254 無音の神技、三面の自滅
ライデンさんたちが部屋に入ってきた。もう遊びの時間は終わりのようだ。少し惜しいが、忍びの技は堪能できた。
仲間の命を天秤にかけるほど馬鹿じゃない。俺は天使の力を解放する。
今まで抑え込んでいた神気を解き放ち、全身に巡らせる。その瞬間、背中に十二枚の翼が現れる。魔界の門で完全に堕天した影響で、羽先はかすかに黒い。
ナナシへ魔力とともに神気も流し込むと、陽炎のように揺らめき透き通っていた刀身が、はっきりと形を成して強く輝く。
煌めくナナシを見やり、梁に巻きついた魔糸を巻き戻す。だが、熾天使ルキフェルとなった俺は悠然と宙に浮いたままだ。
ばさりと翼をはためかせると、無数の羽がはらはらと舞い落ちていく。静かにナナシを構え、一気に阿修羅に向かって飛び立つ。
阿修羅は俺を撃ち落とそうと、拳を突き出す。それをぎりぎりで回避して腕の下を滑るように飛び、脇に潜るとナナシを振り抜く。
無音――ぼとりと腕が落ちる。床から響く衝撃音を背に大きく旋回し、阿修羅の背後に回り込む。
三面の中で怒りの顔が俺を捉える。だが、遅い。万物変化魔法を展開し、足元の空気に弾性を持たせ、一気に踏み込んだ。
一瞬で音速へと達し、最後の腕に迫ると、付け根に剣を突き立て、急上昇する。
再び音もなく腕が落ちる。阿修羅の頭上まで飛翔した俺は、巨大な柱のように立ち尽くす三面無腕の神像を見下ろした。
そのとき、無機質に見えた三つの顔が怒りに歪み、俺を睨みつけた。
◆
サラの中にいる私は、彼女の目を通してルキフェ兄様を見つめる。お兄様は仲間たちが部屋に入ったと分かると、すぐに本来の力――神気を解放した。
直後、純白の十二翼がはためき、無数の羽根が舞う。お兄様はサタナルとミゲイルが協力して造った神器――ナナシを構え、飛び立った。
疾風のように飛翔する姿に目を奪われる。神界にいたころの流麗な動きは健在だった。
お兄様が巨人の拳を避けながら脇を通り過ぎた瞬間、ぼとりと腕が落ちた。
――無音の斬撃。
この技もお兄様が得意としていた。ただ斬ることだけを突き詰めた――音も衝撃も、痛みすらも相手に感じさせない。与えるのは斬ったという結果のみ。
――まさに神技。幾億年ぶりに見たお兄様の剣技に、全身の肌が粟立つ。心の中の私の感情は、宿主のサラにも伝播したらしい。
彼女は頬を染め、小さく呟いた。
「……すごく、きれい」
その言葉に頷く。
――あのころと同じ、お兄様だ。
そのとき、三面の巨人の背後に回り込んだお兄様が、魔法を展開し、空気をゴムのように変化させて発射台を作った。
刹那、音速となって巨人に迫る。腕の付け根を眼前に刃を突き刺すが、やはり無音。一気に巨人の頭上まで上昇した。
お兄様が天井で止まると、同時に巨人の腕が付け根から離れ、ドンッと床に落ちた。
翼をはためかせ、すべての腕を失った巨人を見つめるお兄様。そのとき、三つの顔が怒りの形相に変わり、目と口が光り出した。
次の瞬間、三面の両目と口から熱線が放たれた。九つのそれは、無差別に木造の部屋を焼き、破壊する。その自滅行為に舌打ちをする。
思わず巨人を睨むが、怒りの顔には感情の揺らぎひとつなく、無駄な抗議だと悟り、気持ちを沈めた。
サラに水の精霊――湖の女騎士ヴィヴィアンの召喚を提案しようとしたとき、お兄様は巨人の頭の上にふわりと降り立ち、純白の十二枚の翼を一気に広げた。
大量の羽根がきらきらと輝きながら、巨人の周囲に舞い落ちる。神気を帯びた羽根は、熱線に触れても燃えることはなく、やがて巨人を覆い隠した。
誰もがその神秘的な光景に目を奪われる。いや、ただひとり、巨人だけは感情なく、熱線を放ち続けていた。
お兄様が三面の巨人を見下ろし、手をかざした。
その瞬間、白き羽たちは光を放ちながらひとつに繋がると、球体となって巨人を包み込んだ。
半透明の球体に囚われた巨人。それでも熱線を放つことを止めない。だが、熱線はすべてお兄様が作った球体に遮られた。
機械のように熱線を放ち続ける巨人を見て、お兄様はため息をつき、指をパチンと鳴らした。
球体が一瞬だけ煌き、完全な透明になると、突然、熱線は球体に弾かれ、巨人を襲った。
九つの熱線は球体の中で乱反射を繰り返し、幾度も三面の巨人を貫いた。
やがて巨人は自らの熱線で切断され、溶解してスライムのような青銅の塊となり、沈黙した。
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