243 紅蓮神槍、八翼の覚醒
重律槍を握る掌に四王の声が伝わってくる。
<この呪いの鎖から解放してくれ。俺は操られているだけだ!>
すぐには信じられない。だが、なぜか懐かしい響きに心が揺れる。一瞬、握力が緩む。
その瞬間、戦斧が振り下ろされた。罠に嵌った。思わず舌打ちする。
だが、勢いよく迫る戦斧は途中で止まった。見上げると、四王は苦悶の表情で自らの一撃に抗っていた。
急いで距離を取り、ミノタウロスを見据える。斧柄の付け根から鎖が伸び、腕に巻きついていた。
鎖に操られている――嘘ではないかもしれない。
どうすべきか逡巡する俺に、別の声が落ちる。
<我が王よ。同胞を助けてくれませんか。あやつも昔は貴方に仕えていた者です。神気が戻ってきた今なら、私の力も使えるはずです>
バハムートの声だ。熾天使ウリガルである俺を王と崇める神竜。ウント村近くの森林で再会し、住処に帰したはず――
――なぜ、今ここで声が届く?
苦しむミノタウロスを前に混乱する俺にバハムートが告げる。
<我が王よ、お心のままに力を解放してください。今こそ、我々を導くときです>
その言葉はゆっくりと心に沁み、力へ変わっていく。ふとアークを見る。まっすぐ俺を見つめる眼差しは、揺るぎない信頼に満ちていた。
――覚悟は決まった。大きく息を吸い、天へ叫ぶ。
「来い、バハムート! 俺に力を貸せ!」
刹那、空間に亀裂が走る。そこから深紅の手が伸び、虚空を掴んで裂いた。巨大な奈落が生まれ、赤い影が落ちる。
仰ぎ見る俺の前に、紅蓮の巨竜――バハムートが降り立った。
◆
目の前の光景を見つめ、魔界の門で再会した旧友リヴィアエル――竜神リヴァイアサンと同化した堕天使を思い出した。
彼は竜神となり、邪竜たちを自在に呼び寄せて使役していた。
熾天使ウリガルは神獣たちの王。同じように配下を召喚できた。その生まれ変わりであるスカイも、神竜を呼び寄せた。
目の前のバハムートは、ウント村で会ったときより二回り小さかった。遺跡を壊さぬ配慮だが、存在感は圧倒的で、荘厳だ。
赤銅色の鱗はアダマンタイトのように赤く輝き、漏れる吐息は大気を燃やして浄化していた。
誰もが息を呑む中、神竜は静かに降り立ち、深々と頭を下げた。スカイは笑顔を浮かべ、眼前の頭を優しく撫でた。
その瞬間、赤い閃光が迸り、部屋の中を深紅に染めた。
あまりの眩しさに思わず目を閉じると、熱風が頬を撫で、わずかに地面が揺れた。やがてすべてが収まり、そっと目を開ける。
目に飛び込んできた光景に言葉を失った。
そこには紅蓮の神槍へ変化したバハムートを携え、深紅の八翼を広げたスカイの姿があった。
◆
頭を垂れるバハムート。俺が額に触れた瞬間、紅蓮の光に砕け、一本の神槍へと転じた。
目の前に立つ深紅の槍を掴むと、俺の中にバハムートの神気が流れ込み、ひとつに融合する。灼熱の奔流が体中を駆け巡り、力が漲ってくる。
気づくと、背中に深紅の八枚の翼が広がっていた。
愛用の重律槍以上に手に馴染む神槍バハムートを見る。柄はかすかに鼓動し、永劫の再会に歓喜に震えている。
軽く横薙ぎに振ると、大気を焦がし、炎の弧を描いた。
自然と口元が綻ぶ。視線を上げ、囚われのミノタウロスを見据える。狙うは戦斧と化して四王を操る呪いの鎖。
いまだに抵抗をするミノタウロスへ一気に駆け寄り、刺突を放つ。その瞬間、限界を迎えた四王は、ふたたび呪鎖の支配に呑まれる。
迫り来る穂先を戦斧で弾く。金属音が部屋に響き渡る。今ので二合。次の一手で判断される。
ちらりとライデンさんを見ると、目を見開き呆然としていた。たしかにこの姿を見れば仕方ない。
肩をすくめ、戦斧を振り回すミノタウロスに視線を戻す。相変わらず単調な攻撃で回避は容易。リズムを取りながら躱していく。
やがて攻撃のタイミングを完全に掴む。直後、ミノタウロスが戦斧を大振りに振り下ろした。
――紋様が脈動し始める。遅延起爆だ。
確信し、半身でぎりぎりに避ける。戦斧は地面に深々と刺さった。俺は槍を振り上げ、石突を斧頭に叩きつけた。
ガキンッ、と金属音が届く。遮音域はまだ完成していない。神気の炎を吸い取る気配もない。
さらに地面にめり込んだ斧頭を確認しながら、渾身の横蹴りを放つ。
みぞおちに刺さった重律槍を避け、下腹部に足刀を当てると、ミノタウロスは身体をくの字に曲げ、吹き飛んだ。
――残り一秒。
斧頭を押さえつけていた石突を解放し、大きく後方に跳んだ。
刹那、無音の爆発が起き、赤き戦斧は爆炎に包まれた。
――さっきの蹴りで三合目。
ライデンさんを見ると、胸の前で両手を組み、剣柄に手をかける様子はなかった。




