285 雷鳴の抜き手、届いた拳
ガリュウとリューハ――二人はすでに三十分以上、戦い続けている。暴風のような死闘を前に、俺は見守ることしかできない。
最初は互いの技が冴え、攻撃が当たることはなかった。リューハは最小限の動きで回避し、ガリュウは予知していたかのようにすべてを受け流した。
だが、相手の動きや癖――技の呼吸を把握すると、今までの鉄壁の守りが嘘だったかのように二人とも攻撃が通り始めた。
やがて彼らの技量は拮抗し、技が技を潰し合い、ただの殴り合いになっていく。
俺はどんなに優れた武術や洗練された武芸も、その本質はただの暴力だと思い知らされる。
ガリュウが真っすぐ正拳突きを放つと、リューハの左肩にめり込む。俺でも避けられそうな単純な攻撃だが、それまでにいくつもの駆け引きがあった。
視線を逸らし、肩の動きで惑わしたガリュウは、半歩深く踏み込むことで、リューハが回避しようとする動きを封じた。
メキッ、と骨の軋む音が上がり、血に染まるリューハの顔が歪む。決着がついたと思ったとき、ガリュウが口から血を吐いた。
視線を下げると、リューハの左膝がガリュウのみぞおちに深々と刺さっていた。その執念に息を呑む。避けられないと分かった瞬間、膝蹴りを繰り出していた。
そして、俺は気づかされる。リューハは腰を捻ることで体を斜めに向かせ、左胸――心臓を狙ったガリュウの打突を肩へとずらしていたのだと。
攻守一体の一手に息を呑む。だが、ガリュウも流石だ。みぞおちに膝が迫る中、左肩に当たった拳を振り抜かず、一寸だけ後ろに下がり、致命傷を避けた。
まさに死闘だった。今の二人の攻撃は、どちらもまともに決まっていれば、相手の命を奪っていた。
伝説の武導王と若き獅子王――二人は互いを見やると、笑みを浮かべ、そのまま同時に膝をついた。
◆
俺はみぞおちの激痛に耐えて顔を上げると、血で顔を真っ赤に染めたリューハと目が合う。互いに満身創痍で、立っているのも限界だった。
なぜここまで戦うのか――自分でもよく分からず、笑みが零れる。リューハも同じ気持ちだったのか、彼の口角が上がった。
そのとき、わずかに気が緩み、力が抜けて膝から崩れ落ちた。俺はどうにか地面に手をついて転倒を免れる。
肩で息をし、歯を食いしばり、視線を前に向けると、片膝をつき、拳を地面に突き立てるリューハが映る。
もはや俺たちの体力は底をつき、気力で意識を繋いでいるだけだ。ここでライデンと代われば――そんな考えがよぎった。
だが、それはできない。これは互いの力と技、そして誇りを賭けた闘いだ。たとえ負けると分かっていても、ライデンの力に頼ることはできない。
ライデンも俺の気持ちを察して、剣に手をかけることなく、胸の前で腕を組み、戦いを静観している。
俺の我がままに付き合ってくれたことに感謝する。深く息を吸い込み、全身に酸素を巡らせると、かすかに力が戻った。
もう一度、深呼吸をして一気に立ち上がった。ふらつきそうになる体を気力で支える。目の前には、今にも倒れそうなリューハが立っていた。
俺たちは見つめ合い、ふたたび笑みを零す。考えることは同じようだ。次の一撃で勝負を決める――リューハの目がそう語っていた。
静かに拳を突き出して構える。たったそれだけで体中に激痛が走り、気を失いそうになる。だが、奥歯を噛みしめ、前を見据える。
そこには指を真っすぐ伸ばして手刀を作り、その切っ先をこちらに向けるリューハの姿があった。
二人とも、とうに限界を超えていた。いつ倒れてもおかしくなく、駆け引きをする余裕はなかった。
俺たちは静かに呼吸を整え、じっと見つめ合う。互いの鋭い眼差しが重なり、火花が散る。
――それは、比喩ではなく本当の火花だった。
その瞬間、己の迂闊さに気づく。リューハに会ったとき、彼の体は電気を纏い、埃に触れただけで火花が上がっていた。
理由は分からないが、戦いの最中、リューハは雷竜の力を隠していた。そして、最後の最後に、その力を解放してきた。
だが、後悔しても遅いし、やることは変わらない。それに対応する術はなかった。ならば、余計なことは考えず、拳にすべてを集中する。
やがて玉座の間は、張り詰めた空気に満たされる。耳に届くのは、小さな火花の音と俺たちの息遣いだけだ。
リューハの肩がわずかに動いたとき、手刀の切っ先から紫電が走り、音速の抜き手が放たれた。
俺は先手を取られ、思わず力んでしまう。遅れた正拳突きは初速を鈍らせた。コンマ何秒の差だが、決定的だった。
鋭い手刀が俺の胸を目がけて迫る。俺の拳が届くより早く、リューハに心臓を貫かれる。
死と敗北を覚悟したとき、ふとバロンとランダ――二人の顔がよぎった。その瞬間、力強く背中を押された。
振り向くことなく、その温かな感触から二人の激励だと分かる。刹那の時間、前世の両親に感謝の言葉を口にする。
(……諦めたら、駄目だよな、父さん。最後まで頑張るよ、母さん)
本心からの言葉――少し恥ずかしいが、二人に伝えると、突然、ゆっくりと時間が流れ出した。
目を見開き、拳が緩みそうになる。だが、気を引き締めろ――と叱るバロンの姿が脳裏に浮かぶ。
俺が思わず苦笑いを浮かべると、ランダの幻が隣に立ち、わずかに下がった肘を優しく押し上げて、拳の軌道を正した。
ひとりではない。改めて実感すると、胸が熱くなり、生死を分ける瞬間だというのに口元が綻ぶ。
次の瞬間、俺の拳は音速を超え、空気の壁を砕いた。耳を劈く破裂音が轟き、その衝撃波は、リューハの貫き手の軌道を変えた。
俺の胸を避けて脇をかすめる手刀。そして、俺の拳は左胸にめり込み、リューハの心臓を打ち砕いていた。
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