255 金の神像、六王への誓い
アークは俺たちが部屋に突入した直後、天使の力を解放した。神気を纏い、背中の十二翼を広げると、三面の巨人――阿修羅を圧倒した。
その戦い方は静かだった。阿修羅の激しい攻撃すら静寂が包む。倒すという目的を遂行しただけ。そこには激しさも熱さもなかった。
最後は球体の結界の中に阿修羅を閉じ込め、反射する熱線で自滅させた。残ったのは溶けた青銅の体――小山のように固まった塊だけだった。
結界を解除したアークは床に降り立ち、原型がない阿修羅に手を触れた。その瞬間、青銅の塊は砂状に変化して崩れ落ち、一面に広がった。
沈黙が落ちる本堂。アークは砂場と化した床まで進むと、十二枚の翼を力強くはためかせ、青銅の砂を吹き飛ばした。
ぶわっと突風が起きて俺たちの横を通り過ぎた。そして、砂が払われた床から一体の小さな金の神像が、ぽつんと現れた。
アークは、その神像に掌を合わせて頭を下げた。それは東洋連合国に伝わる神への祈りだった。俺は不思議に思い、隣のフォルテに尋ねる。
「おい、フォルテ。アークは東洋連合国に行ったことがあるのか?」
突然の問いかけにフォルテは驚く。だが、すぐに表情を戻して首を横に振った。
「いいえ、一度もないと思います。なぜ、急にそんなことを聞くのですか、ガリュウ?」
「さっきアークがやった仕草は、東洋連合国の住民がする神への祈りなんだ」
その言葉に彼女は顎に手を当て、思案する。彼女の母親も勘当されているが、東洋連合国の姫だったはずだ。
「そういえば、お母様も以前、ウント村にできた温泉施設に祀ってある斉天大聖様の社を見たとき、同じような仕草をしていました。アークは子どものころ、ジークと一緒に読書をしていたと聞きます。そこで知ったのではないでしょうか?」
そうかもしれないと頷く。鎖国的な東洋連合国だが、全く他国と交流がないわけではない。
我が国とは国交を結んでいるし、フォルテの母親――ホノカ様はあの国の姫で、勘当されたとはいえ、ババルニア王国に嫁いでいる。
ならば、東洋連合国の文化を記した文庫もあるかもしれないと納得する。それに少し気になっただけだ。俺は思考を切り替え、アークのもとへ歩み寄る。
アークは床に転がる金の神像を恭しく拾い、丁寧に鞄の中に仕舞い、こちらを向いた。
「意外と早かったね、ガリュウ。できれば、みんなが着く前に倒したかったんだけど」
ため息をつく。優秀なくせにどこか抜けている。この怪物じみた戦果でまだ不満なのか、と呆れた。
少し悔しそうな顔をするアークの額を拳で小突く。
「早く到着できたのは、お前が罠や敵をすべて排除したおかげだ。それに結局、五王も俺たちが部屋に突入したあと、すぐに倒しただろ。何を悔しがっているんだ」
額を抑え、キョトンとするアークにフォルテも声をかける。
「そうですね、援護しようにも動きが速く、不規則で何もできませんでした。あと、天使の力を解放してからは圧巻――言葉もありません」
そこまで言っても、アークはぽかんとして理解できていないようだ。もう一度、ため息をつき、話題を変える。
「ところで、さっき鞄に入れた金の神像は何なんだ?」
そこでようやくアークも表情を引き締め、答える。
「これは、あの青銅の神像――阿修羅の本体だよ。もともとは東洋連合国に祀ってあった物を誰かが盗み、邪悪な存在に造り変えたらしい」
俺は首を傾げる。なぜそんなことが分かるのか。あたかもその場にいたかのような言葉だ。
訝しがる俺を見て、アークは肩をすくめた。
「この神像なんだけど、神気を帯びていたんだ。そこで神気を流し込んだら、この神像の記憶が流れ込んできた。おそらく本物の阿修羅神とも関係があると思う」
その言葉にフォルテが強く反応し、アークに詰め寄る。
「神の力を持つ神像を凶悪な存在に造り変えるなんて――。まさか、デミウルゴスが関わっているのですか?」
アークはフォルテの肩に手を置き落ち着かせると、首を横に振って否定した。
「いいや、牛頭天王を束縛していた呪鎖のような機械的な仕組みはなかった。どちらかというと生命体のような雰囲気だった」
アークの説明を聞き、フォルテはわずかに安堵した。
その様子を見て、彼女ほどの豪傑がそれほどまでに警戒するデミウルゴスに興味を持ち、それ以上の恐怖を感じた。
自然と三人とも口を閉ざしてしまう。そのとき、じっと黙って聞いていたライデンが口を開いた。
「……五王は討伐したんだ。まだ何も分かっていない存在に対して不安になり、勝手に敵を大きくするのは止めろ。とりあえず、休憩するぞ」
短く用件だけを伝え、ライデンはスカイとサラに休憩の準備をするよう指示を出し、その場を離れた。
ライデンの背中を見送り、俺たちは苦笑いを浮かべる。
「たしかにライデンの言う通りだ。まずは休憩だ。そして、そのあとは、親父たちが討伐できなかった六王への挑戦だ。今はそれだけに集中しよう」
俺は自らに言い聞かせるように言い放つと、アークとフォルテに向かって頷き、静かに歩き出した。
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