒したが、体力は戻っていない。足を引きずりながらも、ガリュウは歩いていく。やがて玉座の近くに落ちていた紺碧のマントを拾い上げた。
そして、再び戻ってくるガリュウ。彼はリューハの隣に膝をつき、そのマントをそっと掛けた。
「リューハ、あんたは強かった。俺ひとりじゃ絶対に勝てなかった。父と母――二人がいたから勝てたんだ。間違いなく、あんたは最強の武導王だ。その強さに敬意を払う」
ガリュウはリューハを真っすぐ射抜き、力を込めて言い放った。『父と母』――その言葉の意味は分からないが、胸に響くものがあった。
リューハも同じ気持ちだったのか、力なく笑みを浮かべて頷いた。
「……そうか、なるほど。お前の拳が急に重くなったのは、そういうことか。その拳にはお前と両親――三人の魂が込められていたんだな。防ぐことができないはずだ」
そう言うと、マントがわずかに盛り上がった。おそらく穿たれた左胸に触れたのだろう。
俺とガリュウは、リューハをじっと見つめる。命の炎は消え失せ、全身を覆っていた紫電もなくなっていた。
まっすぐ天井を見つめる金色の瞳も、次第に輝きを失っていく。俺たちはリューハの命が残りわずかだと悟る。
「……ガリュウ、最後に貴様と戦えてよかった。楽し、かった、ぞ……」
わずかな命の灯を燃やし切るように告げると、リューハの瞳は光を失い、瞳孔が開いた。
ガリュウは掌でリューハの瞼を覆い、静かに下ろした。そして、紺碧のマントを掛け直すと、すっと立ち上がった。
両手を組み、頭を下げて冥福を祈るガリュウ。その目から光るものが落ち、組み合わされた自らの拳の上で弾けた。
俺はガリュウを黙って見守りながらも、他の王との謁見に向かったアークたちのことを考えずにはいられなかった。
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