244 四首の大蛇と神気遮断膜
スカイが熾天使ウリガルの転生体だとは知っていた。だが、実際に天使の姿になると驚きを隠せない。
深紅の八翼をはためかせ、ミノタウロスの猛攻を優雅に回避する姿は、まさに神話に出てくる天使そのものだった。
――もはや三合目の判断など必要ない。
神槍に変化したバハムートを自在に操り、余裕で避け続けるスカイを見て、腕を組んで静観を決める。
そのとき、ミノタウロスが戦斧を大きく上段に構え、振り下ろした。
大気を裂いて迫る斧頭を半身で躱し、石突で地面に押さえつけると、真っ直ぐ立てた槍を支えに鋭い横蹴りを放った。
腹部を蹴られた四王は後ろへ吹き飛び、同時に熱風が頬を撫でる。振り向くと、戦斧が爆炎に包まれていた。
ミノタウロスの腕に巻きつく呪鎖がわずかに緩む。その瞬間を見逃さず、スカイは紅蓮の神槍を投げ放った。
四王と戦斧を繋ぐ鎖へ、神槍が大気を焦がして突き進む。
刹那、キンッと金属音が響き、鎖が切断される。呪鎖から解放されたミノタウロスは、そのまま崩れ落ちる。
中央で対峙するのは、深紅の八翼を携えたスカイと、地面に突き刺さった紅蓮の戦斧。異様な雰囲気が周囲を満たしていく。
誰もが息を呑む中、地面に立つ戦斧に紋様が浮かび、斧頭が割れた。四つに裂けたそれは細く伸びて鋭く尖り、柄はとぐろを巻く。
気づくと目の前には、紅蓮から青黒く変色した呪鎖――四つの頭を持つ大蛇が、スカイを睨んでいた。
◆
この領域の真の四王――四首の大蛇を見据える。赤かった体は青黒くなり、紋様だけが変わらず浮かんでいる。
四つの蛇頭はそれぞれ意思を持っているが、その動きは連動している。一つが頭を下げれば、別が首をもたげる。
神槍を手放した俺に、四首の大蛇はじわじわと近づいてくる。残りわずかで間合いに入る――その瞬間。
大気に熱線を描き、神槍バハムートが戻ってくる。威嚇するように大蛇の前を通り抜け、手に収まる。
柄が脈打ち、穂先から灼熱の吐息が漏れる。神槍を握りしめた手から、揺るぎない忠誠心が伝わる。
槍を横薙ぎに振って牽制すると炎が弧となり、業火の壁が現れる。大蛇はそれを取り込もうと大口を開けて食らいついた。
ジュッ、と肉を焦がす音が届く。神気を含んだ炎は吸収されることなく、四首の大蛇を襲った。溜まらず後退する四王を目がけ、追撃の刺突を放つ。
刹那、大蛇は首を四方に広げ、穂先を避けた。それでも構わず槍を突き出し、根元の胴体を狙う。
真っすぐ伸びる神槍。しかし、当たる直前で大蛇の体に紋様が浮かび、弾かれる。思わず大きく後ろに跳んで距離を取る。
目の前には四つの蛇頭を頂点に展開した四角形の透明な膜があった。それを見て、脳裏によぎる。
――遮音域。
ただし、遮断したのは音ではなく、神気。吸い込めずとも、遮ることは可能らしい。
これまでは助けを求めるミノタウロスの声を閉じ込めていた。だが、今は対象を神気に変え、俺を捕縛しようとしている。
ゆっくりと近づく四王。それぞれの首が大きく展開し、俺を取り囲もうとしている。
神獣たちの王である熾天使ウリガル――俺を捕らえようとする傲慢さに自然と笑みを浮かべる。神槍を地面に突き刺し、両腕を胸の前で組んだ。
四つの蛇頭は一瞬、動きを止める。だが、すぐに好機と判断して四方に分かれ、俺を囲んだ。
直後、透けた膜に覆われる。神気を纏った火球を放つが、途中で弾かれ霧散した。四つの顔が醜く歪む。
勝ち誇ったような表情を浮かべる大蛇にため息をつき、小さく呟く。
「バハムート、元に戻れ」
突如、赤い閃光が走り、轟音が鳴り響く。部屋は揺れ、熱風が吹き荒れる。
――やがて静寂に包まれる。
気づくと俺は神竜バハムートの背に立っていた。本来より小さいが、それでも大きかった。あと少しで神竜の頭は天井に届きそうだ。
狭そうに頭を下げるバハムートに笑みを返すと、視線を下げる。そこには木っ端微塵に砕かれた呪鎖が地面に散乱していた。
その光景にほくそ笑む。
――遮れるものは一つだけ。竜体への変化という圧倒的な質量を前に膜は圧壊し、術式は強制破断。代償は肉体の崩壊となって支払われた。
再びバハムートを神槍に変化させると、八翼をはためかせ、静かに地面に降り立った。
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