284 導く声、重なる拳
俺はガリュウとリューハの戦いを固唾を飲んで見守っていた。漆黒の獣神となったガリュウだったが、その壮絶な力をもってしてもリューハの技には届かなかった。
すでに四腕の一本――右下の腕が折られている。だが、ガリュウは苦痛の表情を浮かべることなく、憎悪の眼差しをリューハに向けていた。
そのとき、黒獅子と化したガリュウの紅蓮の瞳が揺らいだ。一秒と満たない刹那、その輝きが変化した。
憎悪に染まる紅蓮の瞳が、慈愛に満ちた茜色に変わった。直後、ガリュウが咆哮を上げると、変身が解除されて元の姿に戻った。
思わず力を使い果たしたのかと思い、駆け寄ろうとする。だが、ガリュウは俺の気配を察知したのか、リューハから視線を逸らさず、手を上げて制する。
「すまない、ライデン。心配させたようだな。教えてくれ、俺はどれぐらい意識を失っていた?」
思わず首を傾げる。四腕の黒獅子と化してから今まで――ガリュウは一秒たりとも意識を失うことはなかった。
どこに真意があるのか分からなかった俺は、素直に答える。
「いや、俺が見ている限り、お前の意識が飛ぶようなことはなかった。それより変身が解けたが、問題ないのか?」
心配そうに尋ねる俺に、ガリュウは制していた手を握り締め、親指を立てた。ほんの一瞬の間に、ガリュウに何が起きたのだろうか。
変身を解除し、明らかに力は衰えているはずなのに、その背中からは絶対的な自信が漲っている。
佇む姿は自然体そのもの。闘志も殺気も感じられない。ガリュウは微笑みすら浮かべていた。
あまりの実力差に気が触れたのかと、ガリュウに声をかけようとした瞬間、初めてリューハが動いた。
予備動作なしの神速の正拳突き。音すらも置き去りにしてガリュウを襲う。視覚強化した俺の目でも、はっきりと捉えることはできない。
負けた――そう思ったとき、バシッと乾いた音が上がった。俺は目の前の光景に息を呑む。そこにはリューハの拳を優しく受け止めるガリュウの姿があった。
◆
目の前に立つ星座のような七つの傷を持つ竜人――七王のリューハを見つめる。圧倒的な強さと技量を持つ彼と対峙しても、もはや恐怖はなかった。
肩の力が抜け、自然体となると、俺の中で眠るバロンとランダの技や経験――二人の人生すべてが流れ込み、俺の中で脈打ち始める。
俺はひとりではない。本当にそう思えた。その気持ちがリューハに対する恐怖を拭い去ったのかもしれない。
思わず笑みを零す。その瞬間、リューハは正拳突きを放った。気づくと彼の拳を受け止めていた。心の奥からバロンの叱る声が届いたような気がした。
確かに油断していた。俺はリューハから視線を逸らさず、バロン――親父に心の中で詫び、助けてくれたことを感謝する。
改めて思う。俺はひとりではない。ライデンはもちろん、心の中にはバロンとランダ――前世の両親がいる。それだけで不思議と力が湧き、視界が開けた。
「リューハ、悪いが、ここからが本当の勝負だ。卑怯かもしれないが、最初に言っておく――俺をひとりだと思うな」
その言葉にリューハは瞳孔を細め、口角を上げた。刹那、彼は音速の前蹴りを放った。空気が揺れるよりも早く、鋭く尖ったつま先が俺の鳩尾に迫る。
常人なら回避不能。達人なら防御は可能。だが、俺は攻撃を選ぶ。相打ち覚悟で正拳突きを放った。
激しい打撃音が二つ、同時に玉座の間に響く。鳩尾には深々とリューハのつま先がめり込んでいた。だが、代わりに俺の拳は彼の顔を捉え、牙を砕いていた。
遅れてきた激痛に顔を歪める。顔を上げると、リューハも似たような表情を浮かべていた。互いに苦笑いを浮かべ、距離を取った。
「ふはは、ガリュウ。貴様は、あの刹那の時間で何を得た。まるで別人、いや別の存在だ。その拳は聖獣神化したときより、遥かに鋭く重い」
獰猛に笑うリューハ。傷を負ったにもかかわらず、楽しそうだ。
「……何を得たか、か。リューハ、悪いが、俺は何も得ていない。ずっと俺の中にいた大事な人たちを思い出しただけだ。その人たちが俺を導いている――それだけだ」
言葉にして、少し恥ずかしくなる。誰にも分からないことだ。俺とバロン、そしてランダ――三人しか知る必要のないこと。
だが、リューハは笑みを消し、静かに頷いた。その目は真剣であり、俺の言葉を信じていた。
俺はリューハに敬意を抱いた。敵の戯言と一蹴せず、その真意を汲み、理解できずとも信じるその姿に――。
十王の遺跡、ここまで来れて本当によかったと思う。前世の両親を救い、先祖のライバルだった初代武導王と拳を交えている。
もう獣王に選ばれなくとも構わない。それよりも大事なものを、この儀式で手に入れた。大事なのは結果ではなくて、経過――本当にその通りだと思う。
リューハに向かって頭を下げる。俺がバロンとランダを救えるきっかけを作ってくれたのは、彼だ。
俺は拳を握り込む。そこには憎しみはなく、あるのは敬意と感謝、全力で倒すという強い意思だけだ。
そんな俺を見て、リューハも構えを取る。拳は作らず、指を伸ばして手刀を俺に向ける。
俺たちは相手を見据える。わずかな隙が命取りになる。空気がぴんと張り詰め、重い沈黙が満ちていく。
皮膚が焼かれるような感覚に襲われた。その瞬間、俺とリューハは一気に駆け出し、拳と手刀をぶつけた。
激しく火花が散り、静寂は破られる。そして、この一撃が、俺たちの死闘の幕切れとなった。
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