281 無人の本陣、揺れる松明
説得を試みたが、結局、ランダとガリュウは町に残ることになった。薄々とはそうなるのではないかと察していた俺は、すぐに家を出ると庁舎に向かった。
「あれ、バロンさん? 家に帰ったんじゃないですか?」
見張り台に向かう少年兵と目が合い、不思議そうに尋ねられた。俺は肩をすくめながら答える。
「あぁ、一度は家に戻ったが、残した仕事を思い出して戻ってきたんだ。もうすぐ、この町も戦火に巻き込まれるかもしれないからな。もう一度、作戦を練り直そうと思ってな」
「そうですか、お疲れ様です。けど、無理はしないでくださいね。バロンさんは、この町の要――防衛隊長なんですから!」
元気に答える少年兵に笑みが零れる。家族はもちろんだが、彼のような若者たちも死なせるわけにはいかない。
俺は軽く頬を叩き、気を引き締めると、薄暗く明かりが灯る庁舎へと歩き出した。
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執務室で防衛隊の陣容について考えていると、突然、ドアが叩かれた。その強く激しい音に眉をひそめる。
各隊の配置や住民の避難場所が書かれた資料を机の引き出しに仕舞い、入室を許可すると、さきほどの少年兵が飛び込んできた。
「バロンさん、敵襲です! まだはっきりとした敵の数は分かりませんが、南側に広がる平野に多くの松明の明かりが見えます。そして、先行隊と思われる十数騎の敵兵がこちらに向かってきてます!」
慌てる少年兵を落ち着かせるが、俺もかなり動揺していた。まだ、開戦して間もない。あと一週間はこちらに攻め込んでくることはないと思っていた。
予想が外れ、思わず舌打ちをしそうになるが、必死に堪える。今は急ぎ状況を把握することが大事だ。本当に敵襲なら、すぐに住民たちを避難させないといけない。
「分かった、私はすぐに兵を集め、町を出る。敵の規模を把握しないといけない。可能なら敵を捕縛して、詳しい情報を手に入れるつもりだ。君はそのことを領主様に伝え、住民を避難させる手伝いを頼む」
それだけ告げると、俺は懐から短剣を取り出して少年兵に渡す。それは防衛隊長に任命されたときに、領主様から下賜されたものだ。
「領主様の屋敷に着いたら、この短剣を見せろ。きっとすぐに領主様まで案内してくれるはずだ。そして、これはそのまま君が持っていろ。もし敵が襲ってきたら使ってほしい」
彼は顔をこわばらせた。緊急事態とはいえ、まだ十代半ばの少年に大役を任せてしまった。申し訳ないと思いつつ、少年兵の肩に手を置き、優しく微笑む。
「すまない。だが、一刻を争うんだ。頼んだ」
はっきりと告げると、俺は彼の目を真っすぐ射抜く。
「わ、わかりました。必ず領主様に伝えます。そして、住民たちの避難も任せてください、バロンさん!」
少年兵は力強く言い放つ。俺はその言葉に笑顔で頷くと、急いで庁舎から出て駐屯所へと向かった。
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俺は駐屯所で夜警の任務に就いていた兵たちを集めて、すぐに町を出た。だが二人は残して、休暇や帰宅した隊員たちを呼び出し、代わりに夜警を頼むよう指示した。
月明かりだけを頼りに馬を走らせる。本当は明かりを灯したいところだが、そうすれば敵に見つかってしまう。
だが、幸いにも俺をはじめ、ここにいる兵たちは獣人たちばかりだ。しかも獅子や虎、猫族が多く、兵たちは夜目が利いた。
馬を走らせること数刻、やがて敵の先行隊を見つける。全員がランタンを持ち、煌々と周囲を照らし、わざわざ目立つようにしている。
罠の可能性が高い。だが、俺たちは彼らを捕獲して情報を得なければならない。何も分からない状況では作戦も立てられない。
それに向こうは、まだこちらに気づいていない。一斉に襲いかかり、一網打尽にする。俺は静かに深呼吸をして、右手を上げると、後ろにいる部下たちは一列に並んだ。
目を凝らし、敵の一挙手一投足を捉える。かすかに風が吹き、ランタンの火が揺らいだ。その瞬間、俺は右手をそっと下ろした。
刹那、部下たちは一斉に敵兵に向かって馬を走らせた。地面を蹴る蹄の音が夜の平野に響く。
敵の兵たちもすぐにこちらに気づくが、遅い。俺たちは剣を抜き、一斉に斬りかかった。その瞬間、強烈な砂嵐が起きて視界を奪った。
砂が目に入り、激痛が走る。必死に痛みに耐えながら、思考を巡らす。
詠唱が必要な魔法を、絶妙なタイミングで仕掛けたということは、こちらの動向が分かっていたということだ。
おそらく魔法か何かでこちらが見えていたのだろう。迂闊にも敵の罠に掛かってしまった。俺は味方に向かって大声で叫んだ。
「全員、むやみに剣を振るな。まずは敵から距離を取れ。だが、背中は見せるな。剣を構え、四つの耳を澄ませて慎重に後退しろ! 殿は俺がする!」
俺は四つの耳に強化魔法を施して周囲を警戒し、どんな些細な音も拾う。だが、敵が襲ってくる気配はない。
それどころか、敵の先行隊は逃げるようにこの場から去っていく。地面を叩く馬の蹄の音が遠ざかっていく。
わざわざ絶好の機会を逃す意味が分からない。不安がよぎる。一旦、町に戻るべきか――逡巡する。
だが、このまま町に戻っても、何も情報はなく、対策も作戦も立てられない。俺は仕方なく、精鋭の兵二名だけに敵の本陣に付いて来るよう指示し、残りは町に帰るように伝える。
――少なくとも敵全軍の数だけは知っておきたい。
本来なら俺は隊長として町に戻り、防衛の指揮をとるべきだが、部下たちの命を危険に晒すことはしたくなかった。
隊長失格――その言葉が脳裏をよぎり、苦笑する。だが、生まれ持った性格を今さら変えられない。
不満そうな表情を浮かべる部下たちに、もう一度だけ町に戻るよう指示を出すと、俺は二人の精鋭を連れて、本陣に戻ろうとする先行隊を追った。
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敵の先行隊は今もランタンを消さず、逃げている。少し違和感を覚えるが、敵本陣には煌々と明かりが灯っている。
ランタンを消したところで、向かう先は俺たちにも分かっている。敵は明かりを消し、岩や木に馬が足を取られることを気にしているのかもしれない。
いずれにしても、もうすぐ敵の本陣だ。俺たちは走る速度を落とし、慎重に進む。先行隊は本陣と合流したようで、数多の灯りに紛れて分からなくなった。
敵は先行隊から報告を受け、こちらに気づいているはずだ。しかし、すぐに攻撃を仕掛ける気配がない。俺は視覚を強化し、敵本陣を見据える。
月は雲に隠れ、深い闇を落とすが、次第に敵本陣の姿が見えてくる。俺はいつでも逃げられるよう、手綱を握る手に力を込めた。
次の瞬間、月が雲から現れ、敵本陣を照らした。俺は目の前に広がる光景に呆然となる。そこには無数の松明が並ぶ無人の平野が広がっていた。
そして、焦げた油の匂いと、平野を撫でる風だけが静かに松明を揺らし、漆黒の空に浮かぶ月の不気味さを際立たせていた。
読んでくださり感謝です<(_ _)>
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