237 ペンダントが開くもの
目を開けると、サラが回復魔法を施しており、俺は人の姿に戻っていた。傷口はすべて塞がっていたが、魔力と体力の消耗は激しいままだ。
ライデンが用意してくれた高濃度ポーションを、フォルテが取り出す。コップに二滴ほど落とし、魔法で水を注いで、そっと差し出した。
礼を述べて受け取り、一気に飲み干す。液が細胞の隅々まで染み込み、活力がわずかに戻る。
軽く息を吐き、立ち上がってアークのもとへ向かう。
「アーク、さっきは助かった。お前の言葉がなかったら、負けていた」
腰を落として地面を見ていたアークは、顔を上げて微笑み、首を横に振った。
「気にすることはないよ、ガリュウ。俺たちは仲間だ。助け合うのは当然。それに今回は、たまたま運が良かっただけだよ」
そう言ってアークも立ち、こちらへ歩み寄って肩を貸す。ふいに気が緩み、膝が折れそうになる。
ポーションで回復したとはいえ、まだ心許ない。その心遣いがありがたい。礼を言おうとしたとき、アークが口を開いた。
「ひとつ、ベアモンドさんのことで教えてほしい。――いいかな?」
心臓が跳ねる。この三王の間で命を落としたベアモンドの妻――リリーナさんの顔がよぎる。
アークには何も話していない。ベアモンドも彼女のことには口が重く、俺と親父以外に漏らすはずがない。
最近は、話題にすること自体がなくなった。忘れたわけじゃない。ただ、静かに胸の奥へ仕舞っているだけだ。
目を見開く俺に、アークが続ける。
「……部屋を調べていたら、壁際に盛り土があったんだ。他の場所と違って『紙の草』がなかった。それに大きな石が置かれ、乱暴に文字が刻まれてた。
――リリーナ・アクオスって。たしか、ベアモンドさんの姓はアクオスだったよね」
思わず、アークの肩を強く握ってしまう。謝ろうとしたが、彼は首を横に振った。回した腕の力をわずかに緩めると、俺たちは、ゆっくりと歩き出した。
――天井のどこかで、石粉がほろりと落ち、闇に紛れた。
◆
サリオの権能は解けたとはいえ、室内は薄暗いままだ。天井が青空だった頃は、偽りでも明るかった。
濃い影を落とす中、俺たちは壁際の盛り土へ向かった。ガリュウが口を開きかけ、そっと閉じる。逡巡する彼を見つめ、俺も沈黙を守る。
やがて目的の場所に辿り着く。ガリュウは礼を言って離れると、ゆっくり盛り土の前で膝をついた。上に置かれた石へ手を伸ばし、埃を払う。
腰のランタンに灯を入れ、彼の頭上へ掲げる。石に刻まれた文字がはっきりと浮かび上がる。
<リリーナ・アクオス。ここに眠る>
乱暴に削られ、読みづらかった。だが、この文字にはたしかに魂がこもっていた。思わず両手を合わせて黙とうする。前世で鎮魂を願う祈りだ。
ガリュウも胸の前で両手を握った。この世界の祈りだ。俺も、もう一度だけ捧げる。同じく両手を握り、今世の神に向かって――。
沈黙が満ちる中、ガリュウが口を開いた。ベアモンドさんの妻――リリーナのことだった。
「――リリーナさんは、親父とベアモンドを庇って、ここで命を落とした。あのときの三王が、どんな魔物だったのかは知らない。一度たりとも、二人は話そうとしなかった」
すべてを聞き終え、再び沈黙が落ちる。ガリュウが仲間を最優先で守ろうとする理由が胸に落ちた。
誰にもベアモンドさんのような悲しみを背負わせたくないのだ。
前世で、里を守るために敵へ俺の命を差し出した頭領の顔がよぎる。小を殺して大を生かす――正しい判断だったのかもしれない。
だが、ガリュウは違う。ひとりの犠牲も許さず、すべてを救う道を選ぶ。もっとも険しい道を、迷いなく、傷だらけのまま突き進む。
だから人はついてくる。支える。もちろん、その中には俺もいる。絶対に十王すべてを討つ。それがガリュウの夢だ。
決意を強め、視線を落とす。石の下の隙間に、かすかな光がのぞいた。ガリュウの隣に膝をつき、そっと手を差し込む。
カシャリ、と金属が擦れる音。指先でやさしくつまみ上げると、掌に青いハート型の首飾りがあった。錆ひとつなく、静かに光っている。
ベアモンドさんが身につけていたものと色違いのペンダントだ。差し出すと、ガリュウは小さく頷いて受け取った。
二人で覗き込むと、彼が慎重に留め具を外す。カチャ、と小さな音を立てて開いた。
内側には、若いころのベアモンドさんと、白髪を真っすぐに下ろした赤い瞳の美しい女性が描かれていた。
女性の頭には長い耳がぴんと立ち、兎族だと分かる。彼女が――リリーナ。視線を移すと、蓋の裏には文字が刻まれていた。
<リリーナに永遠の愛を捧げる>
言葉が出ない。魔界の門で、俺を庇って胸を穿たれたミリーの姿が蘇る。喉の奥で言葉が砕け、唇を噛んだ。
黙り込む俺の隣で、ガリュウが静かに目を閉じる。まるでリリーナに誓いを立てているように見えた。
しばし静寂が流れた。彼はペンダントを閉じ、元の場所へそっと戻すと、深々と頭を下げた。思わず問いかける。
「ベアモンドさんに持って帰らないでいいのかい?」
彼は首を横に振り、力強く言った。
「持ち帰るなら、ここにあるすべてだ。――それは十王をすべて倒してからだ。今じゃない。そうだろ?」
目を見開き、すぐに頷く。たしかに、ペンダントだけでは足りない。ここにある魂や想い――全部だ。
ガリュウの王の器を思い知らされる。それがあまりにも心地よく、自然と口角が上がる。
二人でもう一度だけ黙とうを捧げ、仲間のもとへ歩き出す。
そのとき、微かな風が耳元をかすめ、囁いた。それは清冽な応援だった。一瞬、俺たちの背を支え、進むべき道を照らした――そんな気がした。
よければブクマ&★評価で応援を。
励みになります<(_ _)>




