238 音のない門、風のある道
壁際のほうからアークとガリュウが戻ってきた。二人とも引き締まった、いい表情をしている。だが、何があったのかは聞かない。
――彼らから話すのを待つだけだ。今はそれより四王の領域に向かう準備を進める。
ガリュウ以外に大きな怪我はない。俺とスカイ、それにアークが偽りの草原で魔馬と交戦し、魔力を少し消費しただけだ。
「ガリュウ、一時間だ。その間に体を休めてくれ。あとフォルテとサラは見張り。魔物以外でも危険が迫っていると判断したら、ガリュウ以外を遠慮なく起こせ」
そこで言葉を切り、ガリュウに休むよう目配せする。彼は頷き、背嚢を枕に横になった。その様子を見ながら続ける。
「スカイとアーク、俺も休むが、いつでも戦えるようにしておけ。俺たちは魔力回復を優先する。眠るなと言わんが、気は抜くなよ」
二人は頷き、背嚢を背に座り込む。俺も腰を落とし、フォルテとサラに見張りを頼むと、剣を抱えて目を閉じた。
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目を開くと、ちょうどサラが起こそうと近づいてくるところだった。背後には水の精霊――ヴィヴィアンが、彼女を守るように従っていた。
「おはようございます、ライデンさん。といってもまだ昼過ぎですが。ちょうど一時間が経ちました」
感謝を述べて立ち上がる。浅く眠っていたので疲れは抜けきってはいないが、魔力は回復している。スカイたちを見ると、背筋を伸ばし体をほぐしていた。
「すまんな、サラ。どうやら問題なかったようだが、何かあったか?」
「いいえ、何もありません。ヴィヴィアンに周囲を巡回させ、フォルテと私で入口と出口を見張っていました。魔物の気配もなかったです」
眉を曇らせる。厳重に見張ってくれたのは助かる。だが、ヴィヴィアンを召喚したということは、魔力を使っている。
――発動と維持、それは回復ではなく消費だ。
それでは休憩の意味が薄い。二つの門を注意して見るだけでよかった。いざとなれば起こしてもらえば済んだ。
……もっと細かく指示を出さなかった俺にも落ち度はある。それにサラは回復と守りが役目だ。しばらくはガリュウと同じく戦闘に参加させなければいい。
結果的にはゆっくり休むことができた。サラとヴィヴィアンに感謝すると、彼女は精霊を指輪に戻した。
ガリュウのほうに視線を向けると、フォルテが声をかけていた。
「ガリュウ、もう時間です。すみませんが、起きてください」
まだ完全に回復していない。起き上がる姿は重く、動きも鈍い。だが、今日中に四王までは討伐しておきたい。
遺跡の外は昼を過ぎたところ。残りは半日だ。ガリュウには悪いが、無理にでもついてきてもらう。すぐに出発の準備を促した。
ふと四王へと続く門を見やる。これまでと違い、一切の音が届かない。静寂が満ち、鉛のような不安が胸に沈んだ。
大きく息を吸い、吐く。不吉を振り払うように、俺は一歩を踏み出した。
◆
ライデンさんを先頭に門を抜けると、下に向かって細く伸びる一本の通路があった。奥の壁ははっきり見えるが、遠くに感じる。
なぜか嫌な予感がし、ライデンさんに声をかける。
「すみません、ここも俺が斥候として先行します。なにか細工がありそうなので、少し離れてついてきてください」
ライデンさんは考え込み、全員を見渡すと、苦笑しながら口を開いた。
「アーク、疲れているところ悪いが、頼む。俺でもいいが、今回も殿をやる。危険な気配を感じたら声をかける。注意しておいてくれ。
――サラとガリュウ。お前たちは中央、戦闘は不参加。スカイとフォルテは二人を挟む形でついて来てくれ」
その指示に全員が頷くと、俺は足早に先頭に立ち、振り返ることなく進み出した。
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四王の領域は一王の遺跡に似ていた。ただし、こちらは地下迷宮だ。複雑に入り組んだ通路は狭く、大人三人が横に並んで歩けるかどうかの幅だ。
加えて、いくつもの分かれ道があって迷わせ、狡猾な罠も仕掛けられていた。落とし穴や吊り天井などさまざまだ。
だが、魔物の気配はない。四方を石壁に囲まれ、隠れる場所も隙間もない。たまに見かけるのは、トカゲや虫ぐらいだ。
つま先に意識を集中し、すり足で進む。かすかな違和感を覚えたら立ち止まり、周囲を見渡して罠がないかを確認する。
先ほどは、壁に無数の矢が仕掛けられていた。魔法でゴーレムを作り、床のスイッチを踏ませて罠を発動させた。解除してもよかったが、時間が惜しい。
マッピングしながら進むが、通路は複雑に入り組んでいて、四王のもとに辿り着くには相当な時間を費やしそうだ。
いい方法はないか考えながら進む。壁際に等間隔で備えられた松明――かすかに揺れる炎を見て、ふと思いついた。
触覚を強化すると、全身に意識を張り巡らせ、わずかな空気の流れを捉える。少しだが、風がある。
続いて、視覚を強化して周囲の石壁を見ると、一切の隙間も穴もなかった。自然と口の端が上がり、魔法を展開する。
「水球」
目の前の水弾を魔力操作で、可能な限り微細に分解すると、薄い霧が生まれた。その一部の制御を解除すると、静かに風に攫われる。
俺から離れ、前方へ流れる霧を見て安堵の息を吐く。こちらに向かってくれば、やや厄介だった。流れに逆らいながら進むことになる。
地下に広がる密閉された通路。通気口の役目を果たしているのは、おそらく入口と出口。隙間ひとつない石壁を見て、結論づける。
そして、霧の動きから風上は来た道、風下は出口である四王の玉座の間に繋がっているはずだ。
仮に違っていてもマッピングはしてある。本来通り地道に進めばいいだけだ。もし予想通りなら、迷わず四王のもとまで辿り着ける。損はない。
ライデンさんに相談しようと思ったが、仮定と推測で出した答えだ。判断は難しいだろう。俺は自らの考えを信じ、視線を前に向ける。
そこには三つの分かれ道があった。霧は中央に吸い込まれる。奥へと伸びる薄霧を見つめる。
瞬間、薄い白霧が一筋だけ逆らうように揺らめいた。
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