241 吸われた炎、奪われた槍
メリークリスマス!
2026/1/1昼ごろに短編を投稿します。
ミザリーファンの人に読んでほしいです<(_ _)>
目の前で雄叫びを上げる四本角のミノタウロスを見据える。距離にして二十メートル。まだ声は届かない。しかし、鎖が軋む音だけはかすかに聞こえる。
小音を通し、大音を遮る遮音域。意味があるのかは分からない。ただ、囚われの王――囚王が雄叫びを上げるたびに空気は震える。遮断するのは音だけ。
歩きながら考える。三合で実力を示す。そのための最善を探る。突き、払い、斬る――その組み合わせは千差万別。いくら考えても答えが出ない。
思考の海に潜ると、突然、咆哮が耳を劈く。距離は十メートル、領域の中だった。強烈な獣臭に気づく。匂いは遮断しない。領域外から漂っていた――油断だ。
慌てて槍を構えるが、鎖に動きを封じられたミノタウロスは、玉座から一歩も動くことができない。
領域内は騒音がすさまじく、考える余地はなかった。
無視して進むこともできるが、もし鎖が開放され、五王と挟撃されても困る。悪いが、一撃で終わらせる。
狂ったように暴れるミノタウロスに近づく。距離は五メートル。自分の倍以上ある巨体に矛先を向けた。
すでに穂先は油で濡れている。魔力を込めて槍を軽くする。さらに火と水の魔法を重ね、切っ先に螺旋の炎を纏わせる。
螺突赫殲――アークとの合体技を一人で完成させる。想像を絶する魔力操作に頭痛が走る。
歯を食いしばり、腰を落とすと、極限まで軽くなった槍を突き出した。音速の刺突が炎の竜巻になり、囚王を襲う。轟音を上げ、大気を焦がし、鋭く突き進む。
刹那、玉座に拘束されたミノタウロスの心臓へ突き刺さる――はずだった。囚王が鼓膜が破れるかと思うほどの咆哮を上げた。
決まった、と思った烈火の刺突は、鎖に阻まれ、囚王に届かなかった。
その光景に絶句する。拘束していた鎖が、今度は盾となり、囚王を守っている。しかも紋様が輝き、炎を吸い込んでいる。
理解が追いつかず、呆然と立ち尽くす。すべての炎を飲み込んだ鎖は深紅に染まり、地面に落ちた。
やがて玉座から解放されたミノタウロスが、ゆっくりと立ち上がり、こちらを見据える。
口から涎を垂らし、全身からは獣臭を放つ。二つが混じり、強烈な刺激臭となって鼻を刺した。
思わず顔をしかめる。だが、囚王は構わず、こちらへ歩き出す。俺は大きく後ろに跳んで、槍を構えた。
その姿に囚王は醜く顔を歪めると、足を止め、地面に落ちた鎖を掴み上げた。
次の瞬間、深紅の鎖は真っすぐに伸び、一本に束ねられる。続いて、刻まれた紋様が輝き、鎖は光に包まれると、大きく形を変えた。
誰もがその光景を見て、目を見開く。
四本角のミノタウロスは、深紅の戦斧を手に、雄々しく屹立していた。
◆
スカイの一撃がきっかけとなり、四本角のミノタウロスが解放された。鎖で拘束されているうちに致命傷、もしくはとどめを刺そうとしたのは正しい。
――不穏要因を残して先に進むことはできない。俺も同じ判断をする。
それでも一合に変わりない。残り二合で判断する。不測の事態にも即時対応できなければ、第3師団の団員は務まらない。
スカイも分かっている。大きく距離を取り、慎重に様子をうかがう。次の一手が分水嶺だ。
攻撃が通じなくとも、三合目に繋がる手掛かりは見つけなければならない。スカイを見つめていると、声をかけられる。
「ライデンさん、不思議ですね。ミノタウロスは雄叫びを上げているのに、何も聞こえません。多分、スカイには届いているのでしょうけど」
隣のアークを見て、肩をすくめる。
「そうだな。四王の足音や息遣いは聞こえるのに、不気味だ。それよりお前、意外と冷静だな。スカイが一人で戦うと言ったときは、ずいぶん心配そうな顔をしていただろ?」
アークは照れくさそうに頬を掻きながら答えた。
「まあ、心配はしてました。でも、さっきの攻撃で安心しました。拘束された相手でも、ちゃんと私情を捨てて判断できたので。あいつは優し過ぎるんです」
その言葉に苦笑いを浮かべる。優し過ぎると言ったが、それはアークも同じだ。自分が苦労しても他人を助ける。似た者同士だ。
自覚がないのも二人は同じだった。俺の笑みの意味が分からず、首を傾げている。再び肩をすくめ、視線をスカイに戻した。
突如、猛然と突進する四王。スカイも腰を落として構える。ミノタウロスは間合いに入ると、すぐに深紅の戦斧を振り上げた。
迫り来る戦斧を回避するスカイ。だが、斧頭が地面に激突した瞬間、閃光が走り、爆風が起きた。
――無音。爆音が響かない。目の前で爆発が起きたにもかかわらず、静かすぎる。異様な光景に息を呑む。
だが、遮音域の中にいるスカイは、鼓膜が破れるほどの轟音の中にいるはずだ。深紅の戦斧は、地を叩くたびに爆発を起こした。
地面に激突するたびに戦斧の紋様が光った。吸収した炎と油、それに土を媒介にして、瞬時に燃焼し、一気に圧力を解放――仮説だが、的外れではないはずだ。
数多の閃光と暴風だけが伝わってくる。スカイは土煙が舞う中、必死に避けるが、弾け飛ぶ瓦礫が全身を打ちつける。徐々に傷を増やしていく。
――もはや三合目を待つまでもない。顔には無数の切り傷ができ、肩当てには大きく亀裂が入っている。命の危険を感じれば、即介入だ。
腰の剣に手をかけようとした瞬間、眼前に迫る戦斧へ向かって、スカイが一気に走り出した。
紅蓮の刃が頭上をかすめる。だが、スカイは間一髪で回避する。直後、背後で爆発が起き、猛烈な突風が発生した。
それはスカイの背を押して加速させた。両手に持つ重律槍が淡く光る。おそらく極限まで軽くしている。走る速度が半端ない。
軽やかに駆けるスカイ。がら空きになったミノタウロスの腹部に飛び込むと、渾身の刺突を放った。
ザシュッ。肉を裂く音が遮音の壁を超えて届く。槍は深々と突き刺さっていた。隆起した腹筋から血が滴り、四王は絶叫する。
悲痛な声は遮られ、血の匂いだけが漂う。スカイは致命傷を与えられたことに笑みを浮かべる。
追撃しようと、素早く槍を戻そうとして顔がこわばる。ミノタウロスは筋肉を締め上げ、槍の穂先を挟み込んだ。
びくともしない槍。それでもスカイは両手で引き抜こうとする。しばらく力比べが続くかと思われた瞬間、四王は戦斧を振り上げた。
刹那、スカイは両手を離して後ろへ跳躍する。斧頭はまっすぐ重律槍へ落ちた。
――狙いはスカイではなかった。
火花が散り、重律槍が真っ二つに折れた。甲高い衝突音は届かない。焦げた鉄の匂いが伝わってくる。
不気味な静寂が周囲を包む。武器を失ったスカイを四王が睨み、咆哮を上げると、深紅の戦斧で斬りかかった。
しかし、何も聞こえない。地面を蹴る振動と鉄の匂いだけが伝わり、不安だけを増幅させた。
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