282 偽りの灯、血に染まる避難所
無人の敵本陣を見た瞬間、すぐに馬を走らせて確かめに向かう。手に力が入り、汗が滲み、つい手綱を落としそうになる。
すでに視覚強化は解除している。だんだんと敵本陣に近づくにつれ、不安が膨らんでいく。町に残したランダとガリュウの顔がよぎり、馬の腹を脹脛でぎゅっと挟み込んだ。
直後、馬は走る速度を上げ、一気に敵本陣へと突っ込んだ。
咄嗟に剣に手をかけたが、人の気配がまったくない。ただ、数百本にも及ぶ松明だけが怪しく揺れていた。
遅れてきた部下二人にも様子を探らせる。百メートル以上にわたって並べられた松明――そこには人がいた痕跡はなかった。テントを張った跡も、食事をした形跡も見つけられない。
そこで初めて、俺は敵の罠だと気づく。おそらく先ほどの先行隊の数十名の兵が、この松明を準備し、大軍を装ったのだ。
そして自分たちは「先行隊」として町に近づき、俺たちを誘い出した。人を見れば、その先にある無数の灯りの下にも人がいると思い込んでしまう。
――己の迂闊さと愚かさに眩暈を覚える。だが、今は一刻を争う。すぐに部下たちに声をかけ、町に戻ると伝えた。
俺たちは無人の本陣を飛び出し、平野を駆け抜ける。そのとき、遥か先に見える町が、赤く燃え上がった。
――――――――――――
部下たちを置き去りにして、俺は馬を走らせた。しだいに近づく町は、門が開かれ、ほとんどの建物が燃えていた。
俺は町に入ると、馬から飛び降りた。周りを見渡して仲間を探すが、誰の姿も見つけられない。見張り台は焼け崩れ、駐屯所も瓦礫と化していた。変わり果てた町の風景に呆然となる。
(ランダとガリュウ――二人は!)
最愛の家族のことを思い出し、全力で走り出した。瓦礫や死体が転がる町中を必死に駆け抜ける。やがて炎に包まれた家に着き、息を呑む。
「ランダ、無事か! そこにいるのか!」
大声で叫ぶが、反応はない。近くの井戸から水を汲み、頭から被ると、迷うことなく燃え盛る家の中へ突入した。
家の中もあちこちで炎が上がり、火の粉が舞っていた。焦げた匂いが鼻をつき、眉をひそめる。必死に声を張り上げ、妻と息子の名を叫ぶが、やはり返事はない。
わずかに服が焦げ、肌が焼けるが、構わず家中を探し回る。しかし、家族の姿はなく、少しだけ安堵する。
――おそらく避難したのだろう。短剣を渡した少年兵の顔が脳裏をかすめた。
その瞬間、家が崩れ始めた。俺は慌てて窓を見つけ、そこから飛び出した。砕けたガラス片が頬を切り裂き、血が伝う。
顎から落ちる血を拭い、避難場所を思い出す。たしか町外れの食糧庫――その地下だ。
敵が食料に気を取られ、その奥まで探さないだろうと思い、領主様と相談して作った広大な地下室だ。
避難する際に食料も持ち運べ、一石二鳥だと妻も感心していた――思考が逸れてしまった。俺は軽く首を横に振り、急ぎ食糧庫に向かった。
――――――――――――
俺は食糧庫に向かう途中で、生存者を探しながら進む。
燃え盛る炎が辺り一面を覆い尽くしている。耳を澄ますが、聞こえてくるのは火が爆ぜる音と建物が崩れる音だけだ。
すでに敵は去ったのだろうか。もしそうなら、急いで家族や住民たちを避難所から連れ出し、安全な場所まで逃がさないといけない。
敵が次に攻める町を想定する。そして、どこで野営をしているのか――思考を巡らし、避難する行き先を考えながら、町中を歩いて行く。
やがて食糧庫の前に着いた。やはり敵はいないのか、ここに辿り着くまで、一度も遭遇することはなかった。
すでに敵は撤退したと思いながらも、念のために物陰に身を潜め、食糧庫を伺う。じっと見つめるが、まったく人の気配はない。
敵がいないことに安心しつつ、少しだけ違和感を覚える。敵が去ったなら、住民たちも避難所から出てきていいはずだ。
しかし、誰も出てくる様子はない。十分な安全が確認できるまで、地下室に隠れているだけかもしれない――。
そう自分を納得させ、食糧庫に入った。
扉を開けた瞬間、息を呑む。食料はすべて奪われ、籠や棚が散乱し、その中に埋もれるように少年兵が倒れていた。
急ぎ駆け寄り、その姿を見て、愕然とする。彼の喉元には、俺が渡した短剣が突き刺さっていた。そして、耳と鼻を切り落とされ、すべての指は折られていた。
一目で拷問を受けたと分かった。まだ十代半ばの少年にする行為ではない。奥歯を噛みしめ、怒りを抑える。今はそれよりも確認しないといけないことがある。
気持ちを落ち着かせ、食糧庫の奥に向かうと、床板は剥がされ、地下室へと続く扉は開かれていた。冷たい汗が背中を伝い、鼓動が速くなる。
俺は転がり落ちるように地下室へと伸びる階段を走る。すぐに地下室に着くと、明かりはすべて消え、真っ暗だった。
恐る恐る視覚を強化すると、瞳孔が大きく見開かれ、視界がゆっくりと像を結んでいく。
見たくはなかった。鼻をつく濃い血の匂いが、嫌でも最悪の事態を想像させた。瞼を閉じそうになり、頬を叩く。
じっと前を見据えると、凄惨な光景が広がっていた。多くの住民が床に伏せ、血を流していた。指先が冷たくなる。静かに歩を進め、近づくが反応はない。
全員が死んでいる。いくら聴覚を強化しても、呼吸も鼓動も聞こえない。俺は涙を流し、咆哮した。
地下室に俺の雄叫びだけが響き渡る。そのとき、地下室の奥で影が動いた。俺は駆け出し、その場所に向かい、再び絶叫した。
目の前には、ガリュウごと剣で貫かれ、息絶えたランダの姿があった。
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